第61話




 一度通った道を進みながら、広隆は秘色のことを考えた。

 何故か、恨む気にはならなかった。彼女は巫女なのだ。巫女としては当然のことをしただけなのだ。もし、あの場にいたのが秘色ではなく緋色だったとしたら、たぶん、同じことをしたのだろう。

 かきわの意思にもときわの意思にも関係なく。

 広隆は軽くため息をついた。

 巫女としての彼女達を哀しいと思うと同時に、どこかうらやましくもあった。

 考えながら歩いているうちに辺りがどんどん暗くなってきた。この分ではそろそろ野宿出来る場所を見つけておかなければならない。

 一人で野宿をするのは初めてだと、さすがに少し心細かった。

 広隆はどこかに適当な平地か洞穴はないかと視線をめぐらせた。少し登ったところにおあつらえ向きの洞窟を見つけて、広隆はその入り口に屈み込んだ。

 真っ暗で中は見えない。

 中に危険なものがいないかどうか確かめるために、広隆は拾った小石を奥のほうへ放り投げてみた。

 かつんかつんと硬い音をたてて、小石は転がっていった。

 それきり、しばらく待っても物音一つしないので、広隆は十分用心しながら奥へと足を踏み入れた。

 なかなかに深い洞窟のようだった。広隆は壁面に手を這わせて慎重に進んだ。

 洞窟の中はとにかく暗かったから、広隆は膝をぶつけるまでそこにうずくまっていたものに気付かなかった。

「なんだ?」

 驚いて叫んだ広隆の声に応えたのは、多少歪んではいるものの聞き覚えのある声だった。

「かきわ?」

「秘色?」

 闇に目が慣れてきたのか、うずくまる少女の姿がぼんやりと霞んで見えた。

「なんでこんなところにいるんだ?ときわは」

 広隆の問いに答えは返ってこなかった。ただ、闇の中で秘色が息をのんだことはわかった。それから、頬を涙がつたったのも。

 広隆は口をつぐんだ。どれくらいここで泣いていたのか、秘色はかすれた声で訴えた。

「なんで、あんたがここにいるのよ。なによ、あたしを殴りなさいよっ。あんたを殺そうとしたのよ?ときわの目の前で………」

 広隆は怒る気にはなれなかった。逆に、彼女がひどく憐れに思えた。

「もういい。秘色」

 地に伏して泣きじゃくる秘色を助け起こし、広隆は言った。

「もういいから、一緒にときわを探そう」

 秘色は涙に濡れた顔をあげた。広隆は微笑んでみせた。

「もう一度一緒に、ぐぇるげるの森に行こう。その先は俺がときわを探す。だから、お前はぐぇるげるのところで待っていろ」

 秘色は目をしばたたかせた。しばしの沈黙の後、秘色は涙をぬぐって言った。

「あんたはいい子よ。なのにどうしてかきわになんかなっちゃったの」

 広隆は苦笑いした。

「たぶん、俺は逃げたかったんだ。自分自身から。でも、もう逃げない」

 広隆は秘色の肩を抱いた。

「俺はかきわじゃない。広隆なんだ」

「ひろ………たか………」

 広隆は力強くうなずいた。

「一緒に行こう。ときわを探しに」


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