第13話 炉器
その後、時間も余ってしまったこと、そして精神的な疲れを感じていたこともありのんびりと過ごすことにしたフェルとリリィ。
するとおもむろにフェルが話を切り出してきた。
「リリィさん。《治癒の輪》についてなんですが、注意しておいて欲しいことがあります。この能力は精神的な疲労は治せません。たとえどれだけ連発して万全の状態をキープしていても、寝ずに活動を続けられるわけではないので気をつけておいてくださいね」
「もし疲労を感じたら今日のように休憩時間を設けるなどして休むようにしてください」
どうやらリリィが感じていた疲労感は勘違いなどではなかったらしい。ほんの少し心配そうなフェルの声にわかったよとだけ返し、その後は特筆することもないまま。
〜〜〜〜〜〜
そして翌日。もう慣れた様子でいつもの二人と合流してからリリィは……
茶髪の頭部が二つ下がる光景に驚いていた。
二人を代表するように声を出したのはガドル。
「昨日のことは本当にすみませんでした。リリアナ様も、訳もわからないままこの世界に来て、たった二日しか経っていないというのに、私たちは……」
どうやら二人とも昨日のことを後悔しているらしい。確かにリリィの話を聞いた瞬間から気が動転いていて、それを恥じるのは何もおかしなことではないのかもしれない。
「訳もわからないままこの世界に来て」という部分に少しだけ動揺してしまったが、悔やむ二人に何かを言ってあげなければと思ったリリィはこう返す。
「いえそんな! 頭を上げてください。お母さんを助けられるかもしれないと思えば、仕方ないと思います」
「それにガドルさんもマーナさんも、お母さんを大切に思っているからこそあれだけ動揺したんだと思いますし、私も助けることができて嬉しかったんですから気にしないでください」
実際、リリィとしてもカナリアを救えたことは嬉しかったし、なによりもカナリアを含め、ベレード家の心を救うことができたような気がして、達成感と満足感を得ることができた。プラスかマイナスかで言ってしまえば、昨日の出来事に於いてリリィは利益しか得ていないのだから謝罪されると困ってしまう。
そんなリリィの感情を知ってか知らずか、二人は下げていた顔を上げ、しっかと目を見て話しかける。
「ありがとうございます。しかし私たちの事情で迷惑をかけ、その上で母の命まで救ってくださったリリアナ様に、何もしないわけには参りません」
「ですのでせめて、リリアナ様が困ることが少なくなるようにこちらを用意しました」
マーナとガドルが順にそう言い終わると、あるものを渡してくる。それを受け取ったリリィは首を横に傾げることになった。
「……これは何ですか?」
見た目だけを表現すれば、指輪やネックレスなどに付けられる宝石のようだ。しかし大きさが尋常ではない。二つのピラミッドの底面を繋いだような形をした水色の宝石は、リリィの親指よりも少し大きいほどのものであった。
もしこれがダイヤモンドだったなら、どれくらいの値段がつくのか想像もできないほど巨大である。そのことから見た目通り美術品としての価値を持つ宝石ではない、ということが容易に理解できた。
しかし裏を返せば宝石ではないということしかわからない。そんなリリィの疑問にはマーナが答えてくれる。
「これは
しかし彼女の言葉の中には、リリィが理解できる単語が一つしか存在していなかった。魔道具の進化系と言われている魔器であることだけはわかったが、それ以外がとんと理解不能だ。
(??)
もはや連想ゲームのような情報量不足に、銀髪をさらに傾ける。
そんなリリィの様子を確認するまでもなくマーナは説明を続けた。
「多目的という単語からもわかる通り、様々な用途に対応できるものです。おそらく私の言葉を聞くよりも、使ってみたほうがよりわかりやすいと思いますので、まずは魔力を流してみてください」
言われるがまま、リリィは手に持った水色の宝石に魔力の線を繋いでみる。昨日散々
するとそれは「ポッ」という軽快な音を鳴らすと共に、
《
《はい・いいえ》
というテキストをリリィの目の前に現した。
「わ!」
突然のことに驚いて声をあげてしまうが、すぐさまそれが今まで何度も見かけていた空中浮遊ディスプレイであると気付く。役場の職員やゼレーナが使用していたものと同一の、宙に浮かぶパソコンのようなアレだ。
そうなってくると自分もSF映画のワンシーンのように、これを自在に操作できるのだろうか?
興奮と緊張の感情。そしてドキドキと早鐘を打つ鼓動を抑えながら、《はい》の部分に触れてみる。
明らかに光で構成されていて、常識的に考えれば触れることができないはずのそれは、まるでリリィが触れるのを待ち望んでいたかのように、確かな感触を人差し指に伝えてくる。
どこからも音は出ていないはずなのだが、リリィの脳内ではカチリという効果音が聞こえたような気がした。
その脳内の音と同時にディスプレイの文字が変わり、リリィの網膜に飛び込んでくる。
《ようこそ
なんともありふれていて使い古されたセリフを浮かべるものだから、リリィは少しだけ笑みを見せた。
「そうしましたら、まずは……」
そこからはまるで夢のような時間だった。
光の画面に触れて操作し、あるいは手元にキーボードを出現させて文字を打ち込んでみたり。
画面の拡大、縮小。そして手を左右に振ってスライドさせる時などはもう、まるでハリウッド映画の主人公にでもなった気分で。
きっと、いや間違いなくリリィの表情は満面の笑みであったことだろう。
それから数十分後。二人から様々な機能と、その使い方を教えてもらっていると一つ気付いたことがある。
これはスマホとパソコンのいいとこ取りをしたような道具であるということだ。
パソコンについて詳しく知っているわけではないけれど、文字などを入力する際にはキーボードを出すことができるし、画面も結構大きくできる。
起動していない時はスマホよりも小さな宝石になって持ち運びも楽。
未来の技術を先取りしているみたいでなんとも心が躍る。
そんなリリィの心情をよそに、マーナは
「それではこれで一通りの説明は終わりです。最後に私と町長の連絡先を登録しておきましょう」
「もし何かあれば遠慮せずになんでも聞いてください。私とマーナは常にリリアナ様の助けになりますから」
これまでも色々と助けてくれたというのに、これからも助けてくれるらしい。なんとも優しく、善い人たちだと思わざるを得ない。きっとこの
「ガドルさんマーナさん。ありがとうございます」
そんな彼らにはしっかりと感謝の気持ちを伝えていこう。リリィの心にまた一つ決意が追加されることになった。
…………
それからまた数分後。
「あ、そういえば、ガドルさん。私の職業って自由に選んでいいんですよね?」
「ええ、もちろん。可能であれば、ある程度の便宜を図ることもできますよ」
「じゃあ軍に入ることってできますか?」
そこまで言うと、ガドルは不思議そうな表情を見せ、
「もちろんなんの問題もございませんが、どうして軍に入りたいのですか?」
と問うてくる。
単純に理由がわからないのであろう。なぜならリリィは立場的には世界初の異邦人。お金は工面してもらえるので当分は生活に困るような状況にならないのだから、職業を決めるのはもっと後でもいいはずだ。
つまり質問の意図は、どうしてこんなにも早い段階で決断するのですか? と取れる。
「昨日のマジュウの話と、この世界に来てから使えるようになった私の《
リリィはガドルの言葉に向き合ってそう返答した。
「なるほど……しかし軍というものは本来、魔物に対抗するための組織でもあります。凶暴な魔物の命を奪うこともあるでしょう。直接的にしろ間接的にしろ、生物の死と関わるのです。命を奪うかもしれないという覚悟は、ありますか?」
キリッとした目元がさらに鋭いものへと変わる。
この質問は十中八九リリィを案じてのものだろう。彼らには、命を救う場面を見られている。その行為は基本的に、褒められこそしても責められることはない。
けれど命を奪うという行為は、他者に責められる可能性を大いに秘めている。
家畜の屠殺しかり、死刑執行しかり、命を奪うという仕事自体は元の世界にもあるものだ。
しかし多くの《命を失う現場》を見た者の心は傷ついてしまうことがある。きっと軍に入り、命を失う場面を目の当たりにすることはあるのだろう。それが上述の職業と同じ頻度で見るのかは分かりもしないが、生物の死というものがリリィに影響を及ぼすのはきっと間違いない。
だからこそ彼は問うているのだ。
生命を奪い、自分の心を傷つけるかもしれない職業を選んで、本当にいいのか? と。
そんな、行く先を案じる優しい瞳を、リリィはしっかりと見つめ返して答えた。
「はい、あります。それに私にはフェルちゃんがいますから、もし嫌な思いをしても大丈夫ですよ」
これ見よがしにフェルを掲げる。それに呼応するようにフェルも、
『はい! 任せてください!』
と鼻息荒めで返事をする。
するとリリィの思いが伝わったのか、あるいは「孤独にはならない」という意味の言葉を聞いたからなのか。ガドルはゆっくりと頷き、鋭い視線は鳴りを潜めた。
「そうですか。それならば安心ですね。ちょうど知り合いに軍人がいますので話をつけておきます」
「あ、ありがとうございます!」
その人脈は町長を務めているからなのだろうか。それとも単に彼の友人が多いだけなのかも。なんにしろ、その顔の広さに助けられているのだから、有難いものである。
「しかし軍に入るのは、報道を終えてからですのでもう少し先の事だと思っていてください」
そういえば、そんな話もしていたなと思い出しつつリリィは頷く。
《
想像していたよりもやることが多くて、その事実が楽しいと思える。この先はどんな展開が待っているのか、ウズウズとしながらも喜びを感じるリリィであった。
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