第四話① 戻ってきてくれヒロインさん
「戻ってきてくれヒロインさん~!」
「……うっせーなぁ」
大学の研究室のソファーの上で、カズヤが喚いている。近くの椅子に座ってる俺は、適当に返事していた。先輩方が授業でいないので、今は二人っきりだ。
あれからしばらく経った。南斎先生は異形事件の被害者として扱われ、お葬式と通夜が行われた。カズヤ達と一緒に俺も参加したが、遺族の方々の悲痛な涙には、自分の拳を握ることしかできなかった。悔し、かった。
また、俺との契約を破棄し、リンさんと契約したエルザはニュースを見てる限り、今でもこの街を守るヒロインとして頑張っているみたいだ。
突然の交代となったヒロインに街は少しざわついたが、今までの俺が一時的な代理であったことが説明されると、ざわつきはすぐに治まった。
今では。街の公式ヒロインとなったエルザとリンさんの姿が、デカデカとアピールされている。名前はリンエルと言うそうだ。おいおいそのまんまだな、と最初聞いた時は苦笑した。
「今のリンエルも悪くはねーけどよー! やっぱオレにはあの人しかいねーんだよッ!」
「カズヤオメー、街を守ってくれるヒロインをアイドルかなんかと勘違いしてねーか?」
俺とエルザの合体したヒロイン姿の画像を眺めながら嘆く友人の姿には今でも鳥肌が立つもんだが、まあその内忘れられていくだろう。
人の噂も七十五日。なんだかんだ言って、みんな忘れていくもんだ。
「あっ。いたいたカズヤ君」
そんなこんなで雑談していたら、研究室のドアを開けてキョーコが入ってきた。
「さっきの授業の提出課題について、先生が呼んでるんだけど……」
「ゲッ! まさか先輩のヤツ丸写ししたのがバレたのか!?」
「アホかお前は」
チキショー、と言って研究室を後にするカズヤに代わって、今度はキョーコが入ってきた。
「……お疲れ様、ユウちゃん」
「おう」
手違いとは言え、街を守るなんて大役を終えた日。キョーコはお酒を持ってウチに来てくれた。
「頑張ったユウちゃんのお疲れ様会だよ!」
そう言って来てくれた彼女と二人、静かに乾杯をした。
エルザ達とあんな別れ方をしてしまった為に労われることもなかった俺は、事情を知ったうえでこうやって来てくれたキョーコに、本当に感謝した。
もやもやした気分だった俺は、ヤケになって酒を開けた。そうして珍しく泥酔するまで飲み明かした俺に、最後まで付き合ってくれたキョーコには感謝しかない。
「……元気ないね、ユウちゃん」
「……そうか?」
近くの椅子に腰掛けたキョーコは、不意にそんな事を言った。
元気がない、か。そう見えるんかな、俺。
ようやく戻ってきた筈の日常。いつものようにカズヤとつるみ、たまに授業をサボってゲームしたり。キョーコも入れて三人で遊びに行ったりと、恩師こそ亡くしてしまったが、俺の大学生活は元に戻ったのだ。
エルザと契約する前の、いつもの生活が。だと言うのに、俺は……。
「……まだ、そう見えるか?」
「うん、見える。わたしはユウちゃんの幼馴染だからね。それに、カズヤ君も心配してたよ? なんかユウがいつもの調子じゃないって」
「……マジかよ」
付き合いの長いキョーコにならともかく、まさかあのカズヤにまで心配されているとは思っていなかった。
いつもの調子でつるんでいたつもりだったが、もしかして気を使われていたんだろうか?
「……一緒に飲んだ夜のこと、覚えてる?」
「……あんまり」
やがてキョーコが口にしたのは、お疲れ様会の日の事だった。正直、久しぶりに泥酔するまで飲んだので、あの夜のことはあまり覚えていない。
「……そっか」
「……俺、なんか言ってたか?」
気になった俺は、キョーコに問いかける。彼女が、何か含みのあるような返事をしてたのもあった。
「……あのね、ユウちゃん。あの日の夜、ユウちゃんは……」
「た、大変だァァァアアアアアアアアアアッ!!!」
キョーコが喋り出そうとしたまさにその時。血相を変えたカズヤが研究室に飛び込んできた。
「おわッ! 何だよカズヤ、びっくりさせやがって……」
「テレビ! テレビ点けろテレビ! 無けりゃスマホでいいからッ!」
余りに必死な様子のカズヤを見て、キョーコが急いで研究室にあるテレビを点けた。
するとそこには、緊急臨時速報というテロップと共に、ある映像が映し出されていた。その映像に、俺とキョーコは言葉を失う。
「皆さま見えるでしょうかッ!? 突如として現れた巨大な異形ッ! 街の皆さんには緊急避難警報が発令されました! 繰り返します! 突如として……」
ニュースキャスターが、必死な様子でセリフを繰り返している隣の映像。そこには、
「キシャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
山かと見間違うような巨体を持つ、八つの首を持った蛇。俗に言う八岐之大蛇のような姿をした異形が、山の上に鎮座している映像が、映し出されていたからだ。
しかも、その避難警報が出ている街というのが、
「これだよこれッ! マジでヤベーんだってッ! 解ったら早く逃げるぞッ!」
俺たちの住む街だったからだ。八岐之大蛇は現在、以前俺とエルザがルッチを叩きのめしたあの山の頂にいる。
「い、行こうユウちゃんッ!」
「あ、ああ……」
キョーコに引っ張られる形で、俺は研究室を出て外に飛び出す。大学構内の放送もかかり、すぐ逃げるように指示があった。
大学内に残っていた人々が、色んな建物から出てきては逃げ惑っている。
人の避難の波に俺たちも混ざり、一緒になって走った。みんな必死な顔をしている。
しかし俺は、何か引っかかるものを感じていた。
(あの蛇みたいな異形……なんか見覚えがある気がするんだが……まさか、あの時の……? って事は、ルッチの奴がまた!? なら、今度こそ俺がぶっ飛ばして……)
「ユウちゃん!」
「ユウ! 何してんだよッ!?」
声をかけられた俺は、ハッとする。いつの間にか立ち止まっていたみたいだ。
「わ、ワリー……」
急かす彼らの後を追って、再び走り出す。
(……なに、考えてんだよ俺は……もう、終わったこと……だろ……?)
自分で思って、再度納得する。そうだった。俺にはもう関係のない事なんだ。
どんな異形が出ようが、なんとかしてくれるのはエルザやリンさん達の役目だ。俺の出番じゃない。俺はもう、守られる立場に戻ったんだった。
そう思った俺は、走りながら首を振る。
もう自分には関係のないこと。他の誰かが何とかしてくれるのを、ただ待ってれば良い身分なんだ。
戻りたかったんだろう、この立場に。もう俺とは遠い世界の話になったんだ。自分で望んで、遠かったんだ。
だから、俺に出来る事なんて…………何も、無いんだ……。
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