第11話 心の中の色んな痛み

玄関の扉を派手に開いていた。


夕陽の中、こちらを向いて悲しそうに立ち尽くす

ネージュが居る。胸の中の何かが分かる、走り寄

って抱き締めて叫んでいた。



「行くな!いかないでくれ!」



「えっ?駄目でした散歩?」

「…えっ、散歩…?」


腕の中でネージュが驚いて呟く言葉にブロンは更

に驚く。ネージュが困った様な残念そうな顔で続

ける言葉に固まる。


「あっ、一緒に行くならいいんですか?空中散歩」

「いや、えっ散歩?なの…か……」


うめく様な声がするから見るとガルグイユが竜の

体に成り、そのデッカい背中を丸めて盛大に震え

ている、うめく声は、爆笑しているのが分かって

……。

ネージュの手を握りブロンはしゃがみ込んでしま

っていた。


要するに、

驚かしたお詫びとが言って食後の空中散歩に誘っ

て喜んだネージュ。

(嫁に来ないかに喜ぶと思い込むブロン…)

手を振ったのは許可ありがとう、だよ。

(俺にさようならで手を振ったと思い込む…)

玄関先の悲しそうな顔じゃなくて、ガルグイユが

服をいきなり脱ぐから恥ずかしくてこっち向いて

ただけか!いや冷静に考えたら分かる事だった。

ガルグイユの『つがい』と言う言葉に完全に動揺して

しまった。


「ど、どうしたんですか?」


「やられた…」


何が何だか分からないネージュもブロンの横にし

ゃがみ込んで口を尖らせる。


「何なんですか?悪戯ですか?窓から皆が覗いて

笑ってますよ。散歩は無しなんですか?」


そのまま少し膨れてため息をつくのだ。ガルグイ

ユが体制を立て直して頭上から笑いながら、


「悪戯されたのはブロンだけだよ、行くぞ散歩。

二人とも乗れ、陽が沈んでしまう。」


ガルグイユが紐を咥えて投げつけて来た。

ふぅとブロンは一息ついて、ネージュの手を握っ

たまま立ち上がりガルグイユの背中へと行く。乗

る位置にブロンはネージュを後ろから抱き締めて

座り、命綱がわりの紐をガルグイユの首に掛けて

から叫んだ。


「あー負けたよ!俺の負けだ。鈍い俺が悪かった

よ!そうなる様にするから心臓に悪い悪戯をしな

いでくれ!」


咆哮にしか聞こえない高笑いをして飛び上がるガ

ルグイユ。一羽ばたくその勢いにブロンの腕にネ

ージュはしがみ付きながら、息を吸い込み高くな

る景色を夢中で眺めていた。



ジョーンヌ達は空高く飛び上がるガルグイユを見

送りながら笑っていた。


「何を言ってブロンを動かしたか知らんが、さす

がだな。」


「やっぱり、年の功だろ。あんなに必死で追い掛

けるようにするとは。」


「ですね、やっと本音を言った感じですかね。」


見るからに様子がおかしかったブロンだ。ネージ

ュを見る目もガルグイユに向ける視線にも感情が

剥き出しなのだ。喜怒哀楽はハッキリしている男

だが女性に対してはあまり感情を出さない方だろ

う。結婚する筈だったミモザに対しても大人過ぎ

る対応だったのだから、だがネージュに対しては

と言うと最初は「保護した可愛い妹」的な感情し

か無い様に思えたのだが、気づけば四六時中ネー

ジュの側にいて楽しそうに笑っているのだ。

寝る時も離れずに居る状態に誰もが「ただの庇護

欲」では無いなと分かっていた。

ただ頑なに気持ちを伝えない理由も分かっていた

から見守るしか無いもどかしさもあったのだ。

ガルグイユとの何かで、やっと彼女を手放したく

ないと走り、心の底から本音を叫ぶ事が出来たの

だろう。


ただ、初めて見るブロンのあまりの姿にヴェルト

も笑いが止まらないのだが横では、妹ヴィオレが

グリに問いかけている。


「あんな風に追いかけてくれる?」

「いつも、追いかけてるでしょ?」


「……イチャつくなら部屋でしろ。」


妹夫婦にヴェルトが呆れながらまた笑う。母ニュ

イも空を見上げながら微笑む、息子が素直に追い

かけた姿に色んな意味で安心していたのだ。




色が変わっていく空から見える地平線には森や畑

が広がっていた、遠くに建物が沢山見え小さな街

だろうか……もっと遠くの山が夕陽に染まり出す。

紫色の畑は花畑だろうかと息を忘れてネージュは

景色を見ていた。


「綺麗…凄く綺麗ですね。」


嬉しくて横に視線を向けるとブロンも目を細めて

景色を眺めているのだ。


夕陽が当たって、凄く…綺麗な横顔だ。黒い髪が

風になびいている様をずっと見ていたい…と見続

けていたら、視線に気づいたのかこちらを見なが

ら何か言っているが風の音で聞こえず「何です?」

と耳を近づけようと顔を寄せたら、

ブロンの顔も近付き


「何処にも行かないでくれ。」


そう言ってネージュの唇にブロンの唇が触れる。

何が起きたのか分かるが、そのまま顔を見つめ続

けるしか出来ずに居るとブロンがまた呟く。


「ずっと、一緒に居てくれるか?」


笑顔のブロンに何かが弾けて、ゆっくり頷いたら

また唇が触れる。初めてのキスに息をつけずに居

から離れた瞬間息をしようと深呼吸したら、また

唇が触れる、今度は唇に熱い舌を感じて驚いてし

まい慌てて唇を閉じようにも、もう押し入るブロ

ンの熱い舌に身体が震えてしまう、どうしたらい

いのか分からず腕を掴むと、命綱ごと両手で抱き

締められながら舌も唇もなすがままに受け入れて

いた。


ただ、嫌じゃない…熱い舌が唇をなぞり、舌を絡

めるだけで全身まで熱くなってしまう。自分の舌

が溶かされていく様で震えながらブロンの首へと

腕を伸ばしていた。止めて欲しいのか続けて欲し

いのか分からないが胸の奥がもっとピリリッとし

て震えて止まらないだけだった。

どれぐらい唇が離れなかったのか分からないけれ

ど、離れたく無いかの様にブロンの胸元に寄り添

い沈み切る夕陽を穏やかな気持ちでネージュは眺

めていた…。


薄い月明かりとなった頃になってようやく城に戻

って来た。ガルグイユが「またな」とさっさと帰

っろうとしながらも「次、楽しい話を聞かせろよ」

とそっと一言ブロンに耳打ちして笑っているのだ。

そして、あっという間に夜空へと飛び立つ。


二人きりになるとブロンがネージュの手を握って

来るのだ。思い出した様に急に心臓の音が激しく

なって身体がふらふらになってしまう、何をどう

したら良いのか分からなくなりながら手を握り返

していたら、

玄関の扉が開いてヴェルトが出て来た。


「やはりガルグイユの音だったな。帰った早々だ

し楽しい散歩の後にすまないんだが要請だ。また

東辺りを侵略して来た様だ。」


「そうか、わかった。すぐに準備しよう。」


ブロンはネージュの手を握ったまま、素早く城内

へと一緒に入っていた。


慌ただしく隊員達がそれぞれの用意をしている、

ネージュもヴィオレやニュイの横で準備を手伝い

ながらチラリとブロンを見る。


戦さに行ってしまう…、そう考えるとさっきまで

の熱い心臓がスーと冷たくなるのを感じる。

唇が寂しい…とさっきまでの穏やかな時間に戻り

たくなった。

それでも、ヴィオレさんもニュイさん、リラさん

もフルーさんも同じ気持ちだろう。いや皆んな、

こんな思いを抱えているのだと布地を畳んでいた。



甲冑を隊員達皆んなが身に付けて外に出てしまう。

ああ、行くんだ。と恐怖なのか寂しさなのか分か

ら無いが涙が溢れてしまうのを慌てて拭って隠し

ていた。


じい様達が馬の準備を仕上げると、皆が一人一人

馬に荷を載せたりと準備は淡々と進んていく。

その姿にやはり耐え切れず、両手を胸元で握り締

めて必死で何かをこらえていた。

ふと、肩に暖かな大きな手がかかるから横を見る

と隊長の姿になったブロンが何も言わず立ってい

るのだ。色んな気持ちが暖かな手に和らげてもら

えた。だからとネージュは顔を上げて口を開いた。


「…お願いがあります。」


「何だ?」


「帰って来て下さい。早く帰って来て…下さい。」


「わかった。早く帰るよ。」


ブロンは微笑んでネージュの頬にキスをし「行っ

てくる」と隊列が整った先頭の馬へと歩いて行き、

素早く馬に乗って声を上げる。


「準備はいいか‼︎行くぞ‼︎

さっさと終わらせるからな‼︎」


「はい‼︎」


隊員達の息の合った声が響いた。


「留守を頼んだ!」


そう、女達に声をかけブロンの部隊は行ってしま

うのだ。ネージュが駆け出して背後からとても大

きな声を出して見送る。


「行ってらっしゃい!」


隊員達がその可愛い声に振り返り手を上げる。

ヴィオレやニュイ、リラやフリーも一緒になって

ネージュの横でまた「行ってらっしゃい!」と叫

んでいた。先頭のブロンが高く上げた手をネージ

ュはずっと見守っていた。

胸の奥にある痛みを押さえながら…。

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