第4話 千年前の因縁

 入学式を明日に控えた春近が寮の自室でのんびりしていたところ、スマホにルリからのメッセージが届いた。

 買い物に行きたいので街まで同行して欲しいとのことだ。


「あっ、ルリからメッセージが!」


 実は、先日メッセージアプリのIDを交換していたのである。女子とコミュニケーション不足の春近としては上出来だろう。

 まあ、積極的なルリのおかげなのだが。


 今まで女子からメールが来ること自体があまりなかったのに、知り合ってすぐの女子から連絡が来るのは脈ありみたいでテンションが上がる。


「今日は一日オフだし、あんな可愛い子と一緒に出掛けられるなんて……」


 春近は速攻で返信をして、出掛ける準備をする。



 さっそく春近は待ち合わせの女子寮の前に到着した。

 寮には生徒が出入りしていて、通りすがりの女子からジロジロ見られて落ち着かない。


  モテなかったオレにも遂にモテ期が来ているかも――などと、そんな妄想をしてみる春近だ。


 ほどなくして寮の玄関にルリが現れた。


「お待たせ~待った?」

「いや、今来たとこ」


(これ、言ってみたかったんだんだよね。いかにもデートしてるカップルっぽいし)


 春近の頭は完全にデートになっていた。


「はぁ? ナニしにきてんだよ!」


 ルリの後ろから咲が現れた。

 もはやオヤクソク展開だ。


「えっと、い、一緒に行こうという事で……」


(あの踏んできた子だ。顔は可愛いだけど、ちょっと苦手なんだよな)


 春近が後ずさる。ギャルはちょっと苦手だ。


「何でオマエと行かなきゃなんねぇんだよ!」

「それは……」


 今日も春近がグイグイと迫られていると、ルリが間に入った。


「私がお願いしたの。咲ちゃんワガママ言わないで」

「ちぇっ……」


 ルリに注意されて、咲は大人しくなる。


 しぶしぶながら受け入れたような感じの咲と一緒に三人で歩き始めた。


 ところが、ふと唐突に何かを思い出したような顔をしたルリが、両手をパチンと合わせた。


「あー忘れ物しちゃった。すぐ戻るから、二人は先に校門に行ってて」


 と言い、女子寮の方へと戻ろうとする。


 芝居がかった彼女の動きが少し不自然だ。

 春近が疑問に思い首を傾げた。もしかしてギスギスしている二人を打ち解けさせようとしているのかと。


 当然ながら咲は文句を言うのだが。


「アタシも一緒に行くよ」

「咲ちゃんはハルと先に行っていて」

「えええ…………」


 仕方なく、春近は気まずい雰囲気のまま咲と歩きだした。

 どうやら、咲はルリの言う事なら聞くようだ。



(――――気まずい……先日の事があってか、空気は最悪だ……)


 何とか重い空気を和らげようと、春近は会話を試みる。


「あの、自己紹介まだでしたね。土御門つちみかど春近はるちかです」


 ジロっ!

 何故か咲に睨まれた。


茨木いばらきさき……」


 小さな声でボソっと返事をしてくれた。


「茨木さんはルリと幼馴染とかなの?」

「まあ……」


 咲の顔は、怒っているというよりも困っているように見える。

 春近は先日のことを気にしていた。


(そりゃ、女の子に向かって臭いとか言っちゃたしな……。気にしているのかも……悪い事をしちゃったな……。実際のところ臭くはなかったのだが)


 蒸れた靴下の爪先が鼻に直撃し、つい反射的に臭いと言ってしまったのだった。


(やっぱり、ちゃんと謝った方が良いよな。でも、言い出しにくいぞ……。ど、どうしよう……)



 結局、お互いに言い出せずじまいで校門付近まで来てしまう。

 しかも校門にはお邪魔虫ならぬ武闘家みたいなキャラが立っているではないか。


 そう、前方に巨大な男が立っていた。先日見かけた大男だ。

 まるで道をふさぐように仁王立ちしている。


 この先輩はいつも校門で仁王像しているのだろうかなどと春近が思っていると、その男はゆっくりと口を開いた。


「茨木咲だな。我は渡辺綱わたなべのつなの直系! 渡辺わたなべごう! 頼光四天王筆頭である! 鬼を討伐する者なり! キミに話がある! 大人しく付いてきてもらおうか!」


 その男は、時代劇のように言い放った。


(は? 何言ってるんのこの人? 初めて会った時から武士みたいだと思ってたけど、本当に武士かよ。というか、四天王とか鬼を討伐する者とか……中二病か? 何かのアニメだろうか?)


 春近が呆気に取られていると、横の咲がガタガタと体を震わせ始めた。


「渡辺……」


 咲はそうつぶやき、恐怖の表情で頭を抱える。


「いやいやいやいや! 恐い恐い恐い!」


 突然、咲が春近に抱きついた。必死に春近の体に手を回してガタガタと震えている。


 ぎゅぅぅ~っ!


「ちょっと、茨木さん! 色々と当たっているから」

「怖い怖い怖い怖い怖いぃいいい! やだぁあああ!」


 彼女は春近に抱きついたまま手足を絡めて凄い体制になっている。

 胸やら何やら色々な所が当たって、彼女の体臭やら甘い香りやらで、春近は変な気分になってきてしまう。


 しかし、先輩は真顔のままだ。


「おい! そこのキミ! 離れてくれないか!」


 完全に臨戦態勢になった先輩は、春近に声を掛ける。


「ちょっと待ってください! 女の子相手に喧嘩腰でおかしいですよ!」

「キミには関係無い事だ!」

「関係あります! 茨木さんを置いて逃げるなんてできません!」


 春近は咲を守るように両手を広げた。


(ちょっと何言ってるのか分からないし、せっかく入学して知り合った女子だし、変な先輩からオレが彼女を守らないと)


 相手は身長2メートルくらいありそうな筋肉の怪物みたいな男だ。到底勝ち目は無いように見える。

 まるでひ弱な一般人が超強い格闘技選手と対峙しているようなものだ。

 いや、獰猛な肉食獣と対峙していると言った方が合っているかもしれない。


 しかし、春近には少し確信があった。

 相手が武士みたいな人ならば、武士道とやらで無関係な人には危害を加えないはずだ。

 いや、でも小柄な少女に喧嘩を売るからそうでもないかもしれないが。


(これはしくじったか……)


 春近が大男の先輩と対峙しているその時、遠くからルリがこちらに近付いてくるのが見えた。


 渡辺はルリを一瞥いちべつする。


「くっ、早いな。今日の所は引こう……いずれまた……」


 そう言うと、踵を返し去って行った。



 渡辺先輩と入れ替わるようにルリが到着する。

 春近と咲を見ながら訝し気な顔をする。


「あれ~いつのまにそんな仲に?」


 咲は泣きべそをかきながら、春近にギュッっと強く抱きついたまま離れようとしない。

 両腕を首に回し、両足は腰に絡ませて、ガッチリとホールドさせピクピク震えている。


 この状況は誤解されてもしかたがないかもしれない。

 一歩間違えば、だいしゅきホールドだ。


「あの、誤解です……」

「うわぁあああぁん。怖いぃ」

「誤解?」


 ルリはジト目で春近を見つめるのだった。


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