第21話




 秘色に手を引かれてやって来た長の館というところは、色とりどりに咲き乱れる花畑の真ん中に建っていた。ナデシコ、キキョウ、サギソウ、タンポポ、オミナエシ………中にはときわの知らない花もあったが、赤、青、白、黄、とにかく色とりどりの花が季節を無視して咲いていた。

 不思議なのは、神殿からここに来るまでに、たくさんの古い家が建ち並ぶ集落の真ん中を通って来たというのに、全く誰にも行き会わなかったことだ。

 窓や玄関の戸が開け放してあったり、土間から米を炊く白い煙が漏れていたり、確かに人が生活している気配はあるというのに、ひとっこひとり、猫の子一匹、見当たらないのだ。

「ここに住んでいる人達は、今はどこにいるの? 」

 そう尋ねてみたが、前を歩く秘色は振り返りもせず、

「ここにいるわよ。ここに住んでいる人はここにいるに決まってるじゃない」

「だけど、誰もいないみたいだから……」

「いるわよ、ちゃんと。みんなここに住んでいるんですもの」

 なんだか薄気味悪くなって、ときわは黙ってついて歩くことにした。

「さあ、ついた。ここが長の館よ」

 秘色は花畑の中にずかずか踏み込んでいった。ときわも遠慮がちに、なるべく花を倒さないようにして後に続いた。

「長ぁ。ときわを連れてきましたよ」

 秘色は神殿と同じく全面木造の館の引き戸を勢いよく開けて中に飛び込み、ときわを手招きした。

 そこはやはり神殿と同じくただっ広い板の間の空間で、違うのは祭壇がないことだけだった。そして、その室の真ん中に、異様に頭の大きな老人が胡座をかいて座っていた。

 長い白髪の翁で、面長の顔に深い皺が刻まれている。こけてたるんだ肌はまるきり土と同じ色で、ぎょろりとした目玉はぎらぎらと不気味に光っている。その醜悪さに、ときわはすっかり怖じ気づいてしまった。

 だが、秘色は少しも臆することなくさっさと中に上がり込んで、長から離れたところにちょこんと座った。

「何してんの。入って来なさいよ」

 秘色は戸口にぼけっと突っ立っているときわを誘った。それでもときわがためらっていると、今度は長が口を開いた。

「臆することはないぞ若子よ。ぬしは成すべきことがあってここに来たのじゃ」

 ねっとりとした、これまた不気味な声だった。



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