第30話




「誰だろうね。こんなところを歩いているなんて」

 ときわはさして興味なさそうに呟いたが、秘色はやはり難しい顔をしたまま、ぎゅっと前方を睨んでいる。

「どうしたのさ。秘色」

 ときわは秘色の顔をひょいと覗き込んだ。

「もしかしたら……」

 秘色はときわには目もくれずに、 呟いた。

「こんなところを歩いているなんて……もしかしたら、霧の里の連中かもしれない」

「え? 」

 ときわは驚いてもう一度前方を見た。

「本当? 」

「わからないけれど……二人連れってことは、かきわとかきわの巫女である可能性もあるわ」

「確かめようよ」

 言うがはやいが、駆け出そうとしたときわを、秘色が慌てて引き止めた。

「だめよ! 」

「なぜ? 」

 ときわは振り返って尋ねた。

「あれが本当にかきわだとしたら、僕一緒に行きたいよ」 しかし、秘色はものすごい形相で、

「何言ってるのよ。さっきも言ったでしょ、かきわは敵なのよ。あんな連中と顔を合わせてごらんなさい。何されるかわかったもんじゃないわよ」

 迫力に押されて、ときわはぐっとひるんたが、あきらめることもできず、秘色をなだめるように静かに言ってみた。

「あのさ。敵って言ったって、かきわだって僕と同じで別の世界から来たばっかりで、何がなんだかわかっていないよ、きっと。ちょっと話をするだけ、ね? 」

 だが、秘色はときわの腕をぐっとつかんで放さず、真っ赤な顔で怒鳴った。

「だめっ。かきわだって霧の里の連中に何吹き込まれたかわからないわ。それに巫女も一緒だもの。かきわの巫女にあなたがときわだってこと知られてごらんなさい。殺されてしまうわよっ」

「殺されっ……」

 いくらなんでも大袈裟じゃないか。と、ときわはあきれたが、秘色は本気でそう思い込んでいるらしく、ぎゅっと唇を噛んでときわの腕を押さえつけている。

(秘色がこんなにむきになるなんて、晴の里と霧の里ってよっぽど仲が悪いんだな)

 ときわはそう思いながら、人影のほうを振り返ってみた。もちろん、秘色に腕をつかまれたまま。

 だが、人影はすでに見えなくなってしまっていた。

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