六章 一話 ### 十八時 零分 ###

 物心つく頃から加織と一緒で、実際世界最後の一日前まで、仲良しだった。そう思っていた。人にフラれるのも初めてだ。

 些細なすれ違いだとか、想いがズレて伝わらない事はたしかにあったけど、こんなに容認し合えない事なんて、今まであったろうか。

 すっかり暗くなってしまった空に浮かんだ月を見上げながら、起き上がりもせずにそんな事を思った。

 真っ白な世界とは違う、現実の、太陽が沈み落ちた暗い世界。

 眩く丸い月がいっそう際立つ夜の色は、いつもと変わらないまま。

 

 けれど、見慣れない形をした空だった。

 空は円形に切り取られていた。高い高い壁によって。

 

「ここ、中央区の中、か…?」

 中央区は、地区を一周する様に、頂点にぽっかりと穴の空いたドーム状の高い壁で囲まれている。ここには、この国の中枢機関の全てが収まっている。

 タカマノ国は中央区を中心軸として、その周囲を円状に第一区から第五区まで区分されている。また、竜の体を横に割くように境界があり、中心から右は上下に北東、左は上下に西南と分けられる。ちょうど真ん中の岩を中心として、枯山水の波を地形に沿って横の棒線で割るように。

「なんでまた、俺はこんな所に…」

 中央区は普通、外部から侵入することができない。一部の海須家の人間を除いて。それ以外が立ち入ることは認められていない。

 よくよく見れば、俺は祭壇のような場所に寝転んでいたらしい。

 人口の明かりが煌々として、周囲はよく見渡せた。

 建物同士が複雑な通路で繋がれた立派な御殿が見える。

「ナガナキ、今何時?」

「コケッ! 今はッ、アレッ!? 電波がありませんッ! わかりませんッコケッ!」

「外部からの機器も使用不能なのか、本当にここだけ異空間のようなものだな…」

 国営放送もあるし、中央区からの発信は可能なのに。

「ヒデ様、ここはまさか中央区ですかッ!」

 ナガナキが羽をぱたつかせながら訪ねてくる。

「うん、そうみたいだ。俺も飛ばされてきたからなんでここにいるのかはわからないけど」

 しかし、転送されてここに呼ばれてきたということは、招かれたということだろう。

 ということは、あの声は、おそらくは——。

 

「日の御印様」

 急に男の声がかかって驚いて構える。祭壇の下の階段から、人影が近づく。

 顔まで黒い布で包まれ、個人の判別のつかない、黒衣の衣装。厄災の日に見た男と見た目が全く同じだ。海須家の、人間。

「お目覚めですね。では、こちらへ」

 階段の下へ道を示される。

「俺は、何故ここに?」

「それは当主にお尋ねください」

 さっさといってしまう黒ずくめを追いかける。以前に出会った事がある人物なのかは見分けがつかなかった。

 海須家の当主。預言者の役割を担うエリとはまた違った立場でこの国を支配して、治める人物。事実上、この国の最高権力者だ。

 

 

 

 通路を通って中心へと進む。朱色に塗られた柱が印象的な御殿。

「あの、今って何時ですか?」

「今は十八時十三分です」

 どうやら飛ばされてから一時間は眠っていたらしい。時間がないというのに。

 俺はこっそりと能力が出せるか試すために腕に力を入れたが、いつもの様な感触は得られなかった。身体能力に自負はあるとはいえ、にわかに緊張が走る。

 

 通路からは円周九〇キロメートルの土地を取り囲む壁が常に見えており、遠目でも閉塞感を与えてくる。

 加織はどこにいるだろうか。おそらく、この壁の中にいれば、見つからない。壁の向こう側を思った。

 けれど。

 また左目が疼いている。ズキズキと痛む眼窩。

 ——呼ばれている。まだ俺が呼ばれたのは、きっと俺が印を持っているからだ。日色に生まれたのならば——。父の声が聞こえるようだ。

 そう。そして、俺にはまだやれる事が残されているのかもしれない。

 

「日の御印様、さあ、中へ」

「…」

 数段の階段の上、重々しく扉が開かれる。俺は一段上がって踏みしめた。

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