第一話 初仕事

 静穏都市「シェスコ」。世界中が機械化に進む中、未だレンガ造りの建物で暮らす人口五万人ほどの小さな時代遅れの町である。

町は東西南北の四つに分けられ、マゲイロス事務所は西のバンモ区に存在する。

しかし、三日前に謎の物体が激突し崩壊。南のオシュリー区に新たな拠点を構える運びとなった。


そしてその大通りを歩いている二人の男。

剣を腰にぶらさげたコートの男ゼーロイバと、

紺色のスーツに身を包んだ「レッド」と名付けられたあのカプセル男であった。


「さて、レッドくん。今日が初仕事なわけですが、今の気分は?」

「き、気分と言われても……」

「にゃははは、そう言われればそうだわな。まぁ安心しなよ、このゼロパイセンに任せときな」

「…………」


ゼーロイバは朝食のアンパンをかじりながら、自分の胸を軽く小突いた。あの日から三日経過したが、レッドは未だこの男のノリが理解できていない。



 新生手伝屋マゲイロスの誕生宣言後、すぐにオシュリ―区への引っ越しが始まった。そこにはマゲイロスの妹が使っていた家があり、現在は空き家となっていたそれを利用することに。

以前ほどの広さはないが事務所として使うには十分である。

そしてカプセル男、レッドは建物の修繕費とアンコンへの慰謝料を合わせた莫大な借金を返すためにここで働くこととなった。仕事で色々と触れていれば記憶が戻るきっかけがあるかもしれないというマゲイロスの考えもそこには含まれている。


 ちなみに「レッド」という名前はゼーロイバが付けたもの。ネーミングセンスが絶望的なマゲイロスに「カプセルマン」と付けられそうになったところを庇い、近くに落ちていた赤いスカーフが視界に入ったため咄嗟に「レッド」と名付けた。そのスカーフは現在レッドの首に巻かれている。


「あの、ゼーロイバさん」

「ゼロでいいよ」

「ゼロさん、借金ってどれぐらい働けば返せますかね……?」

「あー、そうだな……三十年ぐらい?」

「さっ……!?」


三十年。あまりに長い年月にレッドは立ち眩みを起こし、朝食のパンが地面に落下した。パン自体は袋に包まれていたが、中身の餡子とクリームは内側で盛大にぶちまけられた。


「にゃははは!まぁリーダーも鬼じゃねぇさ。そのうちまけてくれるさ」

「本当ですか」

「あぁ多分な。でも働かなくちゃいけねぇことには変わりない。さぁ着いたぜ」


口周りのクリームを舐めとりつつ、ゼーロイバは目の前の建物を指さした。それは屋根から伸びるツルが外壁中に絡まり窓は不透明に汚れ、一見ただの廃墟にしか見えない。玄関の扉には「セレス研究所」とボロボロの看板がかけられている。


「おーい、ソルトの爺さん。来たぜー。あ」

扉を強く叩いた結果、バキッと音を立て扉が半壊した。

「ゼ、ゼロさんなにやってんすか!?」

刹那。


「レッド下がれ!」

家の中から轟音と共に凄まじい爆風が扉を粉々に吹き飛ばした。ゼーロイバが咄嗟にレッドを抱え、二人は通りへと転がり出る。


「イテテ、なんだいきなり。レッド無事か?」

「大丈夫です……」

「そりゃ良かった。おい、ソルトの爺さん!随分手荒い歓迎じゃねぇか!」


服の塵を払いつつ、ゼーロイバが廃墟に向かって声高々に叫んだ。その声に呼応するようにまだもうもうと立ち昇る煙の中から一つの影が現れる。


「ゲホッゲホホッ……いやすまん!おぬしが扉を叩く音にビックリしたんじゃよ」


煙を手で払いながら現れたのは、老人。肥えた低身長の丸々としたシルエット、薄汚れた白衣と丸いメガネを付けたいかにも博士然とした男であった。老人は少し焦げた茶色いひげを撫でつつ、レッドを見つめた。


「おや、その子は?新入りか?」

「ああ、そうだ。ほら挨拶」

「あ、えと。初めまして、レッドと言います」


ゼーロイバに背中を軽く押され、レッドが頭を下げつつ自己紹介をした。それを受け老人は嬉しそうに丸い目を細めた。


「そうかレッドくんか、ほほッ。ワシはスーサード・ソルトレイク。しがない機械技師じゃ。よろしくな」

「よ、よろしくお願いします」

「ところで爺さん。看板変えたのか?セレスって書いてるが」


ゼーロイバが先程吹っ飛んで割れた看板の一部を拾い、じっと眺めた。看板の文字は先程の爆発で「セレ」としか残されていない。スーサードは看板を見るなり、複雑な表情でため息をついた。


「セレスはワシの孫じゃよ。元々機械技師に興味があって、幼い頃に二十歳になったら研究所を譲ると約束したんじゃ。いや、まさか覚えているとは……」

「にゃはは、約束なら守らねぇとな。確かに裏にスーサードって書いてら」

「あ、本当ですね。流用?」

「今は研究費とここの修繕費を稼ぐために必死に働いておる。その看板も含めてな。さて、長話もアレじゃし、早速仕事に移ろうか」


スーサードがメガネの端をくい、と上げ研究所を見上げた。先程見た廃墟はより一層ひどい外観と化している。


「おい、まさかこれ直せって言うんじゃねぇだろうな」

「そんな無茶は言わんよ。大工に頼んだほうが早いわ」


スーサードはひとつ咳払いをし、両手を広げて二人に振り返る。


「このツタを全て剝がしてほしい、ついでに庭の掃除もな!」

家中に絡みついているツタの除去。ニコニコとしているスーサードに対し、レッドとゼーロイバは心底嫌そうな顔をしていた。




「ぬぅああああああ~ッ!」

屋根の上でツタを引っ掴み、奇声を上げるゼーロイバ。道行く人々はその様子を奇異の目で見つつ、通り過ぎてゆく。ツタは想像以上に根が深く、彼の腕力をもってしても引き抜くことは容易ではなかった。


「おい爺さん、これ無理だ!除草剤か火炎放射器貸してくれ!」

「バカモン!人の家を焼く気か!?」

「ああいいね!黒いゴシックな研究所、オシャレじゃねぇか!」


 一方のレッド。頭上で行われている口喧嘩に呆れつつ、庭の掃除を担当していた。長い間放置されていたのだろう、雑草はレッドの首辺りまで伸びておりもはや庭とは呼べない場所と化していた。

スーサードから渡された芝刈り機は開始一分で詰まり、煙を吹いている。他にも色々試したがことごとく失敗し、最終的にゼーロイバが持って来ていた剣で刈り取ることとなった。雑草の上を掴み、根本に刃を当て刈る。さながら稲刈りのような作業が始まってから、すでに三十分経過している。


「おーい、レッド。大丈夫かー」

「もう辞めたい……」

「あらら」


レッドの精神は限界を迎えていた。ゼーロイバの剣でも中々切れない上に無数にある雑草、しゃがみ込みの負担が押し寄せる腰、顔に特攻隊のように突っ込んでくる羽虫、上からパラパラと落ちてくる土。なぜ記憶の無い状態で草刈りなんぞしなくてはならないのかと頭を抱えていると、見かねたゼーロイバが庭へと降りてきた。


「一回休憩しようぜ。さすがに疲れただろ」

「はぁい……」


ゼーロイバに剣を返し、家の中に入ろうした瞬間。強烈な殺意と共に突如頭上から現れた人影が二人に斬りかかる。即座に反応したゼーロイバが剣で受け止め、レッドを家の中へと蹴り飛ばした。


「ゼロさん!?」

「こいつは俺が引き受ける!お前はここにいろ!」


レッドに指示を飛ばし、剣の打ち合いが開始された。盗賊のような身なりの敵の獲物は大型のナイフ二振り。対してゼーロイバは両手持ちの直剣。手数でこそ負けているものの、腕力にものを言わせて徐々に押し込んでゆく。


「くそっ!」


劣勢と判断したのか敵は背を向け遠くへと逃げ、ゼーロイバもすぐにその後を追って姿を消した。目の前で突然始まった殺し合いに圧倒され、啞然とするレッドにスーサードが駆け寄ってきた。


「なんじゃなんじゃ。なにを騒いどる」

「と、突然現れた男に襲われて……ゼロさんがそのまま追いかけていきました……」

「ああ、リビングか。もう動き出したのか」


動揺しているレッドに対し、スーサードは特に驚く様子もなく答えた。


「リビング?」

「ん、マゲイロスから聞いとらんのか?リビングというのは……」





 レッドは街の中を必死に走っていた。「リビング」という組織、そして「手伝屋マゲイロス」の正体をスーサードから聞かされ、居ても立っても居られず研究所を飛び出し、ゼーロイバを探しに駆けだした。道中、にげていく人々とすれ違ったためおおよその方角は分かっており、ただ全力で走った。五分ほど走り、すれ違う人間も見なくなった頃。ようやく見覚えのある影が見えてきた。


「ゼ、ゼロさん……」


レッドの呼びかけに驚いた様子で振り返るゼーロイバ。手に持つハンカチは赤く染まり、剣からは血が滴り、その足元にはレッドたちを襲った敵が力なく転がっていた。


「あらら、バレちゃった」




 二人が研究所に戻った後、敵の遺体は役人らしき人間によって引き取られた。引き続き庭の掃除を行い、報酬を受け取り、日が暮れる頃に事務所へと帰った。この間、ゼーロイバは一言も言葉を発さなかった。


「ただいま~」

「おかえり、ゼーロイバ、レッド。初任務はどうだ……」


帰ってきた部下たちを明るく出迎えたマゲイロスだったが、彼らの、特にレッドの異様な雰囲気に言葉を詰まらせる。普段ヘラヘラしているゼーロイバも全く笑っていない。


「ゼーロイバ、何があった」

「それはレッドの口から聞いてくれ」


レッドはマゲイロスを見据えていた。その目にあるのはここに来たときのような困惑ではなく、不信。一方のマゲイロスもその様子からある程度は察しており、だからこそ大きくため息をついた。


「リーダー。いえ、マゲイロスさん。教えてください、リビングという組織は一体何ですか。あなた方は、何を隠しているんですか」


レッドの口から出た「リビング」という言葉にマゲイロスは顔に手を当て、再びため息をついた。その状態のまま、ゼーロイバに問いかける。


「ゼーロイバ、何があったんだ」

「悪ぃなリーダー、奇襲されたんだ。応戦している間にソルトレイクの爺さんが話したらしい」

「そうか……」


マゲイロスは机に手を置き、レッドの方に向き直る。


「レッド。本当はもう少し後に話そうと思っていたんだが……今、話すとしよう」

「……」

「まず、俺たちのことだ。街の手伝屋として働いているが、それは表向きだ。俺たちの本当の仕事は……」



「殺し屋だ」

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リビングレッドを殺せ ここほひ @TheCaffeine712

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