第5話 家の事情
まだ元気の無い咲を連れ、春近たちは商店街を歩いていた。
あの後、咲はすっかり元気がなくなってしまった。いつもの気の強さは影を潜め、今の咲は
いきなり鬼だの四天王だのと訳が分からないことに巻き込まれた春近は、意味が飲み込めていなかった。
ただ、あの渡辺豪と名乗った先輩の強さと覚悟は、何となく本気だと感じているのだ。
咲が何も語らないので、代わりに春近がそっとルリに説明した。
「――――と、いう訳で」
「あ~渡辺先輩ね……」
「知り合いなの?」
「ちょっと家の事情で……」
「そうなんだ」
いまいち事情が分からないが、春近は家庭の事情に踏み込むべきではないと判断し、それ以上何も聞かなかった。
ガタガタガタガタガタ――
「アイツはヤバイんだよ! 節分にも豆まきしないんだから……」
咲が震えながらつぶやく。
「えっ、豆まき?」
突然の不思議ワードに、春近の頭が混乱する。
(えっ、渡辺先輩と豆まきに何の関係が? それにしては討伐だの勝負だのと物騒だな。この学園って、今日みたいなバトル系というか、勝負とか戦いとかやってるのだろうか? 学園序列とかランキングとか? 何だか学園生活が送れるか心配になってきたな……)
家の事情といえば春近も同じで、本家からは何の連絡も来ていない。
(いったい何故オレは、この学園に入る事になったのやら……)
この先やっていけるのか、不安になる春近だった。
◆ ◇ ◆
買い物を終えた頃には日も大分傾いていた。元気が無かった咲も、次第に顔色も良くなり、ルリと一緒にはしゃぐ姿も見せるようになる。
「まあ、良かったのかな。元気になったし」
楽しそうにしている二人を見つめ、春近がつぶやいた。
不意に、ルリの横を歩いていた咲が春近の隣に来た。何か言いたそうにモジモジとしている。
その姿が実にいじらしく見え、仲が悪かったはずなのに春近は微笑ましい気持ちになった。
(大人しくしていれば十分美少女なんだけどな……。むしろ、ちょっとギャルっぽいのも良いんだけど。あ、足で踏むのは……いやいやいや、オレはMじゃないし。今まで女子と絡むことも少なかったのに、いきなりあんな接し方されたら戸惑うよな)
そんな事を春近が考えていると、急にモジモジし始めた咲が口を開く。
「あの……その……さっきは……かばってくれてアリガト……」
咲にお礼を言われた。
「えっっと……」
「そんだけ! じゃあなハル!」
咲は顔を伏せルリの手を引き先に行ってしまう。
意外な咲の行動に、春近も照れてしまう。
(あっ、初めて名前を呼ばれた。最初はオマエとかコイツとかだったからな……)
そんな感慨にふけっていると、咲が振り向き少しイタズラな顔をして声をかけてくる。
「何ニヤニヤしてんだよ! キモっ!」
少し優しくなったのかと思ったが、相変わらずあたりはキツいようだ。ただ、前のようにSっぽい顔ではなく、ちょっとだけ笑顔になっていた。
◆ ◇ ◆
春近が寮の自室に戻ったところで、携帯にメールが届いている事に気付く。
「本家の祖父からだ――――」
すぐにアプリを開きメールを読む。
『――――春近よ 学園に源氏の
「ええっと……これ、やっちゃったかな?」
源氏の棟梁という言葉で、春近はサムライみたいな名前の少女を追い出した。
「まずい……源氏って、あの源さんや渡辺先輩だよな。協力せよと言われた相手と、いきなり敵対しちゃってる感じなんだけど……。家の事情とやらにオレも関係しているのか?」
もう成るようにしかならない。
「まあ、じいちゃんから事情も聞かされてないんだから、しょうがないよな」
とりあえず春近は、あのサムライのような美少女の説明を聞いてみようと思った。
◆ ◇ ◆
ジャアァァァァァァ――
酒吞瑠璃はシャワーを浴びながら浴室の鏡を見つめていた。
女子寮の自室に設置された小さなシャワールームである。寮には大きな共同の風呂もあるが、部屋にもシャワールームがあるのだ。
怪しげな学園なのに設備だけは整っている。
寮の廊下で咲と別れたルリは、自室に戻るとシャワールームに入り考えていた。ここに来てから色々なことがあり過ぎる。
ジャアァァァァァァ――
シャワーの湯が、燃えるような赤みがかった髪を濡らし、しなやかで美しい肢体に玉のように弾きながら流れてゆく。
ただそれだけで、ルリはこの世のものとは思えない程の妖気を漂わせている。
「源氏の
ジャアァァァァァァ――
相変わらずシャワーのお湯は、その妖気を
いったい、家の事情とは……源氏との確執とは……。
彼女の顔が、春近に見せるそれとは違っていた。悩み、苦しみ、痛み、そのどれかであり、どれもであるような。
「私の友達にまで手を出すというのなら……」
そうルリはつぶやくと――
シュバアァァ――――バチッ、バチッ、バチッ!
彼女の周囲の空間がグニャリと歪み、プラズマのような光が走る。
鏡を見つめる彼女の目に、漆黒の炎が灯ったように見えた。
それぞれの夜がそれぞれの思惑を含み明けてゆく。
そして、この不思議な学園の入学式が始まろうとしていた。
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