第三話⑧ ごめん、なさい……


『――以上を持って、"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"の契約を破棄するものとする。契約者である高崎ユウ、及びエルゼローテ=ヴィンセント。この破棄に対して合意するか?』


「……ああ」


「……ええ」


 ルッチとの戦いから少し経ち、俺は警察署に足を運んでいた。そして、いつもの五階の部屋に行き、いつものメンバーに囲まれている。


 その中には、ようやく復帰したエルザの姿もあった。


『互いの合意を得た。これより高崎ユウとエルゼローテ=ヴィンセントの"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"の契約破棄を開始する。エルゼローテ=ヴィンセントの身体スキャン、開始……』


 俺とエルザは最初に大学の屋上で見たような魔法陣の上に立っていた。床に敷かれた魔法陣はクルクルと回っており、あの時と同じで虚空から機械的な声が響いている。


 そう。俺は今、誤ってエルザと結んでしまった"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"の契約を破棄していた。


『――スキャン完了。オールクリア。これより作業に入ります』


「…………」


「…………」


 声が無機質に作業の進捗を告げる中、俺とエルザは何も言わないまま、向かい合って立っている。自分の視線が下を向いているのでコイツの顔色は解らないが、俺は見る気もなかった。


『――契約破棄、完了。作業を終了します』


「……お疲れ様でした。これで、全て終わりです」


 やがて機械的な声が終わりを告げると共に、ウラニアさんがそう口を開いた。床の魔法陣も徐々に消えていき、何事もなかったかのような静けさが部屋に漂っている。


 これで、終わり。そう、これで終わりだ。チラリとエルザの方を見てみると、彼女は最初に会った時と同じように、アストラル体、だっけ? 半透明の姿になっていた。


「……ありがとう、ユウ君。これで、君は晴れて自由の身だ」


 少しして声を上げたのは、ジュンジさんだった。彼の方を見ると、彼はまた頭を下げている。


「……そして君に情報を明かさないままルッチ討伐を強要してしまい、本当に済まなかった。謝って済む問題ではないが、それでも謝らせて欲しい」


「……本当にごめんなさい」


 それに続いて、ウラニアさんも頭を下げた。


「事態が急に悪化していく中、エルザを他の人と契約させるのにはリスクがあった。だから、私が提案したのです。せめてもう一日だけ、協力できないかと」


 俺に契約破棄の期間を偽っていたのは、ウラニアさんの案だったのか。俺は視線を、頭を下げているウラニアさんに向ける。


「何も彼女だけが悪い訳じゃない。私たちもその話に同意した身だ。悪いのは、私たち全員だ」


「……ごめんなさい。私も、知ってたのよ」


「……本当に申し訳ないです。だけどあの切迫した状況で、いきなり先輩に変わるのも危険だったんだ。それだけは、解っていて欲しい」


 ジュンジさんに続き、リンさんとヨイチさんも謝ってくる。この人達も、俺を欺いていたということだ。ヨイチさんが言い訳がましいことを言っているが、俺はそれを聞いてもため息しか出てこなかった。


「…………」


 そしてエルザだ。そもそもの発端となった、コイツ。他の人と同様に頭を下げてはいるが、コイツの口からの謝罪の言葉は、未だ出てきていない。


「…………」


「…………」


 俺は黙ってエルザを見ていた。ジュンジさん達が賠償やら何やら言っているのは聞こえるが、俺は話半分にしか聞いていない。それよりも何よりも、コイツの口から聞きたい言葉があるからだ。


 しかし、エルザは頭を下げたまま、何にも言ってこない。


「……ハァ……もう、良いよ……」


 やがて待つのにも飽きた俺は、ため息を一つついた。


「色々危なかったり、エラい思いしたりもしたけど……もう終わりなんだろ? なら、良いよ、もう……帰っていいんだろ?」


 そう言った俺は、「……もちろんだ」というジュンジさんの言葉を聞いて、歩き出す。


 納得なんかない。胸にあるモヤモヤした気持ちは、まだ晴れてなんかない。それでも、もう、この場にはいたくなかった。


「…………」


「…………」


 やがて俺の足は出入り口の扉の所まで辿り着く。歩いているその間、俺も、エルザも、他のみんなも、何も言わなかった。


「…………あ……」


 部屋を出ようとドアノブに手をかけたまさにその時。エルザと思われる声が、小さかったが俺の耳に届いた。俺の足が立ち止まる。












「………………ごめ、ん…………なさ……い……」












 そう聞こえた。俺には、そう、聞こえた。ドアノブを握っている俺の手が、勝手に震え出す。


 何だよ、それ。最後の最後に、聞きたかった言葉で、謝ってくるなんて、そんなもん……。


「…………」


「…………」


 俺は少しの間立ち止まっていたが、結局は何も言えないままドアノブを回し、部屋を立ち去った。


 そのまま歩き去る俺の耳には、進んでいく自分の足音以外、何も聞こえてこなかった。

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