第三話⑤ 隙ありィッ!!!


「居やがったなこの野郎ッ!」


『見つけたわよルッチッ!』


「ルッチ=ベルアゴンッ!」


 山の頂にたどり着いた俺たちは、頂上に作られていた山小屋を改造したであろうルッチのラボと思われる場所にたどり着いた。


 小屋の隣には巨大な装置があり、それは大きな台座とうねりを吸い込んでいる部分。そしてその上に取り付けられた大砲というか何と言うか、SF映画に出てくるレールガンみたいな砲身を持っていた。


 兵器にしか見えないその装置の前には、高笑いしているルッチの姿がある。俺達の声に気づいたのか、奴はゆっくりとこちらを振り返った。


「……おやおやァ? あなた達、どうしてここへェ? まさか、ワタシの怪電波を解除できたとでも言うのですかァ?」


『あったり前じゃない、このバカッ!!!』


 ルッチの言葉に食ってかかるエルザ。


『あたしはアンタに復讐するためにここまで頑張ってきたのよッ!? 舐めんじゃないわよッ!』


「ふ~ん……ま、どうでもいっかァ」


 エルザの怒号に対してさしたる興味もなさそうなルッチだ。だが、俺もそんな奴の返事なんざどうだって良い。


「どうでも良いのはこっちのセリフだッ! テメーにはきっちり落とし前つけさせてもらうぜッ! 南斎先生の仇だッ!」


『そして孤児院のみんなの仇よッ! 覚悟しなさいッ!』


「……あ~、うるさいなァ……」


 こちらの様子なんか意にも介さない様子で、ルッチは耳に指を突っ込んでいた。


「もう少しで試せるってのに……邪魔だなァ、君たち。さっさと退場願おうかァ……"異形ノ蝕みインジェクション"」


 そう言うや否や、ルッチポケットから取り出したうずらの卵のような黒い物体を飲み込んだ、するとその身体がビクビクと動きだし、変態を始める。


 身体の内側からコールタールのような黒い粘液が溢れ出したかと思うと、それは奴の身体を徐々に包み込んでいく。


「……"過剰摂取オーバードーズ"」


 もう一つの呪文のようなものが聞こえた瞬間。装置から一筋のうねりが身体を変化させているルッチに向かって伸びてきた。


 うねりが入った瞬間、一際その身をクネらせた後、ルッチだった物の身体は内側から大きく盛り上がっていく。


 やがて現れたのは山小屋に引けを取らない大きさで、むき出しの脳みその至る所から眼球が飛び出し、二本の太くて長い触手には無数の人間の口がついており、下部には太い人間の腕が四本生え、まるで足のようにその身体を支えているという、化け物としか言いようのない物体だった。


『な……によ、それ……ッ!?』


「あ、あり得ませんッ! "魔法使いノ支配ソーサラーインストール"の上に更に"異形ノ蝕みインジェクション"を重ねがけするなんてッ! なんて無茶なことを……ッ!」


「更にそこに、ワタシが集めた感情エネルギーを追加したよォ……そうやって無茶だなんだって言って何にもしようとしないから、君たちは進歩がないのさァ」


 エルザとウラニアさんの驚愕の声に付け加え、触手についた口から、ガラガラになったルッチと思われる声がする。


「もしかしたら行けるんじゃないか? こうしたら凄いんじゃないか? ……ワタシ達研究者にとっては、それだけでやってみる理由になるんですよォ! さあ、始めましょうかァ。ワタシの実験を邪魔しようとする愚か者達の始末をねェッ!!!」


「エルザッ!」


『解ってるわよッ!』


 言った直後から触手によってこちらを薙ぎ払おうとしてきたルッチ。エルザも即座に反応し、上へと飛んで迫りくる触手を回避した。


「エルザッ! あの装置の解析をッ!」


 この世界の人と同化したルッチの攻撃は、アストラル体であるウラニアさんには当たらないみたいだ。彼女も解っているのか、奴の一撃をすり抜けながらエルザに対してそう指示を飛ばす。


「『"魔道解析スキャンニング"ッ!』」


 指示を受けたエルザが、すぐに装置に向けて杖を向けた。呪文の後、一筋の光が装置に向けて放たれ、解析が始められる。


「おや、抜け目ないことですねェ。しかし……ワタシがそれをみすみす見逃すとでもォ!?」


「『な……ッ!?』」


 ルッチの身体にあるギョロっとした目玉のいくつもがこちらを睨んだかと思うと、その目から針のような細く鋭いものが発射された。


 これは、ショッピングモールに現れたあの異形の……ッ!?


「『"突風障壁エアリアルバリア"ッ!』」


 即座に魔法をキャンセルしたエルザは、それを防ぐための防御魔法を展開する。解析は進めたいが、だからと言って敵の攻撃を丸々受ける訳にもいかない。


「ほぅらァ。次はこれですよォ!!!」


 そしてルッチも攻撃の手を緩めてはこない。次にはついている目玉をボロボロと地面に落とし始めた。


 なんだなんだと思っていると、落ちた目玉がうねりながら人の形へと変わり、こちらを襲ってきたのだ。その数、十か二十か。


「変われエルザッ!」


『しくじったら承知しないわよッ!? "自己変遷チェンジ"ッ!』


 対人の近接戦になりそうだった為に、身体の操縦を俺に交代する。自分の身体の感覚が戻ってきた時に、目玉人間達の暴行が始まった。


「舐めんじゃねーぞオラァッ!!!」


 真正面から、俺はそれに受けて立った。正面から正拳突きを見舞ってくる奴の拳をかわして懐に入り、胴体に右、左と二発入れる。


 よろけたソイツの頭の部分を、右の回し蹴りではっ倒した。直後、目玉人間は溶け出し、蒸発していく。


 次に仕掛けてきた目玉人間の拳を腕で弾き、アゴにアッパーを入れる。勢いが止まり、無防備な胴体を晒したコイツの腹に向かって、今度は俺が正拳突きをかました。


「く……ッ!?」


『ちょっとッ!!!』


 その隙に、後ろから羽交い締めにされた。好機と見た相手が二人、左右からこちらに向かって殴りかかってくるのが見えて、エルザが声を上げる。


「オォォォラァッ!」


 俺は拘束されたまま、足だけを宙に上げて折りたたみ、左右から迫ってくる二体に対してそれぞれ右と左の足を開きながら思いっきり伸ばした。足での突きだ。


 まさか反撃されると思っていなかったのか、二体はそれぞれの顔面で俺の突き蹴りを受け、地面に横たわって蒸発を始める。


「いつまでくっついてんだ、この……」


 足を着地させた俺は一度首を前へと下げると、


「野郎がァッ!!!」


 思いっきり後頭部で後ろの奴に頭突きをしてやった。その衝撃で拘束が緩み、俺は腕を振り払う。


「ァァァアアアアアアアアッ!」


 声を上げながら、俺は拘束していた目玉人間の顔面と胴体に向かって、拳を連続で叩き込み、


「オラァッ!!!」


 トドメとばかりに上段蹴りを見舞ってやった。耐えきれなくなった目玉人間が倒れ、蒸発していく。


 次に仕掛けてきた目玉人間の蹴りを身をかがめて避け、その足を掴んだ。それを陸上のハンマー投げのようなイメージでグルグルを振り回し、


「喰らえやァッ!!!」


 こちらへ向かって来ようとしていた目玉人間らに向けて、投げつけてやった。ぶつかった目玉人間達は揃って倒れ込み、蒸発していく。


「隙ありィッ!!!」


「『な……ッ!?』」


 目玉人間を投げ終えたまさにその時、本体であるルッチが触手を振り回し、横向きに薙ぎ払ってきた。


 いきなり過ぎて避けることはできず、咄嗟にガードの為に腕を出したが、


「『ガハ……ッ!!!』」


 ロクに声も出せないまま、まるで車に撥ねられたかのような強い衝撃が身体に走り、カードした腕と周囲に居た目玉人間諸共、俺達はそのまま吹き飛ばされた。


 そのまま山に生えていた木々に激突し、そしてそれを破壊しながら飛んでいく。いくつかの木をなぎ倒したところで、ようやくその勢いはなくなった。


「逃しませんよォ……」


 やがて身動きが取れない俺達の元に、細く長く伸ばした触手とあの目玉人間らがやってきた。俺達がすぐに復帰できそうにないと見ると、


「『ガハッ! グハッ! ァァァアアアアアアッ!!!』」


 殴られ、蹴られ、そして触手によって鞭打たれた。倒れていた俺達はまともに反撃できないまま、ただひたすらに暴行を受けるしかなかった。


 苦しい息を吐き、血を吐き、悲痛な叫びを吐いても、それでもその暴行が止むことはなかった。


「エルザッ! ユウさんッ!」


 ウラニアさんの悲痛な叫びが、遠くからかすかに聞こえてくる。ひとしきり痛めつけられた俺達は何とか意識は保っていたが、身体中から痛みが走り、最早立ち上がることはできなかった。


 抵抗らしい抵抗もできないまま、俺達は触手によって引きずられていき、ルッチの前まで連れて来られる。


「ようやく大人しくなりましたかァ」


 そのまま触手で手足を拘束され、まるで十字架に磔になったかのような格好で宙吊りにした俺達を、いくつもの目玉が捉えていた。

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