第四話⑦ 誰かを傷つける方が百億倍嫌でしょうがァ!


「テメーはここで倒すッ!!!」


『これ以上させないわッ!!!』


 俺とエルザは"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"で合体し、この八岐之大蛇の前にやってきた。


 デカい。洒落抜きでデカい。ウルトラマンの出動案件だろと思うくらいのサイズだ。


 しかも話を聞くと、コイツはルッチの"魔法使いノ支配ソーサラーインストール"を乗り越え、逆にルッチを取り込みやがったこちらの世界の人間だと言うのだ。びっくりしたわ、マジで。


 そんなこの異形に、俺達はためらいなく突撃する。


「『"風切エアリアルエッジ"ッ!!!』」


 もちろん、それを容易く許してくれる訳もなく、八つの頭が俺達を噛み砕こうと襲いかかってきた。


 まずは一番手前の頭に向かって、エルザが魔法を放つ。


「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああッ!!!」


 そして、放たれた曲線状の風の刃は、その頭の一つを切り落とした。異形が悲鳴を上げている。


「そうだッ! この感覚だッ! 僕は覚えているぞッ! そしてやってくれたなお前ぇぇぇえええええええええええええええッ!!!」


 異形が叫んでいる。すると、頭の一つが細く裂け、無数の触手となって襲いかかってきた。


「エルザッ!」


『解ってるわよッ!』


「『"風圧全速エアリアルブースト"ッ!』」


 無数に襲いかかってくる触手から俺達は逃げ回る。上、下、右、左から向かってくる触手を避け、隙間を縫ってかわし続けた。


「しっかし、こりゃ面倒だなッ!」


『そうねッ! これ以上触手プレイなんてさせてやらないわッ! 一掃してやるッ!」


 俺の声に呼応して、エルザが杖を構えた。その間にも触手の群れは絶え間なく襲ってきているが、エルザは"風圧全速エアリアルブースト"を駆使して回避を続けている。


 そのまま俺達は、詠唱と共に杖を触手の群れへと向けた。


「『彼方より吹きつけしその暴威は、通り過ぎゆく最中に万物を切り裂き、一片すらも後には何も残さん。一切を吹き抜ける慈悲なき風よ。今ここに吹き荒れんッ! "暴威豪風アクセルテンペスト"ォッ!!!』」


 すると、周囲に一切合切を吹き飛ばさんとする暴風が荒れ狂い、襲い来る触手を次々と切り裂いていった。よし、効いてる。これで、頭の二つを潰したことになるな。


「く、クソ……ッ! なら、これはどうだァァァッ!?」


 異形が叫ぶと、残り六つの頭が一斉に口を開けた。そのまま、強大なエネルギーが溜められていくのを、肌で感じる。


「ッ!? 不味い、さっきのレーザーだッ!」


『あの数の頭全部から、さっきのが来たら……防ぎ、切れない……? 最悪、街が全部……それ、ならッ!』


 そう口にしたエルザは異形から距離を取り、詠唱を開始する。


「『それは母なる星をも飲み込む、大いなる風の渦……』」


 しかもそれは、以前失敗したやつだった。


「お、おいッ! 防ぐやつじゃねーのかッ!? それにこれは……」


『さっきの威力があの数来たら、"突風障壁エアリアルバリア"の重ねがけじゃ防げないわッ! あたしにできる最大級の魔法で相殺するしかないッ!』


 それはつまり、死力を振り絞ると言うことだ。しかもこの詠唱は以前、使おうとして上手くいかなかったもの。そして同時に、魔力を使い過ぎて倒れた彼女の姿が脳裏をよぎる。


「ッ痛ゥッ!」


『あ、あああ……ッ!』


 案の定、あの時のような頭痛が走った。あまりの痛さに、目がチカチカする。


「ば、馬鹿野郎ッ! お前これ……」


『うっさいッ! やるって言ったらやるのよッ! 前に失敗した上級魔法だろうが……魔法学校主席のあたしを舐めるなァァァッ!!!』


 しかし、そんな俺の心配はエルザの一喝で怒鳴り飛ばされた。


 最早こうとしか考えていなさそうな彼女の覚悟。俺はそれを汲み取ると、一度息を吐き、彼女に向かって言った。


 意固地なコイツは、途中で止めたりしないだろう。こうなりゃコイツにかける言葉は、もう一つしかない。


「……解った。お前ならできる……頼んだぞエルザッ!!!」


『ッ! 任せなさい、ユウッ!!!』


「『……万物の源すら引き裂くその暴威には善も悪もなく、ただただそう在るのみ。その力の前には、何物も無力であると知れッ! これがあたしの全力全開ッ!!!

 "星呑ム嵐ハ赤ク渦巻クグレートレッドスポット"ォォォオオオオオオッ!!!』」


 直後。吹き荒れたのは豪風すら生ぬるいと言えるくらいに強大な風の渦。しかも高密度である為か肉眼で見ることができ、それは何と真紅の色をしていた。


「"黒ノ破壊光線ブラックレーザー"ッ!」


 それにぶつかるのは、六首となった八岐之大蛇から放たれる、黒いレーザー光線。


 両者が激突し、辺り一帯に激しい音と衝撃波の余波が飛び散った。


「『ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』」


「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 俺達と異形が、互いに声を上げながら力をぶつけ合う。


 その余波ですら凄まじく、周囲の木々が吹き飛びそうなくらいまで地面から捲れ上がっていた。


「『ァァァアアアアアッ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いィィィッ!!!』」


 叫び声の中に、俺達の悲鳴が混じっている。限界を超えた力を出しているからか、頭の中にかかる負担は尋常ではないっつーかクソがァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!


「頭痛がわんわんうっせぇんだよッ! エルザが、エルザが頑張ってんだ……俺が情けねー姿見せられっかよォォォッ!!!」


『あああああッ! うっさいうっさいうっさいうっさいィィィッ! 黙れ喚くなあたしの身体ァァァッ! こんな、こんな痛みなんかより……誰かを傷つける方が百億倍嫌でしょうがァァァアアアアアアアアアアッ!!!』 


「な……ッ!?」


 俺達のその叫びと共に、真紅の風はうねりを上げた。やがて渦巻く風が形を成していき、まるで龍のような姿となる。


 それは咆哮を上げて口を開け、一点に集中された六つの黒いレーザー光線を呑み込んで、押し返していく。


「こ、こ、こんな馬鹿なッ!? 僕は、僕の力は最強の筈なんだッ! お前なんか、お前なんかにィィィッ!!!」


「んなこと知るかァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


『あたしが、みんなを、守るんだァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』


「『ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』」


 更にうねりを上げた真紅の風龍は、そのままレーザー光線を押し返し続け、遂に八岐之大蛇の本体へとたどり着いた。


「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 たどり着いた瞬間、異形の身体に風穴が空き、そこから切り目が広がって、やがてバラバラになった。


 異形の断末魔とも言える叫び声が、辺りに木霊する。


「やった……のか……?」


『あ………………』


「ッ!? え、エルザァッ!?」


 すると突然、今まで風の力で宙に浮いていた俺達の身体が、糸でも切れたかのように落下を始めた。


『"自己チェン……変遷"……』


 落下の途中で、身体の制御権が俺へと移る。


『ごめ…………後……頼ん…………』


「クッ! こ、この……ッ!」


 いきなり動くようになった身体に戸惑いつつも、咄嗟に体勢を直して着地に備える。


 やがて迫ってきた地面に爪先から着地すると、そのまま身体を丸めて身体の各所を順に地につけていき、衝撃を分散させる。


 それでも足りない為、俺は少しの間地面を転がり続けた。


「……ッハアァッ! し、死ぬかと思った……」


 俺達は無事に着地することができた。衝撃を逃す為に転がった際に、身体の各所をぶつけたところもあったが、それくらいなら平気だ。


 以前何かで見た五点接地の見様見真似だったが、たまたま上手く行ったのか、それとも単純に"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"で強化された身体能力のお陰か。まあ、無事ならどっちでも良しだ。


「エルザ? エルザッ!?」


『だい…………じょ……ぶ…………よ……』


「わかった! もう喋るなッ!」


 頭の中のエルザの声は、最早消え入りそうになっていた。非常に危ないことになっているのは容易に想像できたので、俺はそう叫ぶ。


 俺も先ほどの頭痛の名残はあったが、動けない程ではない。異形も始末できたし、後はコイツを運ぶだけだ。早くウラニアさんの元へ……。


「まだだァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 しかし、俺にはそんな心配をしている暇などなかった。周囲の木々から、人型に姿を変えた異形の群れがやってきたからだ。

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