第五話① 乾杯ッ!


「ほい、持ってきたぞユウ。今日のオススメ定食B」


「……おい。今日はミートナスパスタっつっただろうが」


「あっ……し、しまった……」


 俺は大学の学食で、またしても頼んだやつと違うもんを持って来やがったカズヤに向かって怪訝な顔をする。また間違えたのかお前は、という視線をやると、彼は身を小さくした。


「わ、ワリィユウ。今回も代金はいらねーから……」


「……いや良いって、出すよ」


 また奢ると言い始めたカズヤに、俺はお金を差し出した。


「持ってきてもらったしな。それくらい良いさ。しかも、今日のオススメBはエビフライだしな」


「ま、マジかよ……ほ、ホントすまねえ、恩に着るユウ!」


 トレイを置いたカズヤは、俺から金を受け取り、そのまま両手で合掌していた。ま、これくらいは許してやろう。


「実は今月結構ピンチだったんだよ……」


「何だ? パチンコでも行ったのか?」


「ちげーよ! へへへ、コイツの為に散財したんだ、驚くなよぉ……」


 そう言って自分の肩掛け鞄をゴソゴソと漁ったかと思うと、一枚のプロマイドを出してきた。


 そこに映っていたのは、Tシャツとジーパンがビリビリに破け、危ないところが見えそうになっている、女の子となった俺の姿が……。


「見ろよこれ! この前着任した街のヒロイン、ユウエルの限定裏プロマイド! 金を積みに積んでようやく手に入れたんだぜ、これッ!」


「フンッ!」


「ああああああああああああああああああッ! 何しやがるテメーッ!!?」


 俺は得意げに見せてくるカズヤからプロマイドを引ったくると、真っ二つにやぶいてやった。


 そのまま二度と再生できないようにと、念入りに破いてやる。


「これどんだけしたと思ってんだよッ! 初期の頃の胸と尻が破けたユウエルの写真ってほとんどないんだぞッ!?」


「うっせぇ! 隠し撮りの写真なんざ犯罪だ犯罪ッ! 逮捕されちまえッ!」


 そのままワーワーとカズヤとやり合っていると、キョーコがやってきた。


「お疲れ様、二人とも。今日も仲良さそうだね」


「聞いてくれよキョーコちゃんッ! こいつが俺の今月のバイト代の全てをォォォッ!」


「んなもんにいくら注ぎ込んだんだよこの馬鹿野郎がァァァッ!!!」


「あははっ」


 そうして俺達三人でご飯を食べ、午後の講義を終えた後、三人揃って指定された居酒屋へ向かった。


 今日は今から、ジュンジさん達と飲み会だ。


「しっかしよー。まさかユウが警察の人達と知り合いとは思わなかったぜ。そんな飲み会に、オレなんかが行っていいのか?」


「うん。わたしまで誘ってもらっちゃって……しかも、お金も要らないって」


「いーんだよ、友達も連れて来て良いって言われてるし……オメーらにも、感謝してるしな」


「? 最後の方聞こえんかったんだけど、なんつった?」


「……気にすんな」


「……ふふふ」


 首を傾げるカズヤに対して、キョーコは笑っていた。解ってるよユウちゃん、と言わんばかりの顔だった。


「ふーん……ま、いっか! 何つったって、タダ酒飲めるんだしな! 誰かさんの所為で、オレの生活費はチリになっちまったんだし……」


「いやオメーのは自業自得だろーが」


 そうして居酒屋に着き、ジュンジさんの名前を告げると個室の方に通された。


「いらっしゃいユウ君。待ってたよ」


「こっちこっちー! 早く早くー!」


「先輩。一応病み上がりなんだから、無理しないでくださいよ……ッ!」


 迎えてくれたのはジュンジさんにリンさん、ヨイチさんだった。今回の飲み会は、リンさんの快気祝いも兼ねているらしい。


 飲みたくてウズウズしているのがよく解る彼女の様子を見て、元気になってくれた事に安心した。


 そして、


「遅いわよバカッ。いつまで待たせんのよ!」


「うっせぇ。こちとらまだ学生だぞ。講義終わってからっつっただろうが」


 赤い髪の毛を揺らし、つり目をこちらに向けながら悪態をついてくるエルザがいた。口こそ悪いものの、その顔は笑顔だ。


「初めましてー! カズヤでーす! よろしくよろしくー!」


「初めまして。キョーコと言います。今日はお誘いいただきまして、ありがとうございます」


 初対面のカズヤ達の挨拶も終わったが、既にジュンジさんらと息統合しているアイツのコミュ力には恐れしかない。


「……そしてカズヤ君。一つ驚くことがあるぞ?」


「ん? 何すかジュンジさん、驚く事って?」


「私の事ですね」


「ってワァァァッ! は、は、半透明のブロンド巨乳美人ッ!? 幽霊ッ!? いや、これなら全然オッケー!」


「初めまして、ウラニアと申します。ふふふ。お上手ですね、カズヤさん」


「はっはっは。びっくりしたかい、カズヤ君。私達は、実はヒーローヒロイン課の人間なんだよ」


 びっくりしているカズヤにウラニアさんから説明がされている。どうも彼女は、飲み食いこそできないが一緒に場に居て祝いたいとの事だったので、ここに来たそうだ。店員が来る度に隠れなければならない面倒はあるらしいが。


「じ、じゃあユウエルさんも来るんすかッ!? お、オレ、彼女のこと……」


「残念ながら、彼女は仕事で来られないんだ」


「そんなぁ……」


 ちなみにカズヤにもだいたいの説明をお願いしたのだが、俺がユウエルであることだけは断固として明かさない事をお願いしてある。


 大金を叩き、人の写真の隠し撮りを見てハァハァしているコイツにだけはバレたくないからだ、絶対に。


 ガッカリしているカズヤの横で、エルザとキョーコが久しぶりに顔を合わせている。


「お久しぶりです、エルザさん」


「お久しぶりでございますキョーコ様ぁッ!」


 そして久しぶりに会ったキョーコとエルザだが、以前あった上下関係は健在のようだ。


 つーかお前ら、何でそんな関係になったの? あの時何があったんだ?


「その後、ユウちゃんにお変わりはありませんか?」


「はい! お陰様で健やかにしております!」


 あと何で俺の話になってんの? そこは互いの近況とか調子を聞くとこじゃねーの?


 様々な状況に驚きつつ、全員揃ったと言うことでいよいよ注文となった。


 ヨイチさんが適当なおつまみと一緒に飲み物を頼む。キョーコだけカシスオレンジのカクテルだったが、その他は全員とりあえずビールだ。


 やがておつまみの皿とグラスが運ばれてきて、ウラニアさん以外の全員の前に並べられる。


「ではでは。僭越ながら、私から挨拶を」


「キャー、ジュンジさーん!」


「よっ! 社長!」


 中ジョッキを持って立ち上がったジュンジさんに、リンさんとカズヤが囃し立てる。


 しかしカズヤの奴、今日が初対面の筈なのに、もうそんな声までかけるとは。


 流石は入学当初に数々の部活やサークルの新人歓迎会を盛り上げてタダ酒を飲み、そしてどこにも入らなかった逸話を持つ、新歓荒らしのカズヤと畏れられただけはあるな。


「えー、それでは。この度はお集まりいただき、ありがとうございます。今日、こうして皆さんと平和にお酒の席を囲めるのも、ひとえに皆さんの活躍があってこそですね。では、そんな勤勉な私達の労いと、今後のますますの発展と皆さんのご健勝を祈願しまして……乾杯ッ!」


「「「かんぱーいッ!!!」」」


 こうして、俺達の飲み会が始まった。お酒を飲み交わして楽しく喋る、宴会だ。


「……エルザ」


「んぐ、んぐ、んぐ、んぐ……ップハァッ!!! ん? 呼んだ?」


 またしても一気にグラスを開けているエルザに対して、俺は話しかける。コイツはどうせ酔っ払ってグテングテンになるのは目に見えているので、まだシラフの時に話すしかない。


「……お疲れさん」


 俺は中ジョッキを向けて、彼女に言った。


「……お疲れ」


 やがて運ばれてきたおかわりの中ジョッキを手に取った彼女と、チン、っとグラスをぶつけた。


「どうだ最近は? 異形事件も少なくなってきたし、結構平和なんじゃないか?」


「……実は、そうでもないのよ……」


 最近の様子を見てそう思っていた俺だったが、エルザからはそうでもないと返された。


「なんか知らないけど、この街に来ようとしているあたし達の世界の輩が結構いるみたいで……ルッチの背後にも、何かありそうだし……」


「背後って、何だ?」


 乾杯をして一口飲んだ時に、エルザが気になる発言をした。ルッチの背後、と。なんだそれ?


「アイツは確かに実行犯だったけど、アイツ一人で街全体を覆うような、あれだけの用意なんてできる筈がない。おそらくだけど、出資してた奴とか、アイツをバックアップしてた組織みたいなものがある筈なの」


「……なるほど、なぁ」


 確かに。異世界の技術や魔法とはいえ、あの事件はルッチ一人で引き起こすには大きすぎる事件だった。何らかの協力者がいたり、組織だったバックアップがあったりしても、おかしくはない。


「今、ウラニアさんの方でも調べてもらってるんだけど……あたしの孤児院の事も関係してきそうだし……まだ、終わりじゃ、なさそうで……」


「……よし、飲むか」


「えっ?」


 俺は再度、エルザのグラスに自分のを軽くぶつけた。ガラス同士がぶつかり合う甲高い音が、辺りに響く。


「まだ終わりじゃない。不安なこともある……でも、ま。それは後にしよーぜ? 毎度毎度深刻な顔してても、疲れるしよ。それに今日は、せっかくの飲み会なんだぜ?」


 いつかの飲み会でジュンジさんに言われた言葉に近いものだったが、これも学んだことだ。しっかりやって、しっかりガス抜きして。メリハリは大事だよな。


「たまにはパーッとしたって、バチは当たらねーさ。暗い顔してたら、みんな心配すんだろ?」


「……そうね。んぐ、んぐ、んぐ、んぐ……ップハァッ!!!」


 それを聞いたエルザは、一気に中ジョッキをあおった。繰り返しますが、良い子のみんなはイッキ飲み、ダメ、絶対。危ないから。このエルザは特殊な訓練を受けています。


「わかんない事をウジウジ考えてても仕方ないわよね! また明日、で良いのよ! 今はビールおかわり! アンタのお陰でこの素敵な飲み物に出会えたしッ! そこも感謝してるわッ!」


「……俺が契約しなきゃ、コイツはここまで呑兵衛にならなかったのかなぁ……?」


 俺は苦笑しながら、運ばれてきた中ジョッキをエルザに渡した。もう一度乾杯し、俺達は酒をあおる。


 みんなが笑顔である。飲み会はまだ、始まったばかりだ。

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