第三話③ エルザから聞きましたか?


『……あったわッ! あれッ!』


 いくつ目になるのか解らないビルの屋上捜索をしていた際に、不意にエルザが叫んだ。


 俺にも見えている視線の先には、屋上にある避雷針の天辺に、バレーボールくらいの大きさがある黒い球体がくっついている。


 遠目から見ると元からそういうものなのかと納得してしまいそうになったが、近づいてみるとそれはまるで生き物であるかのように蠢いていた。


『……ちょっと。このスマホって奴、どうやって映像付きで連絡すんの?』


「ええい、変われ! 説明すんのも面倒くせえ!」


 そうしてスマホの操作に慣れないエルザと"自己変遷チェンジ"で変わった俺が、ジュンジさん達にテレビ電話を繋げる。


「もしもしジュンジさん、見えるか? さっきエルザが見つけたのがこれなんだが……」


『見えてるよ。ありがとう二人とも。スクリーンショットも撮ったから、これを探すように部下達にも伝える。調査の為にウラニアさんがそちらに行くから、少し待っていてくれ』


「わかった」


 少しして、俺達の元にウラニアさんが現れた。彼女はこの世界に実体を持てないが、逆にどんな建物や地形でも無視して一直線にこちらに来ることができる。


 ただ半透明な人間が空を飛び、壁を抜けて動いているなんて他の人に見られると騒ぎになるかもしれないのが、たまに傷だが。


「見つけたのですね」


「ああ、これだ」


「解りました。エルザ、やりますよ」


『了解よッ! 変わって!』


 そうしてエルザにスイッチした俺達は、その球体に向かって杖を向けた。


「『"魔道解析スキャンニング"ッ!』」


 すると今まで聞いたことのない魔法の呪文が唱えられ、杖からその球体に向かって一筋の光が伸びた。光が黒い球体に届くと、まるで木の枝を伸ばすかのように光が球体の至る所に向かって伸びていく。


 そしてその結果と思われる文字っぽいものが、空中に表示された。これはエルザ達の文字の言葉だろうか。見たことのないものだ。


 しかし俺は、"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"の影響なのか、それを読むことができている。ただ結構難しい言葉や専門用語っぽいのが並んでいるので、理解できているかと言われたら疑問だが。


「……ウラニアさん、これって……」


「……ええ。そうですね。急がなければならないかもしれません」


 置いて行かれている俺を余所に、二人はその文字を見て何やら唸っている。俺はイマイチ理解できていないのだが、何か解ったのか?


「ジュンジさん、聞こえますでしょうか?」


『聞こえています、ウラニアさん』


 少しすると、スマホの方に向けてウラニアさんが話し始めた。


「これは円状の一定範囲内に決められた電波を流し、それによって生じたエネルギーを集約、そして送信する役目を持っています。範囲の大きさとこの街全体を覆うことを想定した場合、かなりの数になると考えられます。ルッチが実験の本腰を入れる前に、全て破壊しなくてはなりません」


『了解した。球体の有効範囲から、ある程度の位置の目安はつけられますか?』


「大まかにはなると思いますが、おおよそは把握できる筈です。それとこの街の建物を照らし合わせれば……」


『わかりました。ユウ君、そちらのスマホに地図を送るから、すまないが君が地図にマークをつけていってくれないか?』


 ウラニアさんはこの世界の物に触れることができず、エルザは未だにスマホに慣れていない。俺に頼まれるのはある程度予想できたが、すぐに返事をできずにいた。


 隠し事をされていた、という先ほどのエルザの話を思い出してしまったからだ。


「……わかった。マークを付けて、また返事をする」


『……すまない。君には苦労をかけてばかりだ。だが今は緊急事態でもある。嫌な気持ちもあるかもしれないが、よろしく頼む』


 俺の声色に何かを察したのか。まるでこちらの心情を見透かしたかのようなジュンジさんの言葉に、俺は返事ができなかった。


『ちなみに見つけた球体はどう処理したら良いか?』


『変わって、ユウ』


 やがてエルザに促された俺は、"自己変遷チェンジ"でコントロールをコイツに渡す。すぐに杖を構えたエルザは、俺と共に呪文を口にした。


「『"風切エアリアルエッジ"ッ!』」


 直後、杖の先から曲線状の風の刃が放たれる。それは黒い球体を真っ二つにし、避雷針からはがれ落ちた。


 合わせて中の核と思わしきものも割れたのか、落ちた球体はジューっと音を立てながら蒸発していく。


『……うん。内側の核を壊せば大丈夫ね。ただ、その周囲は危ないと思うから』


「そうですね。刃物や飛び道具を使用してください。絶対に、素手で球体には触れないように。何があるか解りませんから」


『了解した。部下にはしっかりと伝えておく。では、よろしく頼む』


 そうして通話は切れた。少しすると、ジュンジさんからこの街の地図の画像データが俺のスマホに送られてくる。


 再度、"自己変遷チェンジ"で俺が身体の操縦権をもらうと、スマホを操作して地図の画像にマークを入れられるようにアプリを起動した。


 そのまま俺が操作をして画像を加工し、ウラニアさんの指示のままに黒い球体があると思われる場所に、マークを入れていく。


 しかし、急がなければという意識と、彼らに対する不信感がない交ぜになっていた俺は、ちょくちょくミスをしたり、話を聞き逃してしまってやり直したりするハメになっていた。


「……もしかして、エルザから聞きましたか?」


 失敗が増えている俺の様子から勘付いたのか、ウラニアさんがそう聞いてきた。俺はそれに対して、「……ああ」と短く返事をする。


「……そう、でしたか……ごめんなさい、ユウさん。貴方を騙す様な形になってしまって……」


「……別に。気にしてないさ。それよりもこいつを、さっさと終わらせちまおうぜ」


「……ありがとうございます」


『…………』


 その後の俺達は、必要なやり取り以外はしないままに、地図を作成していった。やがてまとまったマーク入りの地図をジュンジさんに送り、俺達は俺達で近くにあるやつを破壊して回ることになった。


 ウラニアさんと共に、俺達は宙へと飛び上がる。


『…………』


「…………」


 その時の俺達は、何も言わなかった。

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