第四話⑨ ありがと、な


 異形の素となった誰かの声が響き渡る。やがてその場にいた異形達の残骸は蒸発を始め、素の人間と思われる一人の男性が、横たわっていた。


『やった……のね……』


「……おう。終わった、な……」


 それを見た俺達は、"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"を解く。そして二人揃って、地面に寝転がった。


「……ップハァ! もう無理……動けねー……」


「あ、あたしも……無理……魔力……ない……」


 二人で大の字になって寝転がっている。地面に並んだ二人は互いに、満身創痍だった。互いに肩で息をしているのが聞こえる。


「……なあ……」


「……なに、よ……?」


 今までの喧騒が嘘であったかのように静まり返っている中。そよ風が自分の頬を撫でた時、俺は首だけをエルザにの方に向けて、声をかけた。


 それを聞いた彼女も、首だけをこちらに向ける。


「…………お疲れさん、エルザ……その……ありがと、な……」


 俺の言葉を聞いたエルザは、口元を緩めて笑った。


「…………お疲れ、ユウ。うん。あたしの方こそ……ありがと……」


 俺達は寝転がったまま、ハイタッチをした。そうして二人で仰ぎ見た空は、何処までも広がっていて、とても綺麗だった。優しく吹き込んだ風も、労ってくれているみたいだった。



「退院されるんですか、阪上さん?」


「おう! 世話になったな」


 とある病院の四人用の病室の一つで、阪上ケンジは看護士に手を上げ、挨拶していた。


「ご家族もいないとの事で、心配していたんですが……」


「なあに、大丈夫さ。一昨日退院した隣の奴に誘われて、明日はゲートボールってのをやってみるんだ」


「へえ! 良いですね、ゲートボール!」


「だろ? 今日は俺の歓迎会らしいしな。勇気を出してアイツに声をかけてみて、正解だったぜ。これで俺も、もう寂しくなんかないさ」


 そんなウキウキしたやり取りを小耳に挟みながら、とある夫婦が別の病室へと向かっている。


 お喋りしている彼らの近くを通り過ぎ、個室である病室の扉を、奥さんの方がノックした。


「……開いてるよ」


 中から男性の声がしたのを聞いて、奥さんは扉を開けた。彼女に続いて旦那さんの方も、部屋に入っていく。


「……具合はどう? カオルちゃん」


「……別に」


 カオルちゃんと呼ばれた男性、志藤カオルは、夫婦がいる方と逆の方向を向いて寝ている。夫婦はもちろん、彼の父親と母親だ。彼らからしたら、自分の息子の表情が解らなかった。


「……そうか。悪くないなら、何よりだ…………カオル」


「……なに?」


「……すまんかった」


 すると、父親がそう言って頭を下げた。それに続いて、母親も頭を下げている。


「……悪徳業者にそそのかされて、お前を辛い目に遭わせてしまった。俺達が間違ってたんだ。ちゃんとお前と向き合おうとせず、変な奴らに金まで積んで……」


「ごめんなさい……ごめんね、カオルちゃん……お母さん達が、間違ってたわ……」


 父親に続いて、母親も謝罪を口にする。母親に至っては、涙を流していた。


「…………」


 それを聞いていたカオルは、しばらく黙っていたが、やがて、ポツリポツリと、口を開いた。


「……もう、良いよ。別に……」


 両親の方を見ないまま、カオルは言葉を続ける。


「もう、怒って……ないし……僕も……その………………悪、かった…………から……」


「ッ! か、カオルッ!」


「カオルちゃんッ!」


 それを聞いた両親は、先ほどとは違う涙を目に浮かべて、カオルに寄り添った。


「ありがとうッ! ありがとうカオルッ! こんな、こんな馬鹿な両親ですまない……ッ!」


「大丈夫、大丈夫よカオルちゃん……ッ! 貴方なら今からだってきっと、きっとやり直せるわ……ッ!」


「……うるさい、なぁ……」


 感極まって泣きじゃくる両親に、苦言を呈しているカオル。しかしその声は、少しだけ、震えていた。



「……ルッチからの連絡が来ない?」


「はい。近々向こうの世界で大きな実験をするから楽しみにしていろと、散々言われていたのですが……」


 とある場所の一部屋で、背の高い男性が部下からの報告を受けてそう口にした。


 銀色の長い髪の毛を揺らし、フレームのないメガネをかけている彼は、それを聞いて少しもの思いにふける。


「……魔法取締局の動きはどうかね?」


「はい。異形事件の解決報告は上がっているみたいですが、最近になってルッチが引き起こしたと思われる事件の記録がありましたので、おそらくはもう……」


「そうか」


 それを聞いた彼は、すぐに部下に指示を出した。


「では、ルッチが実験を行ったとされる別世界の街に何人か派遣しよう。研究記録が残っているかもしれないから、希望者を募ってそれを回収させるんだ。報酬は出来高。それさえ終われば後は別に、好きにして構わないともな」


「了解しました!」


 部下の男性は威勢よく返事をすると、部屋を後にした。残された男性はは一息つくと、部屋の一角に用意された祭壇のようなものの前まで行き、その場で膝をつき、両手を合わせる。


「……おお、神よ。あるいは高みに居る上位の者たちよ……」


 吐き出された言葉は、祈りの言葉であった。


「我らの世界は、いずれ終わる。それは覆ることもなく、延命することも叶わない……我らの力ではどうにもならないのだ……」


 その声は、先ほどまで部下に対して尊大な声で指示を放っていたこの男とはまるで思えないくらいに、弱々しいものであった。男の祈りは、まだ続く。


「……貴方方へ捧げます。我らが用意できる限りのものを用意いたします……どうか……どうか、哀れな我らの声をお聞きください……」


 その男の祈りは、まだまだ続く。


「終わりを迎える前までに……矮小なこの身をお救いください……我らの生き様が、何も残らなくなるなんて……あんまりなんです……どうか……どうか……我らの生に意味を……生まれたことに価値をください……」


 声はいつの間にか震えていた。雫こそ落ちなかったが、顔を伏せた男は泣いていたのかもしれない。


「……そうあってください」


 か細くなったその声を、果たして誰に向かって放っているのか。それはこの男にさえも、解らなかった。

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