第7話 ハッキリ見える様になると

小麦の収獲も無事終わると待っていたかのように

暑さが続いていたから、男達が湖で遊ぶのは仕方

ないだろう。リラやフルーと一緒に縫い物を終え

ると二人は暑いからと昼寝をしに行ってしまった。


ネージュも完成しているツリーハウスに走って行

く、完成してからは寝る時以外も暇さえ有るなら

木の上にいるのだ。扉や窓を開け木の鍵を噛ませ

たら、いい感じの風が吹き抜けて行くのだから涼

むのも最高の場所だった。

数ヶ月経つだろうか、ネージュも痩せ細った頃と

違い健康的な体型になって来た。目も医師によれ

ば栄養失調による一時的なものだと言われ、確か

に最近はかなり見える様になってきた。

髪色についてもその内ではと言われたが変化は無

い、それでもここに居てからは今の白い髪が気に

入っていた。


木の上に作って貰った部屋には小さな机とマット

を置いてあるだけで充分幸せな空間だった。

風が良く通るベランダに出てケットとマクラを置

いて横になり、手すりの間から景色を眺める。


ただただ、広がる畑や空を眺めていた。


風でブナの葉が揺れて穏やかな音がするし、風が

心地良くて目を閉じた。ネージュはここに来る前

と来た時の事を思い出していた……。




中学校へ自転車登校している時だった。

雨でカッパを着た姿以外はいつも通りに交差点を

通過する毎日の変わらない朝だ。その日はカッパ

がペダルに引っかかるなど、ちょっとした事でモ

タ付いたりした、だからと言って事故に巻き込ま

れたとは考え難い話しだ。

でも、右折車両に跳ねられた、

よくある事故だろう……、

大したスピードじゃ無かったはずなのに……。


気が付いたら知らない街で倒れていた、車が馬車

に変わっている。周りは外人ばかりで言葉も分か

らないし軽いパニックのまま逃げ出した。

走って走り続けて気付くと森の中にいて茂みから

現れたのは熊じゃなく狩人のお爺ちゃんだった。

額から血を流して途方に暮れる私を見て微笑んで

優しく手招きして助けてくれたのだ。

老夫婦は子供が居ないらしくそのまま保護してく

れる、お爺ちゃんは自分を指して「アダン」と言 い、お婆ちゃんを指して「エメ」と名前を教えて くれた。私を指すから「ユキ」と名乗った。

二人はいつも話しかけてくれるから言葉を覚える

のも早かった。話がかなり出来る様になった頃だ

った、雪が降る季節にはしゃぎながら教えた。


「アダン、雪だよ!雪って私の名前なんだよ。」


「ユキとは、ネージュの事か、そうかユキは肌が

白くてネージュの様だからな良い名前だ。」


二人はとても可愛がってくれた、色んな事を教え

てくれ幸せな日々だったと思う、でも一緒に過ご

したのはたった一年程だった。

森の中通りかかった鎧を着た数人が訪れた、戦の

途中だとか言って貴族だかの権限を振りかざす。

だから食糧を分けたのに……


男達はやたらとネージュに話しかけて来た、すぐ

に言葉に違和感を感じ異国の人間だからと連れて

て行こうとする。アダンとエメは男達の視線で別

の理由でネージュを連れて行こうしているのが分

かったのだ、親切心じゃない男達の下心だと。

アダンが話しを逸らしている間にエメの誘導で裏

口から逃げた。


「今は、決して戻って来ては駄目よ。」


森に入る前に道具や少しばかりの食糧をエメから

貰う、そしてネージュをぎゅっと抱きしめて。


「気をつけてね。」


そう話してエメが小屋に入ってから静かに森の奥

へと走った。


静かな森だから叫び声が響いてきた…そして…。


「生きていろよ!‼︎」


そうアダンの声が響いた後に…、男達の怒鳴り声

と探す声が森にこだまする。アダンに教わった大

型の獣から逃げる方法でその森から逃げきった。

泣く事も出来ずただ必死で逃げた。誰も何も居な

い深い森の木の上でやっと泣いた……泣き続けた。


すでに帰るすべは無いだろと諦めていた。

お父さんの事、お母さんの事、学校……それら全

て忘れるしか無かったのだから。いや考える暇さ

え無いぐらい何度も怖い目にあった。獣も人間も

怖くて眠れずふらふらになりながらも木の上の方

が安全だった、それでも何度も落ちたのだから。

気付けば髪が白くなると男からの攻撃が減ったが

顔と胸を知られると一変する。仕方なしに布を巻

いたり汚くしていたが奴隷商人に捕まり、年頃の

女だと知られ襲われそうになった時は逃げたが崖

に追い詰められ、諦めて飛び降りた死んだと思っ

たのに。

生きて、こんなに安心出来る日が来るなんて。


お父さん、お母さん……、

アダン…エメ……会いたいよ、

アダンごめんなさい、2度も死のうとして、

エメごめん…なさ…い……。




あれ、暖かいな……。

暑い季節なんだけど優しい暖かさに包まれている

頭を撫でる手も優しい何でだろう…

すごく気持ちいい、ずっと撫でて欲しいな。

いい匂いもする…安心する匂いだ。


ゆっくり目を開けたら胸だシャツから筋肉質の胸

元が見える、作り物かなとなでたら「ん?」と声

が聞こえた。声に目線を上にとずらして行く喉仏

だ何かいい感じだなと触ったら「何だ?」と微か に笑う。顎だしっかりした骨格で男らしいなと見

ていたらゆっくりと動いて……。

唇だ、すっきりしていて色っぽいのかな綺麗な形

だな。鼻も高いね……で、グリーンの瞳がジッと

こっちを見ている凄く綺麗な色……あれっ。


「どうした?大丈夫か?」

「……えっ」


顔がはっきり見える!この声は!


「ブロン?さん…」


「そうだが?どうしたんだ、目が見え難いのか?

触って俺だと分かったら怖く無いだろ?いや、ま

さかもっと見えなくなったのか?」


その心配そうな声に少し首を振りながら、ゆっく

りと離れるがブロンの顔から目をそらせず見続け

てしまうのは、すごく格好良いんだ……。


「どうした?本当に見えてるか?」


暖かく大きな手が頬に触れてビクッとなる。

綺麗な瞳で心配そうに見つめるからネージュの頬

が一気に赤くなって慌てて立ち上がり。


「そうだ!ニュイさんのお手伝いに行って来ます」


と言いながら素早く梯子を降りて行った。

部屋に取り残されたブロンは何が何だか分からず、

ネージュの行動を考えていた。


ツリーハウスから逃げる様に走って城内に入りキ

ョロキョロしていると、ヴィオレとニュイが洗濯

籠を抱えて歩いて来る。


「あら、ネージュどうしたの?」

「一緒にたたんでくれる?」


びっくりするほどの美女が二人、そのひとりが首

を傾げるウェーブのある柔らかな黒髪でグリーン

の瞳なのは、


「ニュイさん‼︎ブロンさんとそっくり!で凄く綺

麗なんですね!」


「ヴィオレさんもめちゃくちゃ美人だ!」


二人がそんなに誉めなくてもと笑ってから、はた

とヴィオレとニュイが顔を見合わせて籠を落とし

てからネージュの瞳を見る。


「目が治ったの?」


「ヴィオレさんの目の色は黄色っぽくて、ニュイ

さんの目はグリーンね。」


ネージュが笑顔で答えると二人が抱きついてきて

喜んでくれる。騒ぎにヴェルトやジョーンヌやグ

リが現れ彼等の顔を見たネージュがポカンと口を

開けてしまう。それを見てジョーンヌが不思議そ

うにして。


「ネージュが口を開けたままだ、お腹空いている

のか?」


「違います!えーと、あの、皆さん格好良い人ば

かりだったんだと…驚いて、」


ヴェルトとグリが顔を見合わせてから吹き出しな

がら困った風に呟いている。


「俺達がか?初めて言われたよ。」


「王子様とお姫様だらけです!」


そう言いながらネージュがそれぞれを見てから、

ジョーンヌを見て大きなため息をつき。


「間近で綺麗な顔の人見るとびっくりしますね。」


さすがのジョーンヌも照れながら、ネージュの肩

に腕を回しながら咳払いをしてしまう。


「あーんと、あのなネージュの言い方で真正面か

ら褒められるとかなり恥ずかしいぞ。皆そんなに

変わらないから、くっくっ。」


と笑いながら他の隊員達やリラ達を呼びかけて集 めてみた。皆が何事かと食堂に集まるのだが、

リラとフルーを見て、またため息をつき。


「リラとフルーお人形さんみたい…可愛い。」


二人共ブラウンのフワフワした髪に多少濃淡の違

うブラウンの瞳も顔立ちも、どう見ても着せ替え

人形みたいにしか見えないのだ。


「え〜やだ。褒め過ぎ。」

「えっ?目見えるようになったの!」


頷くネージュに二人が抱きつき、良かったと笑っ

てからもっとおだててと喜んでいた。

「じゃあ、旦那も分かる?」と聞いてから、リラ

とフルーの夫である二人を前に出して来るとネー

ジュが驚く。


「えっ、若かったんですね!」


二人がガックリしてしまったから慌てて煽て直す。


「いや、でも皆さん男前ばかりだったんですね!」


の言葉にあっさり気を良くしているのだから可愛

い物だろう。他の隊員達も「俺達も?本当か?」

とネージュに確認したら真面目な顔で「皆さんカ

ッコイイですよ」と力強く返されて。

皆が妙な自信を持ったのかニンマリしていたのだ。

男達は至極、単純な生き物なのだ。

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