第三話⑥ 承知しないんだから
「このまま殺しても良いのですがァ……まずはこれをプレゼントっとォ」
「『ァァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』」
そうして、ルッチは俺達の首元にテニスボールくらいの大きさの目玉の一つを埋め込んだ。
無理やり身体に異物を埋め込まれて血が吹き出し、視界がチカチカするくらいの激痛が走る。声を上げずにはいられなかった。
「何、しやがるテメー……ッ!?」
「ん~~~? なんか魔法でも使われると面倒だからァ、一定以上の魔力を使う魔法は封印させていただきま~すッ! これで安心安心。さあァ! 今からショーの始まりだよォ!!!」
すると、ルッチは苦痛に悶える俺達の身体を街の方へと向けた。
「せっかくなので、見ていきましょうよォ。そこの魔法取締局のおばさんも一緒にィ」
身体を動かされる途中で、あの装置がうねりを吸収し終えたらしく、装置全体が音を立てて振動しているのが見えた。
こいつの言うショーとは……まさかッ!
「既に装填は完了ッ! 後はァ、ワタシがァ、発射ボタンを押すだけ……この
俺達は身動きが取れず、ウラニアさんはこちらへ干渉することができない。勝ったとばかりに声を震わせているルッチは、そのまま早口で話し始めた。
「この街の住人の苦痛の感情を集め、濃縮し、それを熱エネルギーに変換して一気に放出するッ! それこそがワタシの開発した新兵器、
どうだ見たか、ワタシは成し遂げたぞォッ!!! ザマア見ろ学会の頑固爺共めェッ!!! ワタシの実力を思い知ったかァッ!!! アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!! ヒャーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
「やめなさいルッチ=ベルアゴンッ!」
それに割って入ったのは、ウラニアさんだ。
「貴方は自分が何をしているのか、解っているのですかッ!? 自分勝手に人々を苦しめ、挙げ句関係のないこの世界の人々を巻き込もうとしているなんてッ! 恥を知りなさいッ!!!」
「恥を知るのはお前だよバーカッ!!! 何にもできずに吠えるだけかァ、魔法取締局さんよォ? 情けないねェ、悔しいねェ? さっさとワタシみたいに"
『……アンタ、生き、てる?』
ウラニアさんとルッチが言い合いをしている最中、エルザが声をかけてきた。
「……生き、てるわ、アホ。勝手……に……殺すな……」
『そう……』
「どう、すんだよ……これ……俺も、動けねーし……お前の、魔法も、使えなくされて……もう……」
現状、身体はボロボロであり身動きも取れない。エルザの攻撃魔法も封じられて、使えそうのは"
『……しょーが、ない、わね。正直、やりたくは、なかったん、だけど……』
俺が諦め半分に言ったことに対して、エルザがそう返してきた。まるで策があるかのような言い方だ。
「なん……だよ……手があんなら、勿体ぶるな、よ……」
『うっさい……これ、は……正直……アンタに、丸投げ……するんだから……』
「は、はあ……?」
『い、良いから、聞きな、さい……』
そうして、俺の頭の中にはエルザの提案が提示された。その内容に俺は驚いた。驚かざるを得なかった。だが、エルザの声色は真剣だった。
「……お、前……本気、か……?」
『ア、ンタに、言われたくなんか、ないわよ……でも、もう……これしか……思い、つかないの、よ……あた、しは……みん、なの……仇を……取りたい……でも、もう……あたしじゃ、何にもできなく、て……この街も……何も、かもが……駄目になる、くらい、なら……手段なんか……選んで、られないの、よ……』
正直な話、エルザの案は本当に俺に丸投げするものであった。コイツだって、本当は自分の手でルッチの奴を倒し、仇を取りたい。
その言葉は本心だろう。わざわざこちらの世界にまで来て、ルッチを追っていたのだから。
それでも、今の状況。自分一人ではどうしようもないのであれば、他の人間に……俺に、託すしかない。
『……お願い……よ……』
枯れそうな声で、エルザはそう言った。コイツがこんな風に頼んでくるなんて、初めてだった。それを聞いた、俺は……。
「…………ああ……解った……」
『……行く、わよ……』
「……おう」
俺の肯定の言葉を聞いた瞬間。エルザは息を吸い込んで叫んだ。
「『"
エルザが唱えたのが、この"
これはこちらの世界の住人である俺の身体の負傷、疲労等の情報の全てを、エルザに渡す魔法。つまり、この世界で受けた傷や痛み、疲労感や怪我の全てを、彼女が一手に引き受ける魔法だ。
協力してくれる異世界の人間に迷惑がかからないようにと、編み出されたものらしい。
『……ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!』
「エルザッ!!!」
頭の中のエルザが悲鳴を上げている。当然だ。今まで受けたダメージの全てを肩代わりしたのだから。
俺が想像している以上にエルザはボロボロになり、苦痛を感じている筈だ。
『うっ、さいッ! "
そして、エルザは苦悶の声を上げながらも、身体のコントロールを俺に渡した。
エルザからの提案は、至極単純なものだった。痛みを全て自分が引き受けるから、後は何とかしてくれと。それだけのものだ。
『あた、しが……ここ、までやった、のよ……ルッチを……ぶっ飛ばさなかった、ら……承知、しないん……だか、ら…………』
「……ああ、解った。解ったぜコンチクショウッ!!!」
エルザはそれ以降、何も話してこなくなった。それもあってか、俺は更に吠えた。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
そして俺は、手足に力を込める。ありったけの力を込める。手足を拘束している触手から、抜け出す為に。エルザに、報いる為にッ!
「んんん~~~? どうしたんだい、急にィ? そんな吠えたところで、この拘束が解ける訳ないだろうゥ? って言うか君、どうしていきなり元気になって……」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
今俺に出せる全力を、この全てにぶつけるッ! エルザが痛みを全部背負ってくれるっつーんなら……俺だって本気出さねー訳にはいかねぇぇぇッ!!!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「な……ッ!?」
「ッハァァァッ!!!」
脳の血管が切れるのではないかと思うくらいに俺は吠え、一心不乱に力を込めた結果、拘束していた触手を力任せに引きちぎってやった。
ブチィっという音が聞こえたと同時に、俺達の両手足が解放される。
「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああッ!!!」
ルッチが悲鳴を上げている。当然だろう。身体の一部が力任せにちぎられたのだから。ザマア見ろだ。
「き、貴様ァァァ! あれだけ痛めつけておいたのに、何故、どうしてそんな力が……ッ!?」
「テメーに答えてやる義理はねーんだよこのクズ野郎ッ!!!」
拘束が解け、地面に落下した俺は着地と同時にそのまま飛び上がり、ルッチの脳みそがむき出しになった本体に向かって拳を叩き込む。
何度も、何度も、何度も、何度もッ!
俺の怒りを、エルザの痛みを、ウラニアさんの悔しさを全て、この拳に乗せてテメーを殴るッ!!!
「オラァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「ぁぁぁあああああああああああああああああああああああッ!!!」
脳みそを、目玉を、触手を、腕を、俺は余すところなく拳の乱打を見舞い、殴って回った。ルッチが絶叫している。潰れる目玉も、変形する腕も、変な液体を撒き散らす脳みそも、全部だ。
そうしてひとしきり殴り抜いた後、ピクピクを身体を震わせ、声も上げることができなくなっている奴の真上に、俺は飛び上がった。
飛び上がったと同時に右足を真っ直ぐに上に上げ、落下と共に振り上げた右足を思いっきり振り下ろす。
「これで、最後だァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
奴の脳天めがけて、踵落としを叩き込んでやった。
俺の右の踵は奴の本体を容赦なく突き破り、そのまま地面へと振り下ろされる。
「ああああああああああああああッ!!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃいいいいいいいいいいいいッ!!! ワタシが、ワタシの身体がッ! 崩れるッ! 保てないッ! 何故ッ!? 何故ワタシがこんな目にぃぃぃいいいいいいいいいいいいいッ!?!?!?」
「因果応報だ、バーカ。全部テメーがやったことだろうが……」
まるで自分が被害者であるかのように振る舞っているルッチに対して、俺は吐き捨てるように言った。
「こんなんで南斎先生は戻って来ねえ……だが、だからと言って、何もしねーままテメーを許すなんざ真っ平ごめんだ。しでかした事を思い返して、迷惑かけた全員に懺悔しながら……報いを受けろ、クソ野郎ッ!」
「まだだァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
しかし、完全に身体が崩壊する直前に、ルッチは触手を振るった。すると山小屋が倒壊し、そのまま爆発が起きる。
俺達がその状況に怯んだ隙に、奴は崩れる身体から飛び出してきた。ウラニアさんと同じ、半透明の幽霊みたいな状態で。
「ッ! アストラル体になってまで、まだ……ッ!」
それを見たウラニアさんが声を上げる。俺もまさかまだ諦めていないとは思っていなかった。
「まだだ! ワタシの実験はまだ終わっていないッ! ワタシが死なない限り、実験は終わらないのさァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
叫び声を上げたルッチは、そのまま何処かへと飛び去っていく。俺もそれを追いかけようとしたが、
「ま、待ちやが……グハ……ッ!?」
全力全開の無茶をし過ぎた反動か、身体が一気に悲鳴を上げてきて、膝から崩れ落ちた。その瞬間、"
「く……あああ……」
「ッ!? エルザッ!? ユウさんもッ!」
「く、クソ……待て、待ちやがれ畜生ッ!!!」
俺の叫びは、虚しく空に消えていった。
結局、俺達の身体の状態を優先したウラニアさんは後を追うこともなく、ジュンジさん達に助けを求めに行くことになった。
俺もそうだが、特にエルザの状態が酷かったからだ。当然だろう。俺達が受けた傷の全てを一人で背負ったのだ。やがてうめき声も上げなくなった彼女を放っておくことなんて、俺でもできないと思う。
しかしこの戦いで、奴が行おうとしていた実験は阻止できたが、奴自身を取り逃がす形となってしまった。
悔しさももちろんあったが、奴の思い通りにさせなかったという点は、素直に喜べる。そう思っていた俺は酷い疲労感を感じ、そのまま意識を手放した。
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