第29話
「ぐえるげるの森って、どの辺にあるの? 」
息をきらしながら、ときわは前を行く秘色に尋ねた。足元の地面は苔に覆われた湿地に変わっており、ずぶずぶと踏み込むその感触が、確実にときわの体力を奪っていた。
「もっとずっと先よ。湿原を越えて森を越えて林を越えてさらに山を一つ越えたら到着するわ」
「それって、何日かかるわけ? 」
ときわは疲れをにじませた声で苛立たしげに尋ねたが、秘色は最初の頃となんら変わらぬ声音であっけらかんと答える。
「そんなにはかからないわよ。ほら、今日の日が暮れはじめたから、今日中に森に入って野宿をして、明日一日で森と林を越えて、それから山に登って下りたらぐぇるげるの森よ」
秘色は暗くなりはじめた空を指差してぴょんっと飛び跳ねた。それからときわを振り返って言う。
「もうばてちゃったの? 情けないなあ。男の子のくせに」
「余計なお世話だよ」
ときわは腹を立てて言った。
「だから、最初に言ったじゃないか。僕は弱くて使い物にならない人間だって」
ときわがそう吐き捨てると、秘色は不思議そうな顔をしてじっとときわをみつめた。そして、何を思ったのか、ときわの腕をぐっとつかんでその場に立ち止まらせた。
「ちょっと待って」
「何さ? 」
不機嫌に問うときわを無視して、秘色はときわの両手をぎゅっと握り締めた。
「何? 」
戸惑うときわに、秘色は彼の目をまっすぐに見据えてこう言った。
「どうしてそんなに自分を役立たずにしたいわけ? 前の世界で誰かあなたに“役立たず”って言ったわけ?
そうね。あたしは前の世界にいたときわじゃないあなたを知らないから、あなたがどんな風に役立たずだったのか知らないけれど、少なくともここにいるあなたは役立たずじゃないのよ。ここの世界では、あなたには“トハノスメラミコト”を探すという、あなたにしか出来ない大切な役目があるんだから」
くっと力強くみつめられて、ときわはどぎまぎして赤くなって目をそらした。これだけまっすぐみつめられた経験てなかった。
「いい? あなたはこの手で“トハノスメラミコト”を探し出すのよ。この世界では、役立たずなんて言って甘ったれてはいられないんだからね」
そう言うと、秘色はときわの手を放し、再び前を向いて歩き出した。仕方なく、ときわもその後に続いた。
(それって、この世界では僕は必要とされてるってことなのかな? )
ときわは遠慮がちに考えた。
しかし、ときわには誰かに必要とされているという実感があまりなかった。というより、必要とされるということがどういうことか、想像がつかなかったのだ。
その時、前を歩く秘色が急に立ち止まった。
「どうしたの? 」
ときわが尋ねると、秘色は難しい顔をして前方を指差した。秘色の肩越しに目を凝らしてみると、前方にちらちら揺れる二つの人影らしきものがみえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます