第9話 命の恩人は竜

朝方の酷い雨音にブロンもネージュも目を覚まし

ていた。窓を開けると土砂降りだった。


「暑い日が続いたから恵みの雨だな。」


畑が続く遠く向こうで雷がみえるし、今日は一日

中雨だなと思っていると微かに誰かを呼ぶ大声が

聞こえる。ベランダに出て城方向を見ると二階窓

から手を振るグリが見えた。

ブロンを見てすぐさまグリが弓を掲げて、指を二

本立てたからブロンが手を上げて部屋に入り窓を

閉める。


「何です?」ネージュが不思議がるとカカッと二

回何かが当たる音がする。ベランダに出ると矢が

壁に刺さっている、その矢に紐が付いていて紐を

ベランダ手摺に引っ掛ける様に結び、ブロンが手

を上げて合図すると結び目がスルスルと移動して

行くのだ。少しすると太いロープに変わるから、

ネージュがワクワクしながら次は何に変わるのか

と見ていると。


「籠?」


ブロンが籠を掴み板の蓋を開けると中にはパンや

らハム、果物と食事が入っているのだ。


「きゃ〜凄い!遭難したみたい!」

「遭難?喜ぶ事かい?くっくっ」


二人で笑いながら部屋の中で食事をした。今日は

このまま閉じ込められるのかなとまた笑い出した。

そう言えばとブロンが聞いた。


「アダンとエメとは両親か?」


「えっ、いいえ違います。どうして名前を?」


寝言で言っていたと話すと、なるほどとネージュ

は頷き、狩人の夫婦だと言い彼等の事を話し出し

た。


「私の名前を付けてくれたんです。『ユキ』はこ

こではネージュて言うのを教えてくれました。色

んな事を短い間でしたが本当に色々と…。

あの時、森に迷い込んだ甲冑を着た人達に食糧上

げたのに、私を連れて行こうとするから…

アダンとエメが止めたから…きっともう……。

アダンが最後に『生きていろよ』と叫んだのに私、

何度も死のうとしたからアダン怒っているかもし

れませんね。」


ネージュは泣きそうなのに笑おうとする、アダン

やエメは彼女にとってとても大切な存在になって

居たのだ。その彼等との別れはどれだけ辛かった

のだろう、だから……。


「俺が守ってやる、ずっと守ってやる。」


そう言ってネージュを胸に抱き締めていた。

最初の痩せ細った身体じゃなくなっている事だけ

でもホッとするし、自分自身も安心する暖かさだ

彼女が少しでも同じ様に、いやそれ以上に安心し

ていられたらと抱き締めた。


そんなブロンの優しさを充分感じ、ネージュも暖

かく広い胸とブロンの匂いに包まれているのは、

とても安心感があって好きだった。ただ胸の奥が

ピリッとするのがよく分からないけれど嬉しくて、

もっと力強く抱き締めて欲しくてしがみ付いてし

まっていた。


どれ位抱き合っていたのか分からないけれど、気

付けば外の雨音と相まってなのかネージュが腕の

中で寝ているのだ。くくっと笑いながら。


「まったく、男に抱かれて安心して寝るのはどう

かと思うぞ?」


マットにネージュを横たえて寝かせ、腕枕で一緒

に寝ようと穏やかな顔を見て額にキスをしていた。ブロンの胸に広がる気持ちは分かっていたが静か

に奥に閉まっていた。


昼過ぎにやっと雨が上がり、あっと言う間に青空

が広がるのだ。明るさに気付いて起きたのだが

閉じ込められてるのも楽しかったネージュが残念

そうに空を見ながら城に向かって歩き出した。

ブロンも後ろから一緒に歩いていたら空に大きな

影が広がる。


大きな羽音と風圧で地面の雨水が舞い散るほどだ、

軽い身体のネージュがよろけるのをブロンが抱き

止めながら叫んだ。


「ガルグイユ‼︎少しは遠慮して飛べ‼︎」


「デカイから仕方ないだろう‼︎これでも加減してる

んだぞ‼︎」



サイズや登場の仕方の割に静かに地面に降りた……目の前に座るのは大きな身体の竜だった。鈍い鉛

色の鱗に水滴が掛かり陽射しを反射して輝いてい

るから鋼鉄の様にも見える。

初めて竜を見たから目を丸くするネージュに当の

ガルグイユが気づいてブロンに聞くのだが、唐突

な質問だったから動揺してしまう。


「ブロン、嫁さん出来たのか?」


「ち、違う。お前が拾ったホワイト・ランクスだ」


「えっ?人間だっのか?それとも変身したのか?

お前が人間に戻したのか?」


「…元から人間だ。」


少々、ズレた考えの奴だ、いや竜なら普通なんだ

ろうか?ガルグイユが興味深くネージュの顔の高

さまで目線を下げて見つめて。


「おー確かに人間だな、あー髪の色を毛皮に思っ

たんだなオレは。まあ、助けたんだから文句は無

いだろう?」


その言葉に驚いたままだったネージュがはたと気

づいて深々と頭を下げる。


「貴方が私を空中で捕まえてくれたんですね。命

を助けて頂いてありがとうございます!」


笑顔で話しじっとガルグイユを見るから、ネージ

ュの見開いた瞳を覗こむ。


「また、変わった目の色だな?グリーンの瞳です

らあまりいないのだがお前さんの瞳は綺麗だな。」


「元は黒なんですよ髪も真っ黒だったんです。

今は何故かこんな色なんです。」


ガルグイユは少し奇妙な感覚だったのだ。大抵の

人間は怖がる筈だ、ブロンが側に居るからか?と

思いながらも、初対面の人間だが随分と間近で話

し掛けているのだ。娘は妙にニコニコしながら話

すから、呆れた様にガルグイユとブロンが同時に

言うのだ。


「「少しは怖がれよ!」」


はたとガルグイユとブロンがお互いに何言ってる

んだ?と顔を見合わせてしまうがネージュはその

姿に更に笑顔を見せ。


「攻撃しないのに?ブロンさんも普通に話しして

るし、仲良さそうだし。それより身体に触れても

良いですか?」


ワクワクしながら見上げる様が小動物のようで可

愛いのだが、ガルグイユが何故か尻込みしながら

「構わないが…」と呟く、ネージュがお礼を言っ

て喜んでそっと触り始める、小さな手が微かにふ

れるのが妙な感覚なのだ。


「硬い…けど暖かい。火は吹きます?」

「いいや、俺は水を吹くが…」


「人間じゃなくて…、いえ何を食べてますか?」

「おい、何聞き掛けてるんだ。人間と同じ様な物

を食ってるよ!」


「何歳ですか?」

「う、うーむ…知らん長生きだ。これは何だ?

何だこいつは?」


ブロンは耐え切れずしゃがみ込んでいた。巨大な

竜が質問攻めに耐え切れ無いのか目が泳ぐし、触

られてムズムズするのか及び腰になっているし、

とにかくネージュにオタオタする姿は可笑しくて 仕方ないのだ。

当然、城内に居た隊員達もガルグイユが来た事に

気付いていたのだがネージュとのやり取りを見物

しているのだ。見た事の無い状況に耐えきれず笑

いながらヴェルトが助けに来てくれた。


「ガルグイユ。用事があったんじゃないか?」


「あっ、あーそうだった。おいブロン。人間狩り

は知っているか?戦に乗じて彼方此方で起きてる

らしいんだが、と言う用事で来たんだよ。」


見るからにホッとするガルグイユにヴェルトもブ

ロンも片腹が痛い。


「人間狩り?知らないが…奴隷商人の絡みか?」


「分からんが一部の竜が人間狩りに巻き込まれて

な、今一匹行方不明なんだ。」


ヴェルトとブロンが奴隷関連での話しは耳にして

いるから気にはしていた。ネージュも捕まって居

たのだから、ただ竜を捕らえた話しは初耳だった

し、人間狩りとは物騒な話しではと考え込むブロ

ン達なのだ。その横にネージュが来て不思議そう

に聞いた、自分も奴隷として売られ掛けたのだか

ら気になったからだった。


「竜なのに何故捕まるんですか?捕まえるのだっ

て大変でしょう?」


「あー確かに竜ならな、これならどうだ?」


ガルグイユが鼻をフンと一鳴らしすると、巨体が

スッと変わり姿が銀色の長い髪を持つ人間の姿に

……、ただし裸である。

ポカンとしたネージュが


「裸だから捕まったんじゃ?」


「一応着るよ!今お前が言うからだろ?」


と裸で近づくからネージュが叫びながらブロンの

背中に逃げて叫び続ける。


「変態!服着て!隠して!丸出しじゃない‼︎」


騒ぎに出てきたリラ達まで騒ぎだして大騒ぎにガ

ルグイユが妙な動きでその場でクルクルと踊って

いる様になるのだから大混乱だった。グリが服を

持ってきてやっと騒動が収まったのだから。

ジョーンヌ達が腹を抱えて笑い。


「まさか、ガルグイユが慌ててる姿が見れるとは、

くっくっ。」


「ぐうぅっ、それより話だ!」


必死で取り繕うガルグイユにヴェルトもグリも必

死で笑いを堪えていた。ブロンはネージュを胸に

抱えて泣くほど笑って居た。

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