第14話 準備のとき

 それから数日の間、色々なことがあった。


 カナリアに使用した治癒の輪ヒーリング・リングに関しては、その後の様子を見てなんの異常もないと判断されれば、精神体に対する明確な治療手段と認められる。

 その際は特別措置として治癒師免許をもらえるそうだ。


 ちなみに、もしそうなった場合には精神体に疾患を抱える人への治癒を依頼されるらしい。現状では唯一の精神体への治療手段、その価値は計り知れないといったところか。


 そして、リリィが異世界からきた人間であることを報道するというイベントもあったのだが……


 はっきり言ってしまえば面白いものではなかった。まあ元の世界での記者会見なども見ていて楽しいものでもなかったので当然とも言える。


 唯一面白いというか目を引いたのは、マイクやカメラが全く想像もしていなかった形をしていたことくらいだろうか。

 マイクは声の振動を吸収して波打つキューブ状のもので、カメラは宙に浮かぶ球体だった。


 ちなみに話した内容に治癒の輪ヒーリング・リングのことは当然含まれていない。今はまだ様子見の段階だとは言っても、精神体への治療が可能かもしれないというだけでかなり重要な情報だからだ。


 それ以外は元の世界でのことやリリィの生い立ち、この世界に来てからのこと、あとは肉体の変化やフェルのことを話したくらいで、マーナたちとの会話とそれほど相違がなかったのも楽しいと思えなかった理由かもしれない。


 とはいえ、世界初の異邦人として人々に認識されるようになったのは珍しい体験であり、その点は面白かったと言えるだろう。

 それにこれで軍へ入る手続きをすることが可能になったことは、素直に嬉しいリリィであった。


 〜〜〜〜〜〜


 そして今日、ガドルから

「準備ができたのでセルムの町にある軍の支部へといきましょう」

 と言われ、町に張られている結界の外へ。


 着いたのは大きな門とその後ろにドンと構えた建物の数々。リリィの知っている自衛隊の駐屯地と比べてもさらに広い敷地が、なんとも言えない興奮を届けてくれる。


 ガドルが門の番をしていた人と話をして、門を開けてもらった瞬間、突然ドゴォォォンという轟音が鳴り響いた。

「うわあ!」

 舞い上がる砂埃を見て、なにかが飛来してきたらしいことを認識するが、どうにも視界が悪い。


 そんな視界を塞ぐ砂煙を吹き抜ける風がさらってゆくと、轟音の発生源から人の声が聞こえてくる。女性の声だ。

「はじめまして! ようこそ軍へ、歓迎するわ!」

 歩み寄ってくる三十代と見える女性は赤い髪をなびかせながら、にこやかな笑みを浮かべている。


 そしてリリィの目を最も奪ったのは見たこともないほど綺麗な赤い髪……ではなく、そこから顔をのぞかせている角。小さな突起が赤毛を割って己の存在を主張している。

 桃太郎などに出てくる鬼を連想させるようなその姿にリリィが目を丸くしていると、隣からガドルの声が聞こえてくる。


「ミム……さすがにこの登場の仕方は危ないんじゃないですか?」

「大丈夫よ。みんなに破片とかが当たらないように障壁魔法使ってるし、砂が目に入らないように風で飛ばしたんだから、安全には配慮してるわ!」


「それにニュースで見たけど、この子ってあんまり魔法とか知らないんでしょ? お節介かもだけど、魔法を使えばこんなこともできるってところを見てほしくって」

「そうですか、あなたなりの気遣いならこれ以上は言いませんが、せめて事前に相談くらいはしてください。っと、まずは紹介しなければ。リリアナ様、こちらの女性はミム・カゾットといいます」


 ガドルがこちらを向きながらそう言うと、ミムと呼ばれた女性も視線を合わせてくる。

「じゃあ改めて、はじめましてリリアナさん。私は軍のセルム支部所属、第二大隊の隊長を務めているミムっていうの。町長から話は聞いてるから、これからよろしくね」


「はじめまして、リリアナです。よかったらリリィって呼んでください」

「わかったわ。それじゃあいきましょうか」


 ミムはそう言うと、門の向こう、敷地内へと進んでゆく。

 リリィは風になびく赤髪を追って中へと入っていった。


 〜〜〜〜〜〜


 彼女に連れられて入ったのは教室のような部屋。いくつも並んだ机と教卓が空間を圧迫しており、リリィは促され教卓の真正面の席に座る。

 リリィの様子を見てから、ミムが教卓に陣取り口を開いた。


「じゃあちょっと長くなるけど、諸々の説明を始めるわね」

 前置きをした後、ミムは炉器ロキで画像などを展開しながら説明を開始した。


 まずは軍への入隊について、一週間の試用期間を経た後に正式に入隊を果たすことができる仕組みであるそうだ。試用期間と言ってはいるものの、ここで入隊できないという事態に陥ることはまずないので安心して欲しいと言われた。


 試用期間を終えて正式に軍人となった後は訓練期間に入る。この二つの期間中、肉体を鍛えるトレーニングと精神体を鍛える魔法の修練があるのだそう。


 ちなみに試用期間とその後の訓練期間の最中は、軍の敷地内にある寮での生活が基本なのだが、今は新入隊員が入る時期ではなくリリィ一人であるという点を考慮し、今回は気にしなくてもいいとのことだ。


「まあその二つの期間が過ぎれば普通に実家とかから通う人の方が多いから、ちょっと先取りしてるだけって考えとけばいいわよ」とはミムの言葉。


 訓練期間を終えれば、そこからはそれぞれの希望をもとに戦闘員だとか事務員だとかに割り振られ、本格的に仕事を始める。リリィの希望はもちろん世界の脅威たるマジュウと戦う戦闘員。ミムはその希望をガドルから先んじて聞き及んでいたそうだ。

 そしてそれは訓練期間中に決めて、それぞれに必要な資格を取得するのだという。


 例えばリリィの目指す戦闘員は、魔法の使用を許可される魔法師の資格などを取らなければならない。訓練期間と言われてはいるが、資格取得のための準備期間でもあるのだ。


 ちなみに魔法師の資格には三級から一級まであり、軍の戦闘員は威力が高く危険が伴う魔法を覚えなくてはいけないため一級魔法師の資格を取るらしい。道のりは険しそうだ。


 そして次に聞いたのはリリィのこれからのこと。

 もしリリィの治癒の輪ヒーリング・リングが正式に精神体への治療法として認められた場合、各地にいる精神体疾患を抱える患者の元へ行く必要がある。


 だがその一方で軍人は一つの支部、つまりは一つの町に身を置いて仕事をするというのが基本だ。この点を踏まえるとリリィが治療の依頼を受けた時には軍人という職業が枷となってしまう。


 そうなった場合、リリィは「特別戦闘補佐官」という称号を取らなければならないらしい。


 詳しく聞くと、その称号を持っている軍人は一つの支部に縛られることなく自由に様々な町へと移動することが可能になるのだとか。


 本来は大隊長の資格を持つ者に進呈される称号で、自由に各地へ移動できるのはそれに付随する副次的効果に過ぎない。

 ではなぜそんな効果が付属するのか、理由は意外と単純だった。


 軍人を生涯続けるつもりなら、必ず一つの町に定住することになる。大隊長という責任ある立場に上り詰める功績を称えて、骨を埋めたいと思える町を選ぶ権利を獲得するのだ。


 事実、大隊を預かるミムも特別戦闘補佐官、通称「特佐官とくさかん」の称号を持っていて、かなり遠くの町から移住してきたのだという。

 とここまで説明したが、これはもしもリリィの治癒の輪ヒーリング・リングの効果が保証されればの話だ。


 もっと詳しい話はそうなった時に、と言われ特佐官の説明は終わった。


 その後、特にこれといった質問がなかったので、今日から早速魔法に触れてみようという話に移り変わった。

 リリィは魔法を詳しく知らない。ゆえにこの世界の人にとって当たり前に知っているべき魔法知識がわからないのだ。そのハンデをなるべく早めに埋めることは急務と言えた。


 流石に急ぎすぎではないかと思ったが、ミムの説明に納得してリリィの魔法学習が今、始まる。

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