第四話⑤ 契約するんだから、もう遅いわよッ!
「残っている弾を全て撃てッ! 奴に好き勝手させるなッ!」
ジュンジさんが怒号を飛ばしている。そこには、集められた警察の皆さんが、代わる代わるあの八岐之大蛇に向かって発砲していた。
拳銃もそうであるし、何処から持ってきたのか、ガトリングガンやロケットランチャーなんかも発射されていた。
実際これがなかったら、あの触手の群れを剥がしてリンエルとなった二人を助けることなんかできなかっただろう。
俺が運んできたリンエルは酷い怪我だった。少しでも休めたらと、草の多そうな地面に寝かせると、二人は"
「うううう……」
「先輩ッ! しっかりしてください、先輩ッ!」
ヨイチさんが必死の形相でリンさんに声をかけていた。身体の怪我こそ酷いものの、意識は戻ってきたみたいだった。
「酷い怪我です。早くお医者様を……ッ!」
「解ってます!」
ウラニアさんの声にヨイチさんが応え、無線機で応援を呼んでいる。
そんな様子の隣で、俺はエルザと向かい合っていた。
「エルザ……」
対してエルザは、そこまで怪我が酷い訳にもなさそうだった。後で聞いたのだが、共鳴率がそこまで高くなかった為に、フィードバックもあまりなかったというのだ。
そんなエルザの前に立ち、俺は真っ直ぐ彼女を見据えた。その様子を見た彼女が、ビクッと身体を揺らして、目を反らす。
「な、何よアンタ……今さら……何しに、来たのよ……?」
口の悪い彼女の様子に構わずに、俺はやることをやることにした。一度息を吸い込み、勢いよく頭を下げる。
「…………わ、悪かったッ!!!」
「ッ!?」
少し詰まったが、俺はそう言った。ちゃんと、言えたよ……婆ちゃん。
「……確かにビビったし、いてー思いもした。いきなり異形と戦わされて、ひどい目にも遭った……それについて何も言ってこないお前にムカついてたのも、マジだ……」
「…………」
俺は心で思ったことを、正直に話す。その間、エルザは何も言わなかった。
「……でも、お前は……ちゃんと謝ってくれた」
「ッ!」
「悪いと思って、ちゃんと俺にごめんって言ってくれたのに……俺は何も言えなかったッ! 謝ってくれたことに何も返せなかったッ! 本当にすまねえッ!!!」
「……あ、あたしの方こそ、ごめんなさいッ!!!」
すると、いきなりエルザが声を上げた。俺はびっくりして顔を上げると、いつの間にか彼女も頭を下げていた。
「最後の最後にしか、言えなかった……本当は最初から、あたしがちゃんと、謝るべきだったの……それに、あたし、契約期間終了の事で嫌な思いまでさせて……あたし、本当に……最低で……ッ!」
「…………いいさ……」
頭を下げたまま、涙声で言葉を並べるエルザに向かって、俺は言った。
「……ちゃんと謝ってくれたなら、いいさ。な。俺はお前の事、許すから……」
「ううんッ! あたしにはそんな事言われる資格なんてないッ! あたしが、あたしが全部……」
「エルザ」
アストラル体の彼女に触れることはできないが、俺はしゃがみ込んでエルザの顔を見た。やっぱり、コイツは泣いていた。
「いいって言ってんだろ? 俺だって、お前に偉そうでできる資格なんかねーんだよ。死んだ婆ちゃんには、謝っても謝りきれねーくらいの借りがあるし……ここに来れたのだって、キョーコのお陰だしな」
「あの子、が……?」
「ああ……だから、さ。エルザ……」
俺は彼女に向かって、手を伸ばした。
「もう一回、俺と契約してくれ。あの異形の事は、放っておけない。今はジュンジさん達が頑張ってくれてるけど、長くは保たねーかもしれないし……あと、俺さ。恥ずかしいんだけど……最初の女の子の時みたいに……誰かを、助けたいんだ。それが俺にできることなら、やりたいんだ」
それは、俺の決意だった。最初にお礼を言われたあの時、俺は嬉しかった。誰かの役に立てて、それに感謝されて……嬉しかったんだ。あんな気持ちは、初めてだった。
加えてあの異形は危険だ、放っておけない。あれを何とかできるのが俺なら、何とかしたい。
「で、でも! それじゃアンタも、危険な目に……」
「良いんだ」
俺はエルザの声を遮った。
「相性の良いお前となら、二人でなら、できる。あの異形だって、一緒なら、倒せる……倒せる筈なんだ、エルザッ!」
「ゆ、ユウ……ッ!」
エルザも顔を上げ、手を伸ばしてきた。もちろん、それに触れられることはない。しかし、彼女の気持ちは、十二分に伝わってきた。
そう言えば今さらだが、エルザに名前を呼ばれたのはこれが初めてだったかもしれないな。
「まか……せていいの……ユウくん?」
「先輩ッ!? だ、駄目ですよ無理しちゃ……ッ!」
やがて話を聞いていたのか、リンさんが起き上がってきた。
「リンさん……」
「フフフ……街を守る、正義の味方って……ちょっと、憧れてたんだけどな……私じゃ、力不足だったみたい……」
「……そんなことねーって」
自嘲気味に笑うリンさんだが、そんなことはないだろう。見ず知らずの人の為に身体を張れるなんて、早々できることじゃない。気持ちの持ち方で言ったら、リンさんの方がずっと街のヒロインだ。
俺はただ偶然そう思えて、そして間が良かっただけに過ぎない。
「……解りました。今からリンさんとエルザの契約を破棄し、ユウさんとエルザで再契約を行います……ユウさん。本当に、良いんですね?」
ウラニアさんが俺の意志を汲み取ってくれたのか、何やら魔法陣の準備を始めてくれた。その手を止めないまま、俺に確認を取ってくる。
「……ああ。こうしたいって思ったのは、間違いなく俺の意志だ」
「……ありがとうございます。散々貴方に対して不義理を働いた私たちに、また協力してくださって、本当に……」
「いいって。ウラニアさん達だって、仕方なかったんだろ? だから、いいさ」
そう言葉にした俺の心は、何故か晴れやかなものだった。
婆ちゃん。誰かを許すって、大事なことなんだな。ようやく解った気がするよ、婆ちゃんの言葉の大切さが。
俺、馬鹿だからさ。時間はかかったけど……少しは、婆ちゃんに顔向けできるように、なったかな?
やがてリンさんとエルザの契約破棄が終わり、俺達の番となる。地面に敷かれた魔法陣の上に二人で並び、エルザが声を上げた。
「――これは我が世界とこの世界を繋ぐ契約である。契約は一対一、両者の合意の上でのみ成り立つ。この契約は、我が世界の契約候補者である、エルゼローテ=ヴィンセントの主導にて行う。この世界の契約候補者は、我が世界の力をこの世界に対して干渉させるために、我と契約を交わすものなり」
いつか、かすかに聞いた言葉を、俺は自分の耳でしっかりと受け止める。
「――さあ契約候補者であるタカサキユウ。この契約に応えるのであれば了承の意を示せ。それで契約は成る」
「……おうよッ!」
ためらいなく、俺はそれに応えた。
『――了承の返事を得た。これより魔女、エルゼローテ=ヴィンセントと人間、高崎ユウの契約を締結する。これより契約締結に伴う初期設定を行う。エルゼローテ=ヴィンセントの身体をスキャン開始……スキャン完了。初期設定、オールクリア。これより作業に入ります』
「……ユウ」
虚空からあの機械的な無機質の声が響き渡る中、エルザは再び、俺の事を呼んだ。
「んだよ?」
「……覚悟しなさいよ? 一緒にやるなら、今までのことがあるからって……容赦なんかしないんだから」
「……解ってるっつーの。今さら逃げたりなんかしねーよ」
「……当然でしょ?」
やがて、あの文言が聞こえてきた。俺とエルザの、契約の魔法。
『――"
「このあたしと契約するんだから……もう遅いわよッ!」
身体が徐々に光になっていく中、目元の涙を拭ってそう口にしたエルザの顔は、思わず俺も笑っちゃうくらいに、今までで一番眩しい……笑顔だった。
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