第四話⑧ 一つだけ、許してみないか?
「まだだ。まだ僕は負けてないッ!」「核はまだ残ってる!」「ルッチの残した戦闘記録にあったこの方法で……」「今度こそお前を倒し!」「犯し!」「蹂躙してやるッ!!!」
口以外に顔のパーツがない無数の人型の異形が口々に暴言を吐きながら、俺達に向かって襲いかかってきた。
「しぶとい野郎だなテメーも! 良いぜ! 今度は俺が相手になってやらァァァッ!」
俺は声を上げると、そいつらを迎え撃った。
殴りかかってきた異形の拳をいなし、顔面に一発入れる。倒れるそいつと間髪入れずに来た別の異形の拳を腕で受け止め、土手っ腹に蹴りを入れた。
続けて二人同時に来た両方に足払いを仕掛け、倒した彼らの上に飛び上がり、両足でそれぞれを踏みつける。
俺が一撃を入れた異形は、次々と核の破片と思われるものを身体から吐き出していた。
無論それを見逃す訳もなく、俺は一つ一つ丁寧に拳で、足で、砕いていく。
「死ねッ!」「死ねッ!」「お前が死ねッ!」「僕の邪魔をする奴はッ!」「僕に害を成す奴は許さないッ!」「お前らがあんな事言わなきゃ!」「僕は引きこもったりせず!」「ちゃんと生きられた筈なんだ!」「クソ親があんな業者に頼まなきゃ!」「僕は殴られる事も無かった!」「僕が一体何をしたって言うんだ!?」「ただ生きてただけじゃないかッ!」「それなのにこんな目に遭うなんて……」「全部お前らの所為だッ!」「僕は悪くないッ!」「悪いのはテメーらだッ!」「死ねッ!」「死ねェェェッ!」「みんな死んじまえッ!」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」
異形が喚き散らしながら、俺に攻撃してくる。これがコイツの、悔しさなんだろうか。
そうか、コイツは。事情はよく解らなかったが、少なくともコイツは、誰かを許してやることができなかったのか。
俺は迫り来る異形らを捌きながら、コイツに話しかけてみる。
「なぁ、お前……許してやることは、できねーのか?」
「ハァァァッ!?」
俺の言葉に、異形は反応する。
「許す?」「許すだってッ!?」「馬鹿言えッ!」「謝ってもこないでッ!」「一方的にやられてッ!」「それを許せだってッ!?」「ふざけんなァァァッ!!!」
異形らは次々と口にする。そして俺に襲いかかってくる。
「アイツらが悪いんだッ!」「僕は悪くないッ!」「やられたらやり返して何が悪いッ!?」「これは正当な復讐なんだッ!」「やっと手に入れたんだッ!」「アイツらに仕返しできる力をッ!」「僕は手に入れたんだッ!」「なのにアイツらを許せだってッ!?」「アホかッ!」「僕のこと何も知らない癖に……」「知ったような口きいてッ!」「僕の邪魔をするなァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
最後の叫びと共に、異形らの攻勢が激しくなった。加えて、バラバラにかかってくるのではなく、同時に殴ってきたりと変化を加えてくる。
「クッ……! この……ッ!」
同時に殴りかかってきた奴らを下がって避け、伸び切った彼らの腕を、俺から見て右の奴は右手で、左の奴は左手で捕まえる。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオラアァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
そして、そいつらを掴んだまま俺はその場で回転し、振り回した。その勢いで、群がってくる異形らを叩き飛ばす。
「ッタァッ!!!」
ある程度回ったところで、俺は真上に飛び上がった。回転の勢いをそのままに、左右の手で掴んでいた異形を、下にいる無数の異形らの中に放り投げる。
「オオオオラァァァアアアアアアアアアアアッ!!!」
「ぎゃぁぁぁああああああああああああああッ!!!」
投げられた異形がまた別の異形を巻き込んで吹き飛び、その衝撃でいくらかの異形の核が壊れ、蒸発を始めた。
だいぶ数は減らしたが、まだ奴らは残っている。クソッ、まだ終わらねえのかよ。
「まだだァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
すると、異形が叫び声を上げて俺から距離を取り、残っていた人型の異形らが一箇所に集まり始めた。
人の形を崩し、液状化した奴らは同化していき、やがて身体中に人間の口がついた一匹の巨大な蛇の姿となる。
そいつは口を大きく開けると、急激なエネルギーの上昇を感じた。
「これで終わりだッ! 僕に残った全ての力を、お前にぶつけてやるッ!」
これは、まさか……残った力でさっきの"
クソッ! こうなりゃ、撃たれる前に殴り倒すしかねぇ!
エルザも意識が戻らない今、魔法が使えない俺じゃ防御も相殺も不可能だ。だが、今この状況を何とかできるのは……俺しかいねーんだッ!
俺は拳を構えながら、異形に向かって突撃する。間に、合わせるッ!
「遅せぇよバーカッ!」
しかし、距離が遠かった。俺が奴を殴るよりも、"
(駄目、だ……間に、合わねぇ……)
迫り来るそれを想像して、もうダメかと思ったその時。
『……変わってッ!』
「ッ!? "
「『"
エルザの声が脳内に響き、俺は咄嗟に彼女へと変わった。直後、彼女が俺の口を動かして魔法を唱える。
すると、俺達の右の拳に風が宿った。
『"
「"
そして再び身体のコントロールが俺に戻ってきたところで、蛇の異形からあの黒いレーザー光線が放たれた。
俺はあまり意味が解っていなかったが、エルザが宿してくれたこの風を信じて、迫り来るレーザー光線を真っ直ぐ見据えると、
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
正拳突きで、レーザーを思いっきり殴りつけた。すると、風を纏った拳が、レーザー光線を受け止めた。
「なァ……ッ!?」
『行って、ユウッ!』
「ッ! おうよッ!」
エルザの言葉に触発され、俺は風の拳でレーザーを受け止めたまま、異形に向かって走り出した。レーザーの威力は凄く、少しでも気を抜いたらふっ飛ばされそうだ。
それでも、俺は一投足ずつ踏ん張りながら、前へと進んだ。
「何故だッ!? どうして僕ばっかりこんな目を遭うんだッ!? 全部全部お前らの所為だッ! 絶対に許さないからなッ!」
「……いや。許すんだよ」
異形が身体中についている口から放った叫びに向かって、突撃する俺は言葉を返す。
「オメーの事情は知らねーけどさ……誰かが許さなきゃ、終わらねーだろ? そりゃ口で言う程、簡単じゃねーさ。死んだウチの婆ちゃんみてーに、全部を許せなんて言わねーよ……でもよ。一つだけ。許せないことの中でどれか一つだけでも……許して、みないか? それだけで……それだけでよ、何かが変わると思うからさ」
「ッ!? ふ、ふざけんなッ! そんな、そんな綺麗事ッ! ぼ、僕は……僕は正しいんだッ! なんで、なんで僕ばっかり、こんな目に……」
「……とりあえず。お前が起こした騒ぎは、これで仕舞いだ」
どんどん進んでいき、遂に俺の拳は、蛇の異形の眼前までやって来た。あとはこれを、殴り抜くだけだ。
「……悪いことをした奴は、鉄拳制裁だ。俺はそれで、お前を許すさ。だからお前も、さ……何か、一つだけでいいから……許して、やってくれ……頼むよ」
最後にそう言い残すと、俺は拳を握り直した。すると一際大きな風が拳に宿り、俺はそれで容赦なく殴り抜いた。
「『"
「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
それは異形の身体を貫き、中にあった核を粉微塵に破壊した。
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