第11話




 風呂から上がって座敷に戻る途中、広也はなんとなく納戸の前で立ち止まった。

 古びた木の扉が妙に重々しげで、開けると中から古の化け物が飛び出してきてもおかしくない、そんな雰囲気がある。子供の頃なら信じただろう。絶対に、開けようなどとは思わなかったはずだ。

 広也はそっと引き戸に手をかけた。そして、なるべく音をたてないよう、静かに戸を開いた。

 古めかしい匂いと冷たい空気が、広也の頬をなでた。なぜか一瞬、悲しい思いにかられた。ここにこもっていた空気達は、まるで何かを訴えかけるかのように広也にまとわりついた。

 納戸の中はひどく雑然としていて、大小様々なダンボール箱に木の箱、白い麻袋などが所狭しと並べられている。 その奥に、細長い木の箱が置いてあった。広也は上に乗っていた麻袋をどかして、蓋に手をかけぐいっと上にひっぱった。開いた隙間から中を覗くと、懐かしいおもちゃが目に入った。その場にしゃがんでそっと手をのばし、ピンク色した子ブタを拾いあげた。ビニール製の人形で、ずいぶんひどく汚れている。子ブタの下には丸いクッキー缶が入っていて、蓋を開けると、中にはメンコやバッチ、なぜかビールの王冠、ばらばらになった色紙が、ざらざらと放り込まれていた。

(こんなもので遊んでいた頃もあったのか)

 広也は心の中で、子供の頃の自分をばかにした。

 缶の蓋を閉めようとした時、澄んだ音が辺りに響いた。 りりぃん、と、鈴の音がしたのだ。

 メンコをよけてみると、下にピンポン玉くらいの大きさの鈴があった。上塗りの色がすっかりはげ落ちて、赤茶けた銅の部分が丸見えになっているし、くくりつけられた赤い紐も黒ずんでしまっている。が、持ち上げてみると、りぃん、りぃん、とこころにくい音で鳴る。

(こんなに大きいのに、こんなに澄んだ音で鳴るなんて)

  広也は今まで、鈴というものは大きなものほど無骨な音をたてると思っていたから、ちょっと意外で不思議な気がした。手のひらに載せてみると、奇妙な重量感と存在感があった。

(僕、こんなの持っていたっけ? )

 覚えがあるようなないような、中途半端な感じだった。 手のひらの上で転がしてみようとして、手を動かした広也は、あやまって鈴を床に落としてしまった。

 りりぃんっとひときわ大きな音をたてて、鈴は床に転がった。

 広也はぎくりとして思わず辺りを見回した。なぜか悪いことをした後のようにばつが悪い。広也は慌てて鈴を拾うと、その場を手早く片付けて、納戸の外に出た。

 納戸の扉を閉めた後、広也は自分がまだ鈴を握り締めていることに気付いた。しまい忘れたのだ。

 一瞬迷ったが、もう一度元に戻すのも面倒なので、ジャージのポケットに突っ込んで、そのまま座敷に戻った。



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