第44話 料理対決

 阿久良忍はクッキーを焼いていた。

 春近に腕や脚を触られてから、感情がたかぶってしまって、おかしなテンションになってしまっている。

 そう、恋する乙女は、時に変なテンションになるものである。



 料理やお菓子作りが得意な忍は、クッキーを作って春近にプレゼントしようとしているのだ。


「ふふっ、春近くん、喜んでくれるかな?」

 そう言ってオーブンを覗く忍。ふんふんふんと変な鼻歌まで歌いながら。




 そのままのテンションでA組の教室前まで行った忍は、急に不安になって足がすくんでしまった――――


「あああ……何で、私こんなこと……迷惑だと思われたらどうしよう……」

 窓から中を覗くと、春近はルリや咲と楽しそうに話しているのが見えた。


「私……何やってるんだろう……私なんかに振り向いてくれるわけないのに……」


 ウキウキだった忍は、一転マイナス思考に囚われてしまう。

 春近と出会い、少しだけ前向きな気持ちになったはずが、一人になると元のマイナス思考に戻ってしまうようだ。


 はああ…………

 キラキラした女子を見ると、自分が惨めに思えてくる……

 帰ろう……

 

 忍が自分の教室に戻ろうとした時、教室の春近が忍の姿に気付いた。

「忍さん!」


 窓の外に忍の姿を見つけ、春近が廊下に出て声をかける。


「あ、あの、春近くん……」

「忍さん、どうかしたの?」

「あの……」

「それ、なに?」


 春近が忍の持っている袋に気付いた。


「これは……その……あの……これ、あげます」

 忍はクッキーを渡して、走り去ってしまった。



 その一部始終を見ていたルリと咲が、固まったまま動かなくなっている。

 突然、目の前で起きた甘酸っぱいイベントに、衝撃を受けて動けないのだ。



「これ、お菓子だ。クッキーかな?」

 袋を開けた春近が言う。


 リボンが付いた綺麗な柄の袋の中には、可愛い形に焼けた何種類かのクッキーが入っている。


「お……おい、それ手作りだろ……」

 咲が複雑な表情をしている。


「そ、そうみたいだね。ぱくっ――あ、美味しい」



 美味しそうにクッキーを食べるハルを見ながら、咲は底知れぬ不安を感じていた。


 な、ななな、なななな、何だとぉぉぉぉっ!

 やっぱり、次の女子もハルを好きになってるじゃねーか。

 しかも、手作りクッキーを渡してくるなんて、そんな健気な事をする女子は今まで居なかったぞ。

 これは大ピンチなのでは……?



 まだ固まったままのルリも、同じように不安を感じている。


 は、はははは、ハルぅぅぅぅーっ!

 ハルは私の事を大好きだとずっと思っていたけど、よく考えてみると私は求めてばかりでハルに何もしてあげてなかったような?

 これピンチだよね!

 あんな、手作りお菓子をプレゼントするような子が出てきたら、ハルの気持ちがあの子に行っちゃうかも……?



 二人とも大ピンチであった。





 翌日の昼休み。

 ルリは唐突に、紙袋に入った物体を春近に渡す。


「ハル、これあげる」

「何これ、炭……?」

「ハルぅぅぅ……」


 ルリの差し出してきた黒い物体を見て、うっかり素直な感想を漏らしてしまい、ルリに締め技をかけられてしまう。


「痛い、痛い、ちょっとルリ、ストップ!」

 必死にタップしてギブアップのジェスチャーをする春近。



「うっ、そ、それじゃ……いただきます」

 覚悟を決めて、春近が黒い物体を口に入れる。


「ぽりっぽりっ……苦い……」


 真っ黒に焦げた物体は、どうやらクッキーのようだ。

 せっかくルリが作ってくれたので春近は食べてみた。


 これは……ルリが作ったのか。

 もしかして、昨日の忍さんのクッキーを見て作ってきたんだよな……たぶん。

 凄く苦いけど、ルリも可愛いところがあるなと思ってちょっと嬉しい。



 苦いクッキーを食べている春近に、さっきから挙動不審になっている咲が近寄ってくる。


「おい、ハル! あの……これ、お弁当! その、そうそう、作り過ぎちゃったから、ハルにやんよ」

 咲がそう言って弁当を差し出す。


「えっ、咲が作ったの? あ、ありがとう」


 女子にお弁当を貰うラブコメの王道イベントなんて初めてだぞ。

 ううう……オレにもこんな日が――――

 少し失敗しているみたいだけど、一生懸命作ったのが見て取れる。

 嬉しい……。


「はい、あーん」

 顔を赤く染め、少しそっぽを向いた咲が『あーん』をしてくる。


「えっ」

「だから、あーん!」

「でも……」

「おい、早く口開けろよ」

「ええっ!」


 えっと、咲が『あーん』で食べさせようとしてくるぞ。

 これは……もしかして、イチャイチャカップルが行う伝説の『あーん』なのか!?


 周囲の視線を感じるが、ここはせっかくなのであーんで食べさせてもらう春近だ。

 しかし、それを黙ってみているルリではない。


「あーっ! 咲ちゃんズルい! 私もあーん!」

 ルリが苦いクッキーを口に押し込んでくる。


「おい、アタシのも食えよぉ」

 ぐいぐいっ!

「私のクッキーも!」

 ぐいぐいっ!


「ちょっと、そんなにいっぺんに食べられないから」

 次々と口に入れられてしまう。


「土御門君、相変わらずモテモテですねぇ」

 隣の席で一部始終を見ていた杏子が話しかける。

「これはこれは、次は私も作ってきますよ」


 そんな修羅場っぽい雰囲気に、栞子まで乱入した。

「旦那様……わたくしの料理も」


「ちょ、ちょっと待て、そんなに食べられないから!」


 ――――――――





「あっはっはっはっはっはっ ウケるー」

 羅刹あいが大笑いしている。


 屋上にルリと咲とあいと渚の四人が集まり、ルリが事の顛末を話した所だった。

 忍に対抗意識を燃やし、皆で料理を食べさせようとしたら、春近に断られてしまったという話だ。


「そんなに食べさせたら、はるっち太っちゃうよ。ふっふふっ、ぎゃはははははは~ もうダメ~」

 大笑いしたあいが転げまわる。

 

「笑いすぎ! 真面目な話なのに」

 ルリがむくれている。



 そんなルリとあいのやり取りを見ていた渚だが、太った春近を想像していた。


 縛り上げた春近に渚がムチを振り下ろす。

 ビシィィーン!

『ほら、もっとブヒブヒ鳴きなさい!』

『ブッヒィィィィィー!』

『ほら! ほら!』

 ビッシィィーン!

『渚様ぁぁぁぁぁーブヒィー!』

『はあぁん♡ 良い鳴き声ね』


 意外と良いかもしれない……などと妄想にふけりながら。



 いずれにしても、第一次お料理作戦は失敗に終わったようだった――――

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