四章 一話 ### 十五時 二十八分 ###
ぐぅ〜っとお腹が鳴った。
そういえば、朝食も食べ損ねたんだった。
さっきナガナキに聞いたが、おやつの時間をとうに過ぎていた。
子どもっぽいかもしれないけれど、その時間が俺の毎日の楽しみだった。
加織はいつも俺におやつを出してくれる。
市販のものをそのまま開けて出してくれることが殆どだけれど、簡単なものをたまに作ってくれる。
俺は加織の作るパンケーキが好きだ。
生地にヨーグルトを入れるのがポイント。ふわふわになるそうだ。日焼けしたきめ細かい皮膚のような生地の上を、とろけるバターがゆっくりと雪崩落ちる。そこに蜂蜜をスプーンで掬ってボタリと落とした後、後引く蜜を、格子に振りながらかけていく。それをフォークとナイフで大きく切り分けた後、口いっぱいに頬張りながら食べるのだ。
「材料混ぜて焼いただけじゃないんですッコ?」
「おやつにそこまでしてくれるんだぞ? 香織が焼いてくれるんだぞ!」
滔々と独り言のような気持ちの垂れ流しをそう締めると、ナガナキはニワトリにしては表情豊かにドン引いた様子だった。
今日は、週末の日曜日。
今日は、終末の日曜日。
今日、世界は終焉を迎える。
「ああ、帰りたい」
俺はまた黒い塀を見上げて、現実逃避に浸っていた。目的の場所に来たはいいものの、中に入るべきか懊悩する。
あれから、痛みだけが左目に残っていた。目の奥の神経が鈍く痛む。
ここは、俺と加織の家がある北第一地区よりずっと暑い。気休めに腕をまくる。北第五から下って、先ほどまで東第二と寒い地域にいたので、その寒暖差をさらに大きく感じる。
ここは南第五地区。この国、タカマノ国の最南に位置する。
そして、俺の生家——日色家の前だ。
俺はかれこれ三十分ほど黒い壁の前を右往左往していた。
月花家と同様の壁を見上げて眺めてみたり、足元の小石を蹴ったり。
すると、つと、目の前の壁に何の前触れもなく四角く切り取られたような筋が入った。そして、ガッコンという音と共に中への扉が開く。
緊張の面持ちで構えていると、親しみのある顔に迎えられた。
「ヒデ坊。どうした?」
「薫さぁん」
込み上げるものがあって、駆け寄る。
薫さんはスキンヘッドでガタイがよく、顔が怖いが、根は良いおじさん。
俺が小さい頃から使用人として日色家に仕えていて、よく遊んでもらったり、鍛えてもらったりと、世話をしてもらっていた。
「何かあったんか」
「色々とね…」
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