第四話④ 悪いのは全部あたしなのッ!


「くっ……あああ……」


『り、リンさん……ッ!』


 あたしは苦しそうに声を上げるリンさんの身を案じた。


 新たに契約したリンさんとの共鳴率は47%。他の同僚達と比べても、平均より少し低いくらいの数値。全く動かせないなんてことも、魔法が使えない訳でもなく、かと言って良いなんて全然言えない、微妙な数値だった。


 しかもこの値では、"自己変遷チェンジ"や"状態転移カットアウト"と言った、"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"に関連する一部の補助魔法も使えない。


 交代ができないのであれば、あたしがやるしかないというのに。


『こんの……離しなさいよッ!』


「離す訳ないだろ? バーカ」


 なのに、この異形に全く歯が立たない。いくら共鳴率が低いとはいえ、"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"で底上げされた筈の身体能力でも、軽くあしらわれてしまった。


 身じろぎしてもビクともしないまま、ギリギリと身体を締め付けられ、あまりの苦しさに苦悶の声が漏れる。


(……アイツなら、無理矢理にでも引きちぎるわよね……ってッ!)


 そんな時に頭をよぎったのは、ついこの間まで契約していたアイツの姿だった。


 昔から身体を動かすのが苦手で、近接戦の訓練には本当に苦労したあたし。


 必死になって何とか合格点まで漕ぎつけたあたしとは違って、アイツは軽々とその上をいった。


 ショッピングモールでの人型の異形との戦いや、ルッチとの拘束を破ってみせた力任せな正面突破。


 あたしにできないことをやってのけるアイツの事が……羨ましかった。


 って言うかあたしの本領は魔法だし。下級魔法一つも使えないアイツとは、それこそ土俵が違う。違うもの同士、比べるも何もない筈だ。


 それでも、


(…………こんな時……アイツが、いてくれたら……)


 あたしはそう思わずにいられなかった。アイツがいれば補助魔法も駆使しつつ、あたしの力も十全に発揮できる。苦手な分野になれば交代し、代わりにやってくれる。


 今改めて考えてみても、アイツはあたしにとって、本当に理想的な相手だった。


(…………でも、あたしは……結局最後の最後にしか……言えなかった……)


 走馬灯じゃないけど、あたしは今までの事を思い返す。


 最初こそあたしは、あれは事故だ、自分の所為なんかじゃないと思っていて、意地になっていた。ウラニアさんにも散々叱られたが、それで逆に、あたしは意固地になってしまった。


 自分は悪くないと思ってズルズルと時間が経っていき……ふと気がつくと、あたしは謝るタイミングを完全に逃してしまっていた。謝ったところで、今さら、と言われる時期にきていた。


 それに気づいた時、あたしは焦った。やってしまった、謝れなくなってしまった、もうアイツに何て言っていいかすら解らない。


 焦りと混乱から、あたしはつい口を滑らせてしまった。契約破棄の期間が来ていたことを、ポロッと言ってしまったのだ。ウラニアさんやジュンジさん達と話し合い、黙っておく筈だったのに。


 アイツに借りばかりが出来てしまい、よりいっそうの不安に襲われたあたしは、つい言ってしまったのだ。


(…………あれはホント、あたしが馬鹿だった……)


 少しでも何かないかとゲロった結果。アイツはただ機嫌が悪くなってだけであり、ウラニアさんやジュンジさんの達の印象までも悪くしてしまった。


 せめて隠しておけば、こんなことにもならなかったのに。自分の軽率な行動が、アイツだけではなく他の人にまで迷惑をかけてしまった。


 そうして迎えた最終日。遂にアイツとの契約を破棄することになった、あの日だ。


 あたしはもう、ロクにアイツの顔を見ることすら出来なかった。当然だ。散々危険な目に遭わせておいて、騙しておいて、今さらどんな顔してアイツに向き合えば良いのか。あたしには全く解らなかった。


 淡々と作業を進め、無事に契約は破棄された。その間、アイツはあたしに、何も言って来なかった。


 あたしはあたしで、勝手に怒鳴られる覚悟をしていた。お前のせいで危険な目に遭った、謝れ、土下座しろ。自分で思いつく怒られ方を想定して、身を小さくしていた。


 いっそそう言ってくれたなら、あたしは恥も外聞もなく頭を下げていただろう。涙ながらに謝罪を叫んでいただろう。どんな状況であれ、ようやく謝る機会を得られるのだから。


 なのにアイツは、最後の最後まで何も言って来なかった。まだかまだかと待っていたあたしは、アイツがそのまま部屋を出て行こうとした時に、ようやく我に返った。


「…………あ……」


 アイツは何にも言わないままに行ってしまおうとしている。このまま行ってしまわれたら、もう何もかもが手遅れだ。


 二度と謝罪の機会はなく、あたしは一生涯、これを背負い続けていかなければならなくなる。


 そう思った途端に恐怖がこみ上げ、身体中が焦りと後悔に飲まれてやっとのこと、あたしは口を動かすことができた。






「………………ごめ、ん…………なさ……い……」






 途切れ途切れではあったものの、ごめんなさいと、あたしは言えた。やっと、言えた。


 その言葉を聞いたアイツは、一度、立ち止まる。出て行こうとする足を、止めてくれた。


(…………でも……)


 でも、それだけだった。一度、歩みが止まっただけ。それ以上は何もなく、アイツは部屋を出て行ってしまった。


 終わった。アイツの足音すらも聞こえなくなった時、あたしは泣き崩れた。何もかもが手遅れになって初めて、自分がいかに愚かであったかを思い知った。


 わんわん泣くあたしを、ウラニアさんはまた叱ってくれた。もう一度、叱ってくれた。


 迷惑をかけっぱなしなのに、この人はあたしをずっと見捨てないでいてくれる。次からはこんなことがないようにと、叱ってくれる。その優しさに、本当に頭が上がらない。


 結局、あたしは自業自得のまま、やらかしてしまった事を償うこともできずに背負い続けることになった。一番危惧していた事態になってしまい、あたしはもう乾いた声で笑うしかなかった。


 そして、リンさんと契約した。リンさんも優しい人だった。あんな無様を晒したあたしを励まし、これから一緒に頑張ろう、と言ってくれた。その言葉に、あたしはまた泣いた。


 ジュンジさんにリンエルと名付けられ、街の公式ヒロインとして、あたし達は異形事件の解決に向かうことになった。心機一転とはいかなかったが、それでも頑張らざるを得ない。


 でもそれは、想像以上に厳しいものだった。


 アイツと組んでいた時よりも威力の出ない魔法。状況になっても、一部の補助魔法を使えない辛さ。近接戦での自分の力量不足。


 得意分野で全力を出せ、苦手分野を交代できるという、理想的な状態を経験してしまったが故に、上手くできない辛さが身に染みた。


 あたしは今までどれだけ恵まれていたのかを、マジマジと思い知らされた。


 それでもとリンさんと協力し、何とか事件解決を重ねていったのだが。


(これがあたしの……限界……なの……?)


 あたしは回想から現実に戻ってきた。身体を締め上げられる苦しさに、リンさんは既に意識を失っている。


 相方が倒れてしまったのなら、程なくして"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"も解けてしまうだろう。


 その時には、この世界に実体を持てない自分はいざ知らず、リンさんはどうなってしまうのだろうか。アストラル体となり、何もできなくなったあたしの目の前で、無惨に殺されてしまうのだろうか。


 もっと早くアイツに謝れていたら、今でもアイツが隣にいてくれたら……リンさんをこんな目に遭わせなくても良かったんじゃないんだろうか?


 あたしは、また、失敗してしまったのだろうか……?


「……出てこないな、あの女。ったく、どいつもこいつも。僕の言う通りにしてりゃいいのによ。許さねえ」


 すると、八つ首の蛇の異形は、あたし達を拘束している一つの除き、七つの首を街へと向けた。


 その口を大きく開けると、急速にエネルギーが溜まっていくのを感じ……ま、まさかッ!?


「僕を酷い目に遭わせた奴ら。そして僕の思い通りにならない奴らなんて……みんな死ねば良いんだよ」


『や、やめなさいッ!』


 先ほど街に放った黒いレーザーのような一撃。異形は、あれを街に向けて乱射するつもりだ。そうとしか考えられない。


『お願いやめてッ! あたしが、あたしが悪かったからッ! 悪いのは全部あたしなのッ! みんなは悪くないのッ! だからッ! だからやるなら、あたしだけにしてッ! みんなを巻き込まないでッ! お願い、お願いよォォォッ!!!』


 あたしは必死になって懇願した。あたしのミスで、この世界にいる関係のない人達が、大勢死ぬ。


 ただ平穏に生きていただけの人達が、あたしの所為で、無惨に殺されてしまう。痛い痛いと悲鳴を上げ、どうしてどうしてと嘆きながら亡くなってしまう。


 そんなことに、なってしまう。


 あたしの必死な叫びに対して、異形はこう返してきた。


「嫌だね」


 その一言は、あたしを絶望へと突き落とした。目を見開いたあたしの目の前で、異形は大きく口を開けている。


「みんなみんな死んじまえ。"黒ノ破壊ブラックレー……"」


『い、嫌……嫌ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!』


 そして、今にもあの黒いレーザーのような破壊光線を出そうとしたその時。


「撃てーッ!!!」


 その場に聞き覚えのある男性の声が響くと同時に爆発が起こり、あたし達の拘束が解かれた。


「な、なんだ……ッ!?」


 予想外からの一撃に、異形もびっくりしている。


 一方で、ロクに力も残っていなかったあたし達はそのまま落下していったが、地面にぶつかる前に抱きとめられた。そうして目を開けたあたしが見たのは……。


『……あ、アンタ……』


「大丈夫か、リンさんに……エルザ」


 黒い短髪にTシャツとジーンズ姿のアイツ……ユウだった。

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