第4話 千年前の因縁

 入学式を明日に控えて寮の自室でのんびりしていたところ、春近のスマホにルリから買い物に行きたいので街まで同行して欲しいと言うメールが来た。

 実は、先日メッセージアプリのIDを交換していたのだ。女子とコミュニケーション不足の春近としては上出来だろう。積極的なルリのおかげかもしれないが。


「あっ、ルリからメッセージが!」


 今まで女子からメールが来る事自体があまりなかったのに、知り合ってすぐの女子からメールが来るのは脈ありみたいでテンションが上がる。

 今日は一日オフだし、あんな可愛い子と一緒に出掛けられるなんて……

 春近は速攻で返信をして、出掛ける準備をする。



 待ち合わせの女子寮の前に到着。

 寮には女子が出入りしていて、ジロジロ見られて落ち着かない。


 ――モテなかったオレにも遂にモテ期が来ているかも

 そんな妄想をしてみる春近だ。



「お待たせ~ 待った?」


「いや、今来たとこ」

 ――これ、言ってみたかったんだんだよね。いかにもデートしてるカップルっぽいし。


「はぁ~ ナニしにきてんだよ!?」

 ルリの後ろから咲が現れた。

 もはやオヤクソク展開だ。


「――いっ、一緒に行こうという事で……」

 ――あの踏んできた子だ。顔は可愛いだけど、ちょっと苦手なんだよな。


「何でオマエと行かなきゃなんねぇんだよ!」


「私がお願いしたの。咲ちゃんワガママ言わないで」

 

「ちぇっ……」

 ルリに注意されて、咲は大人しくなる。


 しぶしぶながら受け入れたような感じの咲と一緒に三人で歩き始める。


 ――――ふと唐突に、ルリは思い出したような顔をして両手を合わせてパチンと鳴らし

「あー 忘れ物しちゃった。すぐ戻るから、二人は先に校門に行っていて」

 と言い、女子寮の方へと戻ろうとする。


 ――――芝居がかった彼女の動きが少し不自然だ。

 もしかしてオレと咲がギスギスしているから打ち解けさせようと二人にしたのかな?


「アタシも一緒に行くよ」


「咲ちゃんはハルと先に行っていて」


「…………」


 気まずい雰囲気のまま二人で歩きだす。

 どうやら、咲はルリの言う事なら聞くようだ……



 ――――気まずい……

 ――――先日の事があってか、空気は最悪だ……


 何とか重い空気を和らげようと会話を試みる。


「あの、自己紹介まだでしたね。土御門春近つちみかどはるちかです」


 ――ジロっ

 何故か睨まれた。


「――――茨木咲いばらきさき……」

 小さな声でボソっと返事をしてくれた。


「茨木さんはルリと幼馴染とかなの?」

「まあ……」


 その顔は、怒っているというよりも困っているように見える。

 春近は先日のことを気にしていた。


 ――――そりゃ、女の子に向かって臭いとか言っちゃたしな……

 気にしているのかも……

 悪い事をしてしまった……

 実際のところ臭くはなかったのだが、蒸れた靴下の爪先が鼻に直撃し、つい臭いと言ってしまったのだった。


 やっぱり、ちゃんと謝った方が良いよな。

 でも、言いにくいし……どうしよう……




 校門付近まで差し掛かった時に、前方に巨大な男が立っていた。先日見かけた大男だ。

 ――この先輩はいつも校門で仁王像しているのだろうかなどと思っていると……


「茨木咲だな。我は渡辺綱わたなべのつなの直系! 渡辺豪わたなべごう! 頼光四天王筆頭! 鬼を討伐する者なり! キミに話がある! 大人しく付いてきてもらおうか!」


 その男は、時代劇のように言い放った。


 ――――はっ…… 何言ってるんのこの人

 初めて会った時から武士みたいだと思ってたけど、本当に武士みたいだった。

 というか、四天王とか鬼を討伐する者とか……中二病か?

 何かのアニメだろうか?


「渡辺……」

 咲はそう呟くと、ガタガタと体を振るわせ始めた。


「いやいやいやいや…… 恐い恐い恐い……」

 凄い力で抱きついてきてガタガタと震えている。


「ちょっと、茨木さん! 色々と当たっているから」


 彼女は春近に抱きついたまま手足を絡めて凄い体制になっている。

 胸やら何やら色々な所が当たって、彼女の体臭やら甘い香りやらで、変な気分になってきてしまう。



「おい! そこのキミ! 離れてくれないか!」

 渡辺先輩が臨戦態勢のまま春近に声を掛ける。


「ちょっと待ってください! 女の子相手に喧嘩腰でおかしいですよ!」


「キミには関係無い事だ!」


「関係あります! 茨木さんを置いて逃げるなんてできません!」

 ちょっと何言ってるのか分からないし、せっかく入学して知り合った女子だし、変な先輩からオレが彼女を守らないと。


 相手は身長2メートルくらいありそうな筋肉の怪物みたいな人だ。

 ひ弱な一般人が超強い格闘技選手と対峙しているようなものだ。

 いや、獰猛な肉食獣と対峙していると言った方が当て嵌まるかもしれない。


 しかし、春近には少し確信があった。

 相手が武士みたいな人ならば、武士道とやらで無関係な人には危害を加えないはずだ。

 いや、でも小柄な少女に喧嘩を売るからそうでもないかもしれない……


 これはしくじったか……



 ――――その時、遠くからルリがこちらに近付いてきているのが目に入る。


 渡辺先輩はルリに一瞥いちべつ

「今日の所は引こう……いずれまた……」


 そのままきびすを返し帰っていった――――



 渡辺先輩と入れ替わるようにルリが到着する。


「あれ~ いつのまにそんな仲に?」


 咲は泣きべそをかきながら、ギュッっと強く抱きついたまま離れようとしない。

 両腕を春近の首に回し、両足は腰に絡ませてガッチリホールドさせピクピク震えている。

 この状況は誤解されてもしかたがないかもしれない。

 一歩間違えば、だいしゅきホールドだ。


「あの、誤解です……」


 ルリはジト目で春近を見つめるのだった――――

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