第60話




 広隆の足元を固めていたガラスも、透き通る木の幹も、日の光を受けて宝石のように輝く葉も、みんな粉々に砕け散って、細かい破片がちらちらと宙を舞った。まるでこの世のものとは思えないほど美しかったけれど、広隆の胸は何かをえぐりとられたようにじんじん痛んで、己の身に降りかかる光も目に入らなかった。

(………言って……しまった)

 支えるものをなくした広隆の体はガラスの破片と共に地面に叩き付けられた。

 広隆はうつ伏せに倒れ込んだまま、自分の胸にぼっかりと大きな穴が空いていることに気付いた。

 幼い頃から、あれほど言ってはいけないと思っていた言葉を。あれほど深く封じ込めていた言葉を、とうとう口に出してしまった。

 涙が頬をつたった。

 自分はずっと、この言葉を言いたかったのかもしれない。と、広隆は思った。出かけていく父の背中に向けて、そう叫んでみたかった。一緒にいてほしいと、訴えてみたかった。父を困らせることになっても。

 だけどもうそれは出来ない。言えないままに、父は死んでしまった。

 広隆は胸を押さえた。この胸に空いた穴は、一人では埋められない。広隆の脳裏に広也の顔が浮かんだ。自分は、弟を置いてきてしまった。森の中にたった一人で。広隆はそのことを今更ひどく後悔した。

 ああ。自分は帰らなければならない。帰って弟に無事な姿を見せなければならない。だって自分は弟に「待っていろ」と言ったのだ。約束をしたのだ。だから、帰らなければならない。

(俺が帰らなかったら、きっと、広也の胸にも穴が開いてしまうんだ)

 その瞬間、広隆の脳裏にぐぇるげるの言葉がよみがえった。

 帰りたいと思う者だけが帰ることが出来る。

 唐突に理解できた。

 元の世界に帰る方法が、広隆にはわかった。

 広隆は起き上がって服に刺さるガラスの破片をほろった。

 ときわを見つけなければ、と、広隆は思った。

 そして、教えてやらなければ。元の世界に戻る方法を。

 広隆は林の奥を見据えると、力強く地を蹴って歩き出した。



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