「なかなかタクシーが見つからねーな」

横浜の夜のタクシーは大忙しで運転手たちは私たちに一目もくれなかった。

大きな交差点を待つ間彼と私の視線は交わる。その瞬間私の唇は彼の唇で塞がれていた。


久しぶりの感覚だった。自分を女として認め、求め、肉欲か愛情かわからない接吻は酒のように私を陶酔させた。口内で交わる二人の息、その瞬間紛れもなく二人だけの世界になっていた。唇が離れた時、ふと私は我に帰り、ここが交差点であることを思い出した。照れ臭くて、何も言えずにいると信号が青になった。


反対岸へ渡り、再びタクシーを待つ。その時間も二人は沈黙のままだったのに、なぜか心地の良い沈黙が流れ、私たちはタクシーへ乗り込む。


「どこに行かれますか」

「横浜駅の●●を曲がって、、、」


少し酒の強さが残る頭を私は彼の膝の上にのせ、彼を見上げた。

「もう少しだから」

そう言って額に唇を落とした。酒に酔った私は何を話したのかも覚えていない。いや、もう何も言葉を発してはいなかった。


彼の家に着いた。その家が建築学生を思わせる洒落た部屋であったことは今でも脳裏に焼き付いている。趣味の音楽を流し、一緒に湯船に浸かった。その時に湯船のかさを間違えて、部屋中が水浸しになって、私はしまったと思った。


「あははは、いいよ俺がやるから」


その時ケラケラ笑っていた彼を見て、素直に素敵だと思った。父は何かしくじると苛立って声を荒げることがあった。完璧主義の私も然り、失敗すると気が落ちたり、性懲りも無く気が立ってしまうのだった。


しかし、彼はそれに反してケラケラ笑ってみせた。それがまた、私の経験したことのない新鮮な反応だったのだ。この人は全てを水に流して気持ちよくしている。湯船に浸かりながら、何もまとわず、肌を交わし、私の中に入ってきた彼は、全てにおいて自分の内面を全て受け入れるようなそんな陽気な人だったのだ。

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