第四話③ ユウちゃんはあの日……
『聞こえているか黒髪の巨乳女ァァァッ! 僕はお前に用があるッ! さっさと出てきやがれッ! 出てこないんならコイツを八つ裂きにしてやるッ! 僕の堪忍袋の緒が切れる前に、さっさとここまで来るんだなぁッ!!!』
「『ぁぁぁああああああああああああああああああああああああッ!!!』」
リンエルの叫び声の途中で、テレビは切られた。これ以上映すことは良くないと、街の職員か警察の誰かが気を回したのだろう。
走って逃げた俺たちは避難を終え、街が用意しているシェルターへと逃げ込んでいた。
異形事件の用意として地下に作られたそれは殺風景なもので、体育館ほどの大きさのその中には、壁と灯り、そして大画面のテレビがついている以外は特に何もない。
そんな所に、街から避難してきた人々がごった返していた。
「おいッ! なんでテレビ切れたんだよッ! リンエルはどうなったんだよッ!?」
「スマホの動画サイトで見ても、リンエルさんは……ずっと、やられてて……」
「ふ、ふざけんなッ! ヒロインがやられたら次は俺たちじゃないかッ! こんな所にいられるかッ!」
「落ち着いてくださいッ!!!」
周囲では、テレビ中継を切られて不安になり暴れ出した住民と、街の職員や警察達の間でちょっとした騒ぎになっている。
誰かが言った事が本当なのかとスマホで調べてみると、ニュースサイトの中継で、リンエルが宙吊りにされたまま痛ぶられている様子がありありと映っていた。
「…………」
「だ、大丈夫なのかよ、これ……? あ、あの人は、あの人は来れないのかッ!?」
俺が黙ってスマホを見ている隣で、カズヤが声を上げている。やがて見ていられなくなった俺は、スマホをポケットにしまった。
「リンエルだけじゃどうにもならないなら、あの人呼ぶしかねーってッ! 俺、警察の人に言ってくるッ!」
カズヤはそう言うと立ち上がり、警察の人の方へと向かっていった。
ただ警察の人達は、カズヤ以外にも多数の住民から問い詰められているという有様だ。あれでは、最後尾にいるアイツの訴えが届くのは、いつになるんだろうか。
「……ユウちゃん」
「……キョーコ」
そんな中、キョーコが声をかけてきた。
「……あの日の夜の事、お話しても良い?」
彼女が話題に出したのは、二人でしたお疲れ様会の時の事だった。飲みすぎて覚えていない俺は、頼む、と短く返事をする。
「うん、わかった。あのね、あの日ユウちゃんは……泣いてたんだよ」
「えっ……?」
思いもかけないキョーコの言葉に、俺は間抜けな声を上げる。
「ユウちゃんはあの日、泣いてた。わんわんわんわん、泣いてた……俺は許してやれなかった。エルザに何も言ってやれなかった。婆ちゃんに合わせる顔がない、って」
「それ、は……」
戸惑いながら顔を伏せる。そんなこと言ってたのか俺は……そんな俺に構わず、キョーコは続ける。
「……ユウちゃんのお婆ちゃん。ホントに良い人だったよね。やんちゃばっかだったユウちゃんの代わりに、自分も大変なのに、いつも謝りに行ってさ」
彼女の言葉から思い起こされるのは、やらかした俺に代わって頭を下げてくれていた、あの婆ちゃんの小さい背中。
「お婆ちゃん、いつも言ってたよね。わたしでも覚えてるよ。間違えることは、仕方のないこと。だからそれを、許してあげようって」
「……………………」
キョーコの言葉を、俺は頭の中で繰り返す。解ってる。覚えてるよ。大好きだった婆ちゃんが、いつも言ってたことくらい……。
「……ホントは謝ってくれた時に、もう許してたんだよね?」
「……………………」
「ふふ。知ってるよ? だって、ユウちゃん自分で言ってたんだから。全く、昔から不器用だよね、ユウちゃん」
あの日。俺はエルザに、何も言えなかった。あの強情なエルザが、最後の最後で声を絞って、謝ってきてくれたのに、結局何も……。
「そう、だな……だけど……今じゃ、もう……」
「……まだ、間に合うよ?」
自分の耳に届いた彼女の言葉に、俺はまたしても間抜けな声を上げた。
「まだ終わってなんかない。エルザさんも、まだ頑張ってる。なら、今ならまだ間に合う……ううん。絶対に間に合うよ、ユウちゃん」
「…………そう、か……?」
顔を上げてみると、キョーコは真剣な表情で俺を見ていた。
「うん、まだ間に合うよ。ユウちゃんなら大丈夫。できるよ、ユウちゃんなら……だってユウちゃんは、あの強くて優しいお婆ちゃんの孫だもん」
「キョーコ……」
「……行って、ユウちゃん」
キョーコはそう言いながら、俺の手を取った。その手は、震えていた。
「……ホントは行って欲しくなんかない。ユウちゃんが危ない目に遭うかもしれなくて、心配で心配で仕方ない……でもユウちゃんは、行きたいんだよね?」
「俺、は……その……」
「……大丈夫」
ギュッと俺の手を握ったキョーコは、今にも泣き出しそうな顔で、必死になって笑顔を作りながら、言った。
「ユウちゃんなら大丈夫だって……絶対大丈夫だって、わたし、信じてるからッ!」
「キョーコ……ッ!」
その彼女の顔を見た俺は、内側から湧き上がるものを感じた。
もしかしたら、彼女に言われる前から、とっくに俺の心は決まっていたのかもしれない。でも見栄なのかなんなのかわからない感情が、それらを蓋していた。
蓋を取っ払うキッカケをくれたのは、間違いなくキョーコだ。彼女の言葉を再度、頭の中で噛み締める。
もう一回、考えてみよう。俺が最近、何故元気がないなんて言われていたのか。
あの日。エルザに何も言えなかった俺は……。
…………本当は……後悔、してた……。
最後の最後に、アイツは謝ってくれた……ごめんなさいって……ちゃんと聞こえた……それを聞けて、嬉しかったのに。俺は、結局……そのまま逃げるように、その場を後にしてしまった。
正直、もう遅いのかもしれない。今さら何と、言われるのかもしれない。俺が行ったところで、結局、何もできないかもしれない。
だが、キョーコは言った。まだ間に合うって。
「…………キョーコ……」
「……なに? ユウちゃん」
一度目を閉じて、もう一度開けて、そしてキョーコを見た。
「ありがと、な。本当に……俺、カッコ悪いな……」
それを聞いたキョーコは、首を横に振った。
「ううん。ユウちゃんはカッコいいよ。でも、ユウちゃん自身が自分の事をカッコ悪いなんて思ってると……ホントにカッコ悪くなっちゃうよ?」
「…………そっか……」
再度目を閉じてらゆっくりと俺は息を吐いた。自分の中で燻っていたものを、吐き出すかのように。
余計なものを取っ払って、自分の心に素直になる為に。
「…………俺、は……」
そうして今一度、俺は自分に問いかける。自分が何を悔いていて、本当はどうしたいのかを。他の事なんてどうでも良い。ただそれだけを、ただそれだけを考える。
……もし、まだ間に合う、なら……ッ!
『おねーちゃん! ありがとー!』
最初に助けた、あの子の声を思い出す。それを聞いた時に感じたのは……俺は……あの時……ッ!
「……………………俺は……ッ!」
やがて自分の内に現れた単純な事を胸に、俺は目を開けて立ち上がった。
それを見たキョーコは、自分の目元を手で拭った後、ニッコリと笑ってくれた。
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