第15話 初めての魔法体験
「さあ、それじゃあまずは魔法というものについての説明からしていきましょうか」
まずは基本として、この世界に存在する魔法はいくつかあるのだそうだ。
しかしそれらは時代の移り変わりとともに衰退していったものも多く、不便さや効率の悪さがあるものは誰も使わなくなっていった。
現代で「魔法」と言えば
魔法という技術の生存競争を生き抜いたと言い換えてもいいだろう。
図式魔法とは意味のある図形をいくつか繋げたものを、魔力線で描きだすことで発動する魔法なのだそう。
一例として、火球の魔法は『火』『球体』『射出』の三つを繋げた図形を描くことで発動できる。
そこでリリィは一つの質問をしてみた。
「魔法って呪文は必要じゃないんですか?」
リリィにとってはそういったものがイメージとしてあるので図式魔法に少々違和感を覚えた。
訊ねてみると、リリィの思い描く魔法は詠唱魔法と呼ばれているらしい。だが使われていたのは大昔だけで、今では誰も使わぬ旧式魔法に分類されている。
その理由は単純に使い勝手が悪いから。この魔法には大きすぎる欠点がある。それは特に戦闘中であればよくわかるのだが、とにかく発動までに時間がかかり過ぎてしまうということ。
戦闘中というのは、刻一刻と状況を変える。その時に最適な魔法を使用するべきなのだが、そんな場面で長々と呪文を唱え続け、無防備な状態を晒すのは愚の骨頂とすら言えるだろう。
呪文を覚えるだけという簡単な習得方法と、使うときは唱えるだけという単純明快な発動条件。その上まだまだ魔法の研究が進んでいないということもあって、大昔には多くの人に広まっていたらしいがそれも図式魔法が開発されるまでの話。
盛者必衰というのは魔法にも当てはまるんだなとしみじみ思うリリィであった。
そして図式魔法が現代の魔法とまで言われるようになったのは、詠唱魔法とは真逆の即効性にある。
使用する図形を魔力線で描くという魔力の精密操作が要求されるが、その代わりに熟練の魔法使いならばまるでスタンプでも押すかのように一瞬で魔法を発動できるのだ。
さらにもう一つの利点がある。それは汎用性の高さだ。魔力線を物体に浸透させることで魔法の効果を宿す
これは今リリィが持っている魔法版スマホとも言える
以上の理由から、現在では図式魔法が魔法技術のトップに君臨している。
それ以外の魔法を使う者もいるにはいるらしいが、多くは伝統的に受け継いできた独特な魔法だったりで、魔法研究の発展に貢献するような物はあまりないのだそう。
そして当然、軍人が使う魔法も図式魔法だ。
そう締めくくると、ミムは一つの紙をリリィの机に置く。
「さてそれじゃあこれで説明はおしまいね。次はお試し魔法体験って感じかしら?」
手元にある紙をよく見ると何やら模様のようなものが灰色で描かれている。正方形の内側に数字の7が逆さまに繋がっている形。
もっと簡単に表現すれば『互』という漢字に縦線を2本付け足したような、正方形に似た図形だった。
「今リリィさんに渡したのは
「ここに描かれているのは障壁魔法の図形で……まあ見せた方が早いわね。ちょっと見てて」
そういうとミムはリリィの前に置かれたものと同じものを取り出し、実践してみせた。
彼女はリリィから見えやすいように持った紙に魔力を流しこむ。描かれた図形に沿うようにじわじわと灰色が水色へと変わり、全てが水色になった瞬間、魔力線は紙から浮かび上がり……
パキィと儚げな音を残して砕けた。
「……っていう感じで術式を完成させた時だけ魔力線を砕いてくれる魔器なの。魔法を発動する寸前に無効化してくれる道具で、これがあればどんなに威力の高い魔法でも安全に練習できるってこと」
まあ障壁魔法で怪我なんてするわけないけどね、と付け足してミムは言葉を続ける。
「さあ、それじゃあやってみましょう。魔力を上手く操作して均一な線で図形を描かなきゃいけないから最初は難しいかもしれないけど、習うより慣れろって言うし、頑張ってね」
「分かりました」
リリィは早速手元にある紙に魔力を流し込む。紙に、というよりそこに刻まれた図形にと言った方が適切か。
最初は少しだけ緊張していたが、やってみると案外簡単なものであっさりとできてしまう。
これは考えるまでもなく
これでは高校生が小学生の問題を解いているようなものだ。もはやできて当然とも言える。
そして浮かび上がった水色の図形は、先ほどのミムの魔法と同じく砕けて消える。
「お! すごいわね、初めてでこんなに早いなんて。お世辞抜きで才能あるわよリリィさん」
ミムはリリィをそう言って褒めてくれる。
「へへへ、ありがとうございます」
フェルに言われて練習していた甲斐があったというものだ。顔には自然と笑みが浮かぶ。
「これだけ飲み込みが早いなら、実際にやってみましょうか。リリィさん、ついてきて」
「え? どこにいくんですか?」
「ここからも見えてるグラウンド、実戦訓練もできる演習場よ」
〜〜〜〜〜〜
ミムに連れられ、到着したのはだだっ広いグラウンドだった。
「おお〜〜……」
プロ野球が行われるドームよりも遥かに広大な地面。
隔たるものは何もなく、端から端まで見渡せてしまうから余計に広く感じる。
「さ、それじゃあさっきの障壁魔法を使ってみて。今度は紙が無いぶん難しくなるけど、あれだけパパッと出来たんだからきっと大丈夫。一応さっき使ってた紙も見本として持ってきたから、これを見ながらゆっくりでいいわよ」
「はい、頑張ります!」
リリィは空中に先ほどの図形を描き始める。
ミムの言っていた通り、既に魔力の道ができているところに流すよりも何もない空中に描く方がいくらか難しく、一瞬とはいかなかった。
けれど意気込んだ甲斐あってかリリィは三秒足らずで図形を描きだし、魔法を完成させた。
その瞬間、水色の魔力線がぽうっと穏やかな光を宿し、障壁魔法が姿を現す。
「おおー……」
リリィの目の前に鎮座するのは透明な壁。
とはいえ完全に見えないわけではなく、キラキラとした光の反射でその存在が確認できる。
障壁魔法というのだからエネルギー的な何かで構成された光のバリアをイメージしていたが、その予想は大きく外れ、なんとも物理的な壁が眼前に座している。
表現するなら無色透明な壁、というよりは防弾ガラスの壁と言った方が適切かもしれない。厚さはおそらく5センチ程度で見るからに堅そうだ。リリィはふと好奇心に駆られて障壁をノックしてみた。
するとコンコンっと硬質な音を立てて、拳に感触が残る。
魔力という精神エネルギーが魔法を媒介にして物体を作り出していることが、しっかりと実感できた。
そこに物理法則やリリィの知る科学的な要素が介入する余地はなく、魔法という技術が質量保存の法則に堂々と立ち向かっているような気さえした。
「うわあ……完璧ね。本当にすごいわよリリィさん。これだけ魔力操作が上手ならちょっと他のもやってみましょう」
少し興奮した様子のミムのレッスンは、次のステップへ移行する。
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