第18話 悲しい記憶

ネージュにこのまま少し休めと寝かせて、ブロン

は葡萄酒作りの続きに戻る。樽の近くで丸太に座

り枝と実を分けていたジョーンヌ横に座りながら、


「油断していた、まさか兄にネージュの存在を知

られて居たとは。」


「そうだな、領地関係で時々来て居た者が口を滑

らせたんだろが口止めするべきだったか…。」


ジョーンヌが妙にイラつくように呟く、ブロンは

人の口に戸を立てるのは無理だと身に染みて分か

っているから仕方ないと思うも、疎遠である兄が

来ただけで嫌な不安が広がっているのは確かだ。


「ネージュの髪は人目を引きつけるが、あいつが

興味持つとは思わなかったんだがな。」


「ん、何故興味を持ったのかだな…。」


兄であるピュグロスとも久しぶりに会うのだ。




ブロンの兄、ビュグロス・ヴェールとは母親が違

う異母兄弟だ。侍女であったブロンの母は兄の母

・本妻に当然城から追い出される形なる。

だが、父グリソン・ヴェールはニュイと俺を手放

さず、すぐに今の広大な領地を母ニュイとお腹に

いた俺の為にと渡し擁護し続けるたのだ。


領地の規模を考えると莫大な遺産になるのだから

当然、本妻であるビュグロスの母親は怒ったが、


『手切れ金だ!ニュイが今後一切何も言わなくな

るし、世間体だ養育費だって安いもんだろう。』


と怒鳴ったらしいのだ。

世間体だと言いながらも、執事としてじい様達を

付けたり定期的に様子を報告をと気にかける。

そして、無事産まれた子供が男児だと分かってか

は分からないが定期的に会いに来るようになる。


そして、ビュグロスの母親も当然嫌がらせをしに

態々来る有様だった…。色んな事を理解し始めて

子供ながらいい加減に頭にきて8才になる頃、父

に直談判したのだ。


『親子であるままか親子で無くなるか決めません

か?』


『どういう意味だ?』


『今のままだと母が倒れてしまう。兄の母を大事

にしてくれたら、僕の母も大事にする事になる。』


『意味が分からないぞ?』


『母が亡くなる事になるぐらいなら、貴方と親子

である事を辞めたい。』


『……』


理由は分からないが母に広大な領地を渡してまで

「母」を手放したく無いのは分かった。

だから会いに来るんだろうと。兄がいるのに俺に

構う理由も母に会いたいからだろうと、その母が

亡くなるのは嫌だろうと思い話を持ち掛けたら、

アッサリ了解したのだ。


兄の母親は貴族的な繋がり上、離縁は難しいと聞

いた。もし母ニュイと再婚するにも問題があるの

は只の平民だから、父の肩書や背負った称号的に

不都合だろう。

本妻が浮気相手の元を定期的に訪れ暴れるのは、

世間の良い噂話のネタになっていた。父の耳にも

否が応でも入る筈だが…


ただ、兄の母親を説得するから一年に一回は何ら

かの形で俺に会う事は良いだろ?と聞いてきた。

母に負担が無いならと了承し十数年経つ、会えば

母の事を話すと静かに聞いているだけだった。

まあ、必ずビュグロスと母親が同席という

何とも言えない空気が漂う中でだったのだから。


15才になる頃だ、


『ブロンシュ聞いたぞ、剣の腕も弓の腕前もかな

りの物らしいじゃないか!父として鼻が高いぞ、

部隊はいつか持つのか?どうなんだ?』


父から珍しく興奮気味に話しかけて来たのだ。

いつも無表情だったから尚驚きながらも答えた。


『ええ、そのつもりです。父上も部隊長でかなり

の功績を……』


『ふん‼︎自慢の息子で良かったわね。』


ビュグロスの母親が不愉快そうに言葉を投げ、乱

暴に席を立ち居間から出て行った。ビュグロスも

ニヤニヤしながら立ち上がり、


『かわいいブロンシュの為に親父が何かしてなき

ゃ良いんだけどね〜』


『お前は!何の努力もせずにいて、何を言ってい るんだ‼︎』


『ちっ、努力だって?下らないですよ。どうせ出

来が違うんだからね。』


ビュグロスはそのまま居間を出て行き執事が扉を

閉める、そして外から派手に何かが割れて行く音

がするのだ。


『ブロンシュ。お前にもニュイにも迷惑はかけな

い。すまない…』


『父上…一体何が?…』


兄の母親や兄が同席しながら嫌味な呟きは毎年の

事なのだが、この時ほど感情的な姿は見た事が無

い。父グリソンは静かにブロンシュを見つめて微

笑んだ目は悲しそうだった。


『いい話を聞けた、今日はもう帰ってくれ…

また、来年楽しみにしている。』


『分かりました。また来年来ます。』


ブロンの言葉を聞き、背を向けた父の背中に何の

言葉もかける事が出来なかった。

それ以降、益々兄のよくない噂を耳にする様にな

るし、父との面談に兄達は同席しなくなった。


そして、ミモザとの結婚を報告しに母ニュイも伴

っての訪問を最後に一度も父グリソンに会って居

ないのだ。



そう…あの日、


ミモザの妊娠を機に結婚報告の訪問、冬だったが

良く晴れた日で積もった雪さえ溶ける程だった。


『ミモザの為に雪が溶けたな。』

『そ、それは言い過ぎですよブロン様。』


『分かったから、熱いのは空だけにしてくれる?』


向かう馬車の中でブロンとミモザの仲の良さに母

ニュイが呆れて居た。ミモザがいる事でニュイも

笑顔一杯だった。後ろから馬でヴェルトとジョー

ンヌが付いて来てくれていた。


祝い事なので、流石にビュグロスも彼の母親も静

かなものだった。たまたま、別の用事で来た近く

の身内も集まり軽いお祝い状態まではよかったの

だ……。


ブロンの隊長としての功績に身内が更に盛り上が

ってブロンを取り囲みミモザと離れてしまったの

だ。でも、だからといって事故が起きるのはおか

しい話しだろう……。


ミモザはヴェール家の近くの崖から落ちて亡くな

ったのだ、お腹の子と共に……。


城から少し離れている崖、そこへ何故行った。何

よりドレスには斬り付けられた跡が無数あるのだ

盗賊?周りに森は有るが聞いたことがない…

それでも盗賊から逃げる途中で崖から落ちた事に

なった。


母ニュイは取り乱し手がつけれない状態をヴェル

トが何とか抱き押さえてくれる。父までもが人形

の様に座り込む。


ブロンも小間使いや執事達が崖下から上げてくれ

た、ミモザの亡骸を抱えて静かに座り込んでいた

のだ。泣き方が分からず叫びたくても分からず、

ただ冷たくなり動かないミモザを抱き締めて居た。


ジョーンヌがブロンの傍らに黙って付いて居てく

れた。そこにビュグロスが来た。


『よく、死体なんか抱けるね、さすが戦場に慣れ

ている。』


『…だから何だ?暇つぶしはよそでしてくれ。』


ブロンは淡々と話し、相手にする気は無かった。

なのに…、


『事故なのかな?お腹の子供は本当にブロンシュ

の子かい?』


ああ、こいつは、、そう思った瞬間だ。


『汚い口を閉じるか?それとも…一生話せなくな

る方がいいか?』


ジョーンヌは静かにビュグロスの口角に剣先を当

てていた、口ばかりの兄だった剣を振り回すだけ

で鍛錬などした事は一切無い。ジョーンヌの素早

い動きに硬直するだけだった。

それでも必死に言い返している。


『俺に、よく、そんな真似が、出来るな、後で、』


『事故に見せかけたらいいだろう?それともチビ

らせた事を話す方がいいかな?』


ジョーンヌが静かに話しながら剣先を口に押し込

み出すから、ビュグロスはすぐに後退りし。


『わ、わ、分かったよ、弟を慰めに来ただけだよ、

む、む、向こうに、い、行くから、』


ビュグロスもジョーンヌが躊躇なく剣を動かす様

に流石に震え出して止まらなくなって居た。


『ジョーンヌ、もういい。ビュグロス、黙って去

れ。』


ブロンの言葉に剣が下ろされると震える足を必死

で動かしながら逃げる、その後ろ姿にジョーンヌ

は微かな涙声で呟く。


『くっ、マジで漏らしてやがる…腰抜け野郎が…』


『漏らしたか…ジョーンヌ流石だな……くくっ。

うっううっ……くっ……そぅ………うっ

ウワワアアァァァァ‼︎‼︎』


ブロンが微かに笑ってから、耐え切れず嗚咽を洩

らす、堪えようとするが耐えられず叫ぶ様に泣き

出したのだ…

『守れなかった』『すまない』と何度も叫ぶ様に

泣くのだ。ジョーンヌもブロンの肩を掴んで一緒

に泣いていた…。


それっきりだ…

ヴェール家、父達が居る城に行く事は無かった…。

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