第22話




「入るが良い」

 そう命じられて、ときわは仕方がなく上がり込んだ。じわっとした湿っぽい空気がまとわりついた。外は明るかったのに、室内はどんより薄暗く、それがまたよけいに不気味さを際立たせた。

 ときわは秘色のほうへ寄ろうとしたが、彼女が目で指し示すことには、どうやら長の正面に座れということだった。こんな化け物然とした翁と向かい合うのは気が進まなかったが、秘色にジロリと睨まれてしぶしぶ腰を下ろした。

「こたびのときわはずいぶんと幼いことよ」

 長は一人言のように呟いて、ふんっと鼻を鳴らした。

「さて、若子よ。これからわしの語ることをよく聞いておくがよい」

 長はすうーっと大きく息を吸い、とうとうと語り出した。

「昔、この晴の里と東にある霧の里が一つの国であった時、トハノスメラミコトは国の中心であり宝であった。

 だが、ある時から国は二つに割れ争いはじめた。やがてそれぞれが別に里をつくり、一つしかないトハノスメラミコトを二つに分けようとした。だが、二つにした瞬間にトハノスメラミコトは失われ、後にはときわとかきわのみが残された。

 里の者は巫女をつくり、晴の里はときわを、霧の里はかきわをそれぞれ奉ることにした。しばらくの後、巫女の夢にトハノスメラミコトが立った。“常磐堅磐が私を見出した時、私はそこへ帰ろう”と。

 その夢の後、初めてときわが人に変わった。それから何十人ものときわが現れたが、いまだにトハノスメラミコトはお戻りにならぬ」

 ときわは絶句した。長はぎょろりとした目でときわを見据えて言う。

「片方の岩が人になれば必ずもう片方の岩も人になる。つい先日、霧の里に“かきわ”が現れたと聞く」

「かきわ? 」

 ときわはちらりと秘色のほうを見た。秘色は緊張した面持ちで長の話に聞き入っているようだった。ときわも胸がドキドキしていた。この薄暗い室の雰囲気と、長の不気味な語り口が、なんともいえない迫力のようなものを生み出しているのだ。

「若子よ。ぬしはこれから旅立たねばならん。そしてかきわより先にトハノスメラミコトを見出すのじゃ」

「あの、でも……」

 ときわは恐る恐る口を開いた。

「さっきから“トハノスメラミコト”って、わけがわからないんだけど……」

 実際、ときわは混乱しそうだった。“トハノスメラミコト”という言葉は先程秘色と話した時にも何度も出て来たが、いまだになんのことだか見当もつかない。

「“トハノスメラミコト”とは父なる神のこと。なんとしてでも先に見出し、この晴の里にお連れ申すのじゃ。霧の里に奪われてはならん。

 それが出来るのは、ときわ、おぬしだけなのじゃ」

 ときわは唖然とした。


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