三章 三話 ### 十二時 五九分 ###
やりきれないような靄のかかる気持ちを抱えながら良仁の家を出ると、ちょうど電波放送が流れ出した。
【こちらは東第二地区区役所です。十三時になりました。
世界の終焉まであと、十一時間です。最期まで思い思いの時間をお過ごし下さい。繰り返します。こちらは——】
この放送は中央区以外の人家がある地域で、一時間毎に流されているようだ。昨日までは正午に日数のカウントダウンがあった。
あの電波放送は録音だろうか。もしかしたら役所職員が最期までアナウンスを続けるのかもしれない。それを彼女は選んで、受け入れたのだろうか。
——母さんが死んじゃって、予定が狂ったところもあるけど、どうやって最後を過ごすか、ちゃんと話し合ってきて、そして、今を迎えたんだ。平気、だから。英も仲直り、ちゃんとしろよ。
別れる時、良仁はそう言って俺を見送ってくれた。
痛みの中、それでも俺に微笑んでくれた。
俺は警戒心も薄れきって、ふらふらと街を歩く。人影は、他にはない。
俺たちは生まれた時から何歳で死ぬのかを知っていた。
“第四の厄災”がある、終末期の世代に生まれた人間たちは、死から換算して人生を決める。
しかし、俺は——。
俺がした事は。
足を止めると、てっぺんからは少しずれていても、未だ高く強い日差しが後頭部を焼く。自分の前に落ちる影が地面に焦げ付く。
俺には加織しかいなかった。なのに、今やその加織に追われていて、彼女は俺を殺そうとしている。それでも好きだけど。
——明日も何も変わらないままの、俺たちでいよう。
昨晩、ベッドで俺は加織にそう言って、彼女の手を握った。
彼女は俺に微笑みを返した。同意だと思った。
しかし、彼女はその手を握り返しはしなかったことを、今になってやっと思い出した。
俺は終わりを受け入れていたのだ。
俺が壊した、この世界の終わりを。
だから、せめて、彼女と終わりたかった。
けれど結果として、逃げた人間に安息の地など無かったのだ。
突如、左目が熱くなった。
激痛。おそらくは生理的な涙が流れる。
俺は目頭を抑え、耐えきれずに膝を折った。
廃墟と化した店のショーウィンドウに、自分の姿が映る。
その左目には日色家の紋様が浮かび上がり、日の光を受けたかの様に、黄色に発光していた。
御印。これが発現するのは、日色家の中でも、特別な役割を持つ者だけだ。
——日色様! 英様!
——御印様!
誰の声とも分からない、歓声とも罵声とも取れる声が反響して、脳味噌が焼け焦げるようだ。
左目がこうなる時は、何かの前触れだ。でも、世界が終わると言うのに、何が起こるというのか。
いや、違う。
——逃れられないから、逃げてはならないのではない。この家に生まれたのなら、逃げるということは選択肢にない。
記憶の中の威圧的な声。すぐ側にいる様に錯覚する、強烈な記憶。
俺が見上げても、背に光を浴びた彼の顔は暗く、見えない。
畏怖が心に駆け上がる。
彼もまた、正しさの象徴だった。
これ以上、逃げる事は出来ないと左目が言っている。俺は、日色家に生まれてしまったのだから。
気は進まないが、実家に帰ろう。
俺は膝に力を入れて、のろのろと立ち上がり、南の空を見上げた。
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