十
彼はサラリーマンで転勤したてで東京に友達がいなかった。
共通の音楽の趣味、お酒飲みなだけで私たちは意気投合した。
背丈の高く、狐のような顔をした人だけど、とても優しい人だった。
体を気遣い、将来の家庭像を語ってくれた。
「保護者会とか子供の運動会でパパママ若いね〜!かっこいいね〜!ってかっこよくない?」
素敵な話だった。
ただ、私の中で結婚と子供がどうにも怖い概念だった。
「結婚は墓場」
という言葉の方を信じてしまう私にとって、結婚はどこか遠い存在のものであった。
常に新鮮で自分の知らない感情を追い求める私にとって、結婚は幸せのゴールであり、人間としての生存本能として合理的である。
しかし、そこに私は不自由を見出してしまう。
彼との関係は三ヶ月ほど続いた。
結局私の痴呆に飽き果てた彼からは連絡が返ってこなくなってしまった。
誠実な彼のことだろうから、素敵な彼女を設けたに違いない。僻みなしに私は彼の仕合せを案じている。彼とは将来の悩みも打ち明けていたため、また会いたいなど思う。
とても優しい人だった。今まで私の肉体のみを求めてきた男たちとは打って変わって私との外出を純粋に楽しんでくれていて、私も彼のことを慕っていた。
子供という願いが彼の手を少し本能的な力強いものにしていたとはいえ、私を触るその指は壊れものを扱うようにぎこちなく丁寧だった。
彼は今どうしているだろうか。
そう思いつつ、彼との関係はどこか兄妹のようだった。身を案じるものの、建築学生とはうってかわって彼を思い出すことは少ない。
ただ、彼を思い出すと、あの力強い唇が思い出される。
身体ではそう受け止め他ものの、彼の実際の気持ちは肉欲か愛情なのかは未だわからない。
そうして、私はまた排他的な肌の交わりへと戻っていくのだった。
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