第16話
広也は少し慌てて繰り返した。
「人違いだよ。僕は今堀広也。ときわって人じゃない」
「何言ってるのよ。ここに現れたことがなによりの証拠じゃない」
そう言って、少女は広也が乗せられている祭壇を目で指し示した。広也もつられて下を見る。白木でつくられた立派な祭壇だ。
「証拠って言われたって、僕だってどうしてこんなところにいるのか、自分でもわからないのに……」
広也は泣きたくなった。
「わからないって? じゃあ教えてあげるわ。この晴の里の神殿にはときわと呼ばれる岩が奉られていて、その岩は人の姿に変わって里を救うのよ。だから、あなたはときわなの」
少女は明るい声で断定した。
「なんだかわからないけど……とにかく僕はときわじゃないんだってばっ」
広也はやけになって叫んだ。わけのわからないことを当然のように並べ立てられるのが少し怖くもあった。
少女は眉を下げて小首を傾げた。
「困ったわねえ。ときわとしての自覚がないなんて。ねえ、あなたはここでは絶対にときわでしかないのよ」
「ここではって……」
馬鹿げたことだとわかってはいたが、広也は思いきって尋ねてみた。
「ここって、もしかして、僕の住んでいるところとは、別の世界なのかな………?」
広也は元来、そういったファンタジーまがいの話は一切信じない主義である。それなのにこんな質問をしてしまったのは、夕餉の席で広隆が話していたことがふっと思い出されたせいだった。
——山奥で道に迷い、不思議な場所に迷い込む。
それに、山中で見た白い光や、誰かの歌声のことも、広也をちょっと現実離れした気分にさせていた。
少女はしばしの間考えているふうだったが、やがて思いきったように口を開いた。
「あたしにはわからない。こことは別の世界っていうのが、あるのかないのかも。ここに現れる前のあなたがどこにいて何をしていたのか、あるいはどこにもいなくて何もしていなかったのかも。だって、あたしはこの世界しか知らないし、今ここに現れたあなたしか知らないから」
煮え切らない答えではあったが、よく考えてみるとひどく理にかなっているような気もするので、広也は何も言わなかった。
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