第三話⑦ やればできるじゃあないか
「クソッ! クソォッ! クソクソクソクソクソクソクソクソクソォォォッ!!!」
アストラル体となったルッチは、ひたすらに悪態をついていた。あと一歩、あと一歩だった。もうひと押しで実験できたのだ。
自身の開発した兵器が、放たれる筈だった。一体どれくらいの威力を誇るものなのか、この目で確かめることができた。そのほんの一歩手前で、
「あああああああんのクソビッチ共がァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
魔法取締局のあのクソ女どもにやられた。ルッチは感情のままに叫んだ。叫び倒していた。
人気のない路地裏であるからこそ、誰にもその声が届くことはなかったが、誰かが聞いていたらびっくり仰天する勢いだろう。
「ハア、ハア……ま、まだだ。ワタシの実験は、まだ終わってはいない……」
ひとしきり叫んで冷静になってきたのか、ルッチは肩で息をしながら言葉を紡ぐ。
「そ、そうだッ! まだワタシにはアレが、彼が残っているじゃあないかァ! 彼を使おうッ! あの機械だって、あれだけのエネルギーが入っている物が、早々壊されることはない筈だ。まだ時間はあるッ! ワタシったら天才ねェッ!」
山頂に置いてきた機械には、一部を拝借したとはいえ、まだ街の人々から集めた感情エネルギーが残っている。解体されるにしても、色々と調べてからの筈だ。
いきなり壊しにかかれば、溜まった感情エネルギーが行き場を無くし、大爆発が起きるだろう。魔法取締局ともあろうものが、この世界の一部を犠牲にするような、そんな短絡的な手を取るとは考えにくい。
ならば、まだ時間がある筈。立て直すだけの時間が。そう思った彼はとある場所へと急いだ。
彼が目指すのは病院。そこにいる、この世界に来て実験に使った、あの強烈な感情を有していた人間、志藤カオルだ。
勢いで彼に渡してしまった、最新型の"
「……完璧だァ!」
頭の中でこれからの流れを一通りまとめ、ルッチは笑った。
そうこう考え事をしている内に、彼は病院へとやってきた。壁も入り口も全て通り抜け、目的の志藤カオルが寝ている病院の個室へと進んでいく。
ある壁からひょっこりと顔を出してみると、そこにはベッドから身体を起こしている志藤カオルの姿があった。
「久しぶりだねェ!」
「ッ……その声。お前がルッチか?」
いきなりやってきたルッチに対して、少しは目を見開いたものの、カオルは至って冷静に返事をする。
「んもうッ! 愛を込めてルッチちゃん、って呼んでくれよォ」
「知るか。っていうか何しに来たんだよ?」
「決まってるだろうゥ!?」
無駄なやり取りをする必要はない。そう思ったルッチはさっさと目的の魔法を起動させた。
「"
「な……ッ!?」
その呪文を唱えた瞬間、半透明だったルッチの身体は黒い膿のような形となり、カオルの胸へと飛び込んでいく。
「お、お前……何を……ッ!?」
「悪いねェ。前の身体で失敗しちゃってさァ。今度は君の身体……ワタシがもらうよォ?」
「ク……ッ!」
「なぁに、ちょっと人格とか記憶を書き換えるだけさァ。君は黙って、ワタシに身体をくれれば良いんだよォ……」
「ッ!?」
全てがカオルの中へと侵入した後、ルッチは早速侵食を開始した。前の人間でもそんなに時間はかからなかったし、すぐに終わるだろう、と楽観視する。
「……ふざ……けんな……ッ!」
しかし、ルッチにとってここで一つの誤算があった。それは、志藤カオルが燻ぶらせていた感情が、彼の想定以上に大きかったのだ。
「お前まで……僕を馬鹿にするのか……許、さないぞ……ふざ、けんな……ふざけんな……ふざけんなァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「なアッ!?」
彼の身体の中で自分へと書き換えてやろうとしていたルッチだったが、カオルが逆に彼を塗りつぶし始めたのだ。
「な、なんだこれはッ!? た、たかが異世界人の癖に、どこにこんな感情エネルギーがッ!? あり、あり、あり得ない、あり得ないぞォォォオオオオオオオオオッ!?」
「うるせェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!」
カオルは叫んだ。自身の内側を蝕んでくる何かに対して、そうはさせまいと強い意志を持つ。
「僕は僕だッ! 最後の時まで僕は僕なんだッ! これ以上他人に、他の奴なんかに好き勝手されて堪るかァァァッ!!!」
「わ、わ、ワタシが、消えるッ! 無くなるッ! 取り込まれるゥッ!? このルッチ=ベルアゴンがッ! こんな、こんなクソガキなんかにィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!」
「消えろ、消えろ、消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
幾度とない叫び合いを終え、やがて、カオルはベッドに倒れ込んだ。その直後、彼の病室の扉が乱暴に開けられる。
「どうしましたか志藤さんッ!?」
やってきたのは、彼の叫び声を聞きつけた看護士の女性だった。ただならぬ彼の叫びを聞いたらしく、血相を変えている。その時のカオルは、ベッドに横たわっていてピクリとも動かなかった。
「…………」
「志藤さん? 志藤さんッ!? ま、不味いわッ! 先生を呼ばないと……」
看護士が部屋を飛び出そうとしたその時、カオルがむくりと上体を起こした。それを見た看護士が、ビクッと身体を震わせる。
「……ハハハ。僕だって、やればできるじゃあないか……」
「し、志藤さん? だ、大丈夫なんですか……?」
カオルは看護士の言葉なんて聞きもしないまま、自分の両手を見つめていた。少しして、彼の頭の中にいきなり、膨大な量の情報が入ってくる。
「ク……ッ!」
「志藤さんッ!?」
いきなり詰め込まれた情報量の多さに、カオルは頭を抑えた。痛みが走ったからだ。見かねた看護士が手をやって擦ってくれるが、彼はそんなことを気にも留めていなかった。
「……これって……アイツの記憶……へぇ、なんだ……偉そうにしてた癖に……アイツも負けたのかよ、あの女に……」
いきなり入れられた記憶を慣らそうと、彼は頭を振る。少しすると、走っていた痛みも感じなくなっていく。
体調を心配してあれこれと質問してくる看護士をガン無視して、カオルはポケットを漁った。そこにあったのは、以前ルッチがくれた、あのスベスベしたうずらの卵のような物体。
「"
「急いで先生を連れてきてッ! 患者さんが錯乱してるッ!」
一向に話を聞かないカオルに業を煮やしたのか、PHSを取り出した看護士はすぐに担当医に電話をかけた。
それすらも無視している彼は、自身に入ってきたルッチのものと思われる記憶、情報を順に頭の中で精査していく。
「……クックックック……待ってろよ、あの女ァ……クックックックックックッ……」
カオルは口元を歪めて笑った。愉快そうに、笑った。やがて担当医がやってきたが、彼は笑いを止めなかった。
何故なら、自分の邪魔をしたあの女に復讐できる力が、更に舞い込んできたのだから。
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