第26話 親子関係

少しして老齢の執事がブロン達に挨拶し、此方に

と案内されると護衛が立つ衝立を隔てた奥に立派

な椅子に座る男性の前まで来た。

ブラウンに白髪が混ざった髪を束ねた中年男性は

威厳があり神経質そうな空気を纏っていた。少し

疲れた感じだったがブロンを見ると笑みを見せる

のだ。ブロンと同じグリーンの瞳で年齢の割に体

格も良く正に彼の父親だと分かる。


「ブロンシュ、久しぶりだな良く来てくれた。」


ゆっくりと上げた両手その動きだけでなく、父親

であるグリソン・ヴェールを久しぶりに見たブロ

ンはさすがに不安になったのだ。

数年会って無い歳を取ったと言えばそうかもしれ

無いが、余りにも痩せているのだ。初めて見るネ

ージュには体格良く見えるが、ブロンからすれば

胸板の厚みが無いから服が緩んでいるのが分かる

からだった。あの鎧を纏ったままの様な立派な身

体が見る影もないのだ。


「一体、何処が悪いんですか?」


「心配してくれるのか…単に歳だよ。足腰も悪い、

罰がくだったんだよ。」


「歳?罰?心が病んでいるんですか、らしくも無

い!」


グリソンは何故か微笑んでいるからブロンはイラ

つき「ふざけて…」と怒鳴りそうになる、側にい

たネージュがブロンの腕に触れて止めるのだ。

その姿を見て安心した様にグリソンは話すのだ。


「私はお前に叱咤されたいんだな、母親のニュイ

にもお前にも酷い事をしたしな…」


「ブロンに対しては私も同罪ですから…私は…」


そう言って前に出て来たニュイを見てグリソンは

眩しそうに微笑み。


「やはり、変わらず美しいな。生まれ持っての品

だ変わらない…。あの時、その事を気に留めずに

居れば、お前に声も掛けなければ……ニュイを苦

しめる事もなかったのに。」


「その言い方はやめてと!私はブロンシュを身篭

った事に感謝しているのです。」


「ああそうだな、だがそれは俺の方が感謝してい

る一人息子を産み立派に育ててくれたのだから。」


「えっ?」


ニュイもブロンも一瞬耳を疑う、その場に居た全

員も驚き固まったのだ。一人息子、なら兄は?と

なる、いや口ぶりからして父の子供では無いと言

う事になるだろう。父グリソンが侍女であった母

ニュイに手を出した話だけのはず。

だから、兄のビュグロスの母親に追い出された話

しだった筈だ…なら兄は誰の子供なんだ。


「父上説明してくれ。母の事、兄の事一から分か

るように。」


ブロンの言葉にグリソンはゆっくり頷き護衛を呼

び隣りの部屋へと移動すると言うのだが、立ち上

がるのもままならない父を護衛に代わりブロンが

肩を貸して血の気が引く。異常な痩せ方の父に何

かを感じながら悔しさを募らせていた。





グリソンとアコニは周りが進めるままの形ばかり

の結婚だった。


グリソンには情熱的になる女など居なかったし、

領地維持や子孫を残す為だけの結婚をしなければ

という思いしか無かったのだ。ヴェール家は広大

過ぎる領地や公爵と言う階級、世襲する一人息子

には重荷となり人を愛する感情が育たなかったの

だった。

家族愛とか友情は分かるが女性の愛し方を分から

ないまま、戦さばかりで20代になってしまってい

た。親や周りが進める結婚を疑問も無くひとつ返

事で承諾するのは、単にどうでも良かったのだ。

誰が相手でも構わなかった子を残せばいいのだろ

と言う気持ちだけだった。


アコニは資産家の娘だと言う触れ込みだったが実

際は潰れそうな貴族から言葉巧みに金を巻き上げ

土地を巻き上げてのし上がったのだった。


身分も巻き上げた物だとは後に知った事だった。


とにかくアコニの両親は饒舌で取り入った貴族に

上手く見合い話を取り付けて行き、ヴェール家に

たどり着いたのだった。彼等にしたらヴェール家

は喉から手が出るほどの領地に身分だったからな

のだ。思ったより簡単に結婚話しに進み、娘を喜

んで嫁にと送るつもりがアコニは実は渋ったのだ。

余りにも高い地位の元に嫁ぐには作法のひとつ出

来ないからバレると尻込んだ。だが両親は二度と

無いチャンスを逃したく無いと押し切る。

金に糸目を付けず娘を嫁に出す、そして連れて行

かせる侍女達は元貴族だった女達だったのだ。

大人しく従順な娘だけを選び散々脅して行かせた

のだ、アコニには周りの身振りや所作に品が有れ

ば娘に作法が無くても誤魔化せると言い聞かせる、

それならと喜んでヴェール家に嫁ぐ。


だが、アコニの両親は余計な事を口走ったのだ。

うちの娘は身持ちが固くて男を知らないから優し

くしてやってくれと…何だか少々下品な親だなと

グリソンは思ったが今時の親なんだろうと聞き流

してしまった。


だがアコニは焦っていた。親も親だからか随分若

い頃から色んな男との情事を愉しむ女だった。

今更、処女の演技など出来やしないし大抵バレた

ので無理だと焦っていた。彼女もそこで白状して

いればいいのに贅沢な生活と両親の恐ろしい剣幕

が嫌で何か策は無いものかと頭を悩ませ、寝所を

共にする事をひたすら逃げ回っていた。


ある日、偶には一緒にと食事中の事だった。

何気にアコニの食事の仕方が妙だな気になりと話

し掛けたのだ、アコニは何が変なのかさえ分から

ず不愉快そうな表情になるが、そっと黒髪の侍女

が手助けをしていたのだ。まるで何事も無かった

かのごとく離れる、その仕草や動きか気になり、

黒髪の侍女をつい目で追うようになっていた。


偶然、アコニが酷く当たって居るのを目にしてし

まう黒髪の侍女を突き飛ばし去ったのを見て。

つい声を掛けに行ってしまう、手を取り名前を聞

いていた。侍女に対して行動では無かっただろう

が彼女の所作はそれなりの教育された物だったの

だから、何でもいいなさいと言ったがニュイと名

乗った侍女は笑顔を見せる。


「アコニ様はいつもは優しいんですよ、大丈夫で

す。」


綺麗な笑顔なのだ、立ち振る舞いがとても上品で

気になり、ついアコニに聞いてしまった。

ニュイと言う侍女は何者なんだと、それが不味か

ったんだろう…


初めてアコニから寝所へ行きますと宣言された。

正直、既に結婚した意味すら忘れ、妻となったア

コニそんな気すら無かったが親の為、家系の為の

子供を作らねばの義務感で寝所に向かった。

部屋は真っ暗だった、恥ずかしいと言うから了承

したし、実際アコニ相手に出来るかのかと自分に

自信も無く疑問だったからだ。ベッドに入れば既

に裸の肌に触れたら震えていた、声の調子からは

想像も付かないほどに…無理してるんだと思った。


そう思い込んで抱いた…。


それから毎夜寝所に来るのだ、昼間の態度と違い

何度抱いても震えているから可哀想になる。

ただ、あまりにも態度が違い過ぎて別の人間では

と頭撫でて違いに気付いて私が震えた。アコニの

髪を触ったのは挙式での誓いでベールを寄せた時

だけだが硬い髪質だった……、今触れた髪は柔ら

かくて、慌てて灯りを付けた。その場に居るのは

泣きはらし裸で震えるニュイだった…。


アコニはグリソンが興味を持つし名前まで知って

いるし、何より立ち振る舞いの事を言われて頭に

きたのだ。ニュイの生まれ持った品位を滅茶苦茶

にしてやろうと思ったのだ。男を知れば上品な女

も同じだと怒りのまま、ニュイを脅して裸にして

ベッドに押し込んだのだ。


腹がたつ事にアコニが知る男達と違ってグリソン

は乱暴な扱いをしやしなかった。そして、ニュイ

も下品になりもしないのだから益々苛立ち、アコ

ニは下男や外で男漁りをしていた。


アコニはグリソンが侍女達に手を出しているんだ

と周りに話し、だからと男遊び楽しんでいたが噂

が出そうになりアコニの両親が咎めて収まった。

だがグリソンの両親が相次ぎ原因不明の病にて他

界してしまう。そんな時にニュイの妊娠が分かり、

アコニは鬼の形相でニュイを襲うから慌てて逃が

したのだ手切れ金だと離れた領地に…。


ニュイの元へ押しかける恐れを心配をしたがアコ

ニも妊娠していた。さすがに追い出すつもりがグ

リソンの子供だと言うのだ、一度も抱いた事も無

いのだが、暗闇だから分からないじゃないと言わ

れるしアコニの両親が乗り込んで来て騒ぐので一

旦諦める。

理由は…アコニは下男を始め遊んだ男達を片っ端

から消したのだ、それらはアコニの両親による物

らしいと耳に入る。今迄どんな手を使ってのし上

がったか地位を金を得たかといった話が入る。

グリソンの両親が亡くなり貴族間の繋がりが変わ

る事で入って来た情報だった。だから必死にアコ

ニ達を引き付ける、ニュイが無事子供を産むまで

のつもりで。


だが、男児だと聞いて情けない程、逢いたくなっ

たのだニュイが嫌がるかも知れないがと思いなが

らも馬を走らせていた。ニュイはぎこちないが笑

顔で迎えてくれた。そして、ニュイに似た柔らか

な黒髪に自分と同じグリーンの瞳の赤子だった。

可愛い…ただそう思った。


アコニも無事出産していたが髪の色がブラウンだ

が瞳はブルーだった…。


無事産まれたら、ニュイの為にも子供の為にも離

れるつもりだった、一切会わないつもりが馬鹿み

たいに子供が可愛いのだ…

ニュイからは壁を感じるままだが仕方ない話だ。

それでも、ニュイ達の側では穏やかな時間を送れ

るからどうしても向かってしまっていた…。


両親からは得られなかった幸せだった。

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