ある冬の夜である。


まだ街が嬉々として、これから起こるであろう惨劇など知らない、晴れやかな冬の空の元、私は一人の男性と出会った。


陽気な彼はすぐに私と打ち解けた。初めて会ったその夜を私は今でも忘れない。横浜の港町ならではの水の流れ、ドヤ街のような排水溝、創造的な高い建造物、世界との通用口の名残であるレンガなどの西洋の趣を残した建造物。小旅行に近い横浜は、前の彼と会った時には感じられなかったあべこべな文化を感じさせた。それもそのはずである。恋に盲目な私は、彼との旅行の時には、その土地を何一つ凝視などしていなかったからだ。


「おう、やっと会えた」

歯並びの悪い彼は建築学生特有の長い髪に活発な笑顔を備えた、こなれた服装をしている男性だった。一目見た時に私は彼の魅力を間違いなく感じていた。未成年の私は、少し不安を抱えながら、居酒屋の暖簾を潜った。


少し仄暗い店内に、樽が所狭しとおかれた店内で私たちは酒を嗜んだ。

「いい飲みっぷりだね」

「仕事は何しているの」

「学生なんだ」

「俺は話し始めたら止まらない」

彼の話は私には全てが新鮮だった。初めて会うのに、土足で心に入ってくる。それなのに、なぜだか不快じゃない。今思うと、全ては彼のペースで口車に乗せられていたのだと思うととても恥ずかしくなる。


少し酔いも進んで、話がひと段落した時、不意に視線を感じた。彼が私の横顔を見つめて、手を伸ばした。彼の頼りなさそうな、細長い手は私の頬を触り、微笑んだ。

こう言うのもなんだが、私は横顔には定評があった。西洋人には劣るが、東洋人にしては鼻筋が通っていて、得意のまつ毛が顔に影を落とすほどだったからだ。


その刹那の瞬間を経て、日本酒を腹へと一気に流し込み、ついには彼の家に行くことになった。これも今思うと皮肉なことに彼のシナリオ通りの運びだったのであると思うと、我ながら恥ずかしい。千鳥足で、意識は明確な中、荷物を落としながら彼の手を携えて、彼の家に向かうためのタクシーを私たちは拾いに行った。

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