第三話② 企みを阻止すんのが先だろ?


「いやぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!」


 最初に異変を感じたのは、大学構内で突然叫び始めた女の子がいたことだった。


 俺はカズヤとキョーコと一緒に、午前中にもう一つある講義の為に教室移動をしていたら、突如として辺り一帯に響き渡るような、つんざくような声が俺達の鼓膜を襲った。


「な、なんだなんだ?」


「ッびっくりしたぁ……一体なんだって言うんだよ、おい」


 俺とカズヤが声を上げつつ、キョロキョロと辺りを見渡している。しかし、俺達の見える範囲には、声の主と思われる女の姿はない。


「……あ、あれ!」


 やがてキョーコが何かを発見したのか、俺の服を引っ張りつつ指差して見せた。


 その方向を見ると、俺達の後ろ側で一人の女の子が耳を両手で抑えながら、文字通り暴れていた。


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!! ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 女の子は何もかもを振り乱しながらそう叫び、遂には自分で自分の頭を壁にぶつけ始めていた。それを見た周囲が慌てて止めに入り、彼女を拘束しようとしている。


「な、なんだ、ありゃ……?」


 俺もその様子には驚きを隠せない。暴れる女の子の様子が、本当に狂気にでも取り憑かれたかのような有様だったからだ。


 こ、怖ぇぇぇ……この状況もそうだが、何よりも女の子の必死の剣幕が怖ぇぇぇ。


 やがて少し経つと、暴れ回っていた女の子はまるで糸が切れた操り人形のようにプツリと意識を失い、その場に倒れ込んでしまった。その頭からは、黒い霧状の煙のようなものが出てきている。


 周りは救急車だ、医者を呼べ、と騒ぎになっていた。


「……うるさい、って……なんか聞こえたりしたか?」


「……ううん。あんな風になるような音なんて、聞こえなかったけど……」


 呆気にとられていたカズヤの疑問に、キョーコがそんなことはなかったと答える。確かにキョーコの言う通り、あそこまで取り乱すようなうるさい音なんて聞こえなかった。


 だいたい、そんなものが聞こえていたら、俺達だってパニックになっていたかもしれないしな。それがなかったって事は、発狂する程の何かがあの子だけに聞こえていたことになる。


 気を失った女の子が運び出されていく中、俺達はただただ顔を見合わせるだけであった。


 午前中はそれ以降特に何もなく、俺達は講義を受けて昼食を食べ、午後の講義に備えた。


 あのルッチとか言う奴も鳴りを潜めているのか、ショッピングモールでの戦い以降に異形騒ぎもなく、平和なものだ。


 同時に、俺にはある日が近づいてきていた。そう、エルザとの契約を破棄できるようになる日だ。


 もう少し経てば俺は晴れて、お役御免となる。


 ルッチに対して自分で落とし前をつけてやれなくなるのは残念であるが、それ以上に、危険に対して飛び込まなくてもよくなる、という安心感もあった。


 もうちょっとで解放される……俺のそんな淡い期待は、その日の午後に来たエルザからの電話であっさりと吹き飛んだ。


『さっさと来なさいッ! 今回はホントにヤバいのよッ!』


 焦った様子のエルザから連絡を受けた俺は、急いで彼女の待つ警察署へと足を運んだ。


 いつもの五階の部屋へやってきた俺を出迎えたのは、厳しい表情のジュンジさんとウラニアさん、リンさんとヨイチさん、そしてエルザだった。


 俺の到着を機に、ジュンジさんが話し始める。


「……最近。急に叫びだして発狂し、やがて意識を失い、その頭から黒い煙のようなものが出てくるという症例が相次いでいるのは知っているかね?」


「そ、それって……ッ!」


 その話を聞いた俺は、すぐに大学での出来事を彼らに話した。俺の話は、彼らの持っている情報と同じであった。


「……どうもこの街でだけ、そう言った理由で救急車が呼ばれている事例が増えている。それもいきなり。明らかに普通じゃないわ」


「こちらの調査では、隣町ではこういった症例は報告されていない。本当に僕たちの街だけなんだよ、この異常事態は」


 リンさんとヨイチさんが話を続ける。この街でだけの異常事態。そんなことがあり得るのか。しかしそれを聞いた俺は、一つ、思い浮かんだことがあった。


 憎たらしい顔で、近々大きなことをやると言っていた、あの男の存在を。


「……まさか……あのルッチって奴の仕業じゃ……?」


「おそらくはユウさんのおっしゃる通りでしょう」


 俺の想像を、ウラニアさんが肯定する。


「私たちの世界でルッチが事件を引き起こした際にも、似たような事態があったことがあります。あの時彼は、怪電波によって建物中の人間を発狂させたのです」


「…………ッ!」


 ウラニアさんの話に、エルザが拳を握り締めている。もしかして、ルッチが向こうの世界で引き起こした、エルザに関する事件のことなんだろう。


「その時は怪電波にあてられた全員が亡くなってしまいました。今回もその可能性があったのですが……」


「……しかし、今のところ死者の報告はない」


 ジュンジさんが話に割り込んだ。どうも以前とは勝手が違うみたいなのだ。


「意識不明となり病院に運ばれているが、発狂した彼らはまだ生きている。かなり危ない状態であることは間違いないが、少なくとも亡くなってはいない」


「それが前とは違うのです。そうなると彼の目的は殺戮ではなく……」


「……実験」


 ウラニアさんの言葉に、エルザが続けた。実験。確かに奴はそう言っていた。近々、大きな実験をやるから、俺達は後回しだと。


「実験……アイツは、ルッチはそう言っていた! これがアイツの実験の一環なのだとしたら……ッ!」


「エルザの言う通りです。これはおそらく、ルッチの実験とやらの前段階でしょう」


「前段階、とは……?」


 俺はウラニアさんに問いかける。その言い方だと、まるで次があるような感じがしたからだ。


「はい、ユウさん。ルッチはエルザの孤児院を襲った際も、二つの段階に分けていました。最初は一部の人達に異常が発生し、その後に全員が被害を受けました。つまり奴は、自身の実験をまず一部の人間で試し、問題がなければ全体へと範囲を広げる、という手法をよく取っているのです」


「なら、まだ今の内なら……ッ!」


「そうです、今ならまだ間に合う筈なのです」


 自らの内に湧いた希望を、彼女は肯定してくれた。奴の実験というものが一部で動作確認をし、その後に本命が来るのであれば。まだ確認中の今にそれを阻止できれば、これ以上の被害を防げる望みはある。


 そうと決まれば。


「おいッ!」


「解ってるわよッ!」


「「"魔女ノ来訪ウィッチドライブッ!"」」


 声を上げた俺に同調して、エルザも声を上げた。すぐさま手を合わせて変身の呪文を唱える。


 やがてエルザは光となって俺の中に入っていき、俺は女の子になった。


「怪電波をこの街全体に向けて発信するなら、怪しいのはビルや電波塔といった高い場所が考えられる。私たちは警察の人員で各所の電波塔を当たろう。君たちはビル等の背の高い建物を当たってくれ。何か見つけたら、すぐに情報共有だ」


「『了解ッ!』」


 ジュンジさんの提案を聞いた俺達は、杖を握り締めてから即座に五階の窓から飛び出した。ちなみに"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"後の身体のコントロールは、基本的にエルザからだ。


「『"風圧全速エアリアルブーストッ!"』」


 彼女が魔法を展開し、風によるブーストで一気に加速していく。


『……なんかアンタも、妙にやる気じゃない』


 空を風に乗って飛んでいると、不意にエルザが声をかけてきた。やる気だ? んなもん当たり前だろーが。


「まあな。あのルッチとか言う野郎が、俺の恩師をやりやがったんだ。そいつの企みのとありゃ、潰すしかねーだろ?」


『……そう……アンタ。もう今日から契約解除できるって事は……知ってんの?』


「……は?」


 エルザのその言葉に、俺はびっくりする。は? 今日? なんだそれ、聞いてないぞ?


「おい、どういうことだよ? もう少し先って話じゃなかったのか?」


『……本当は今日にも言うつもりだったんだけど。このルッチの奴の実験が始まった所為で、先送りにされたのよ。いきなり交代するのもアレだし、せめて、この事件が終わってからって……』


「なん、だよ、それ……」


 それを聞いた俺の中には、嘘をつかれたという嫌な気持ちがわき上がる。


 なんだそれ。エルザが知っているという事は、ジュンジさんやウラニアさん達も当然知っているんだろう。


 あれこれと口でこちらに謝っておきながら、結局は状況がどうとか言うことでこちらをだまし、やらせようとしてきたということだ。


 それならそうと言ってくれれば良いのに。俺はルッチに対する怒りも持っていたし、協力してくれと言われればすんなりオッケーもしただろう。


 なのに実際は、万が一断られたら困る、という理由かなんかは知らんが、こちらを騙して動かそうとしていたのだ。


 正直、気分が悪い。


「……つーか、なんでんなこと言うんだよ? 言わなきゃバレなかったんじゃねーのか?」


 そうだ。エルザがそんな事を言わなければ、俺は何も考えないままに向かっていく事ができたと思う。なのにコイツは、俺に向かってその事を暴露してきた。


 わざわざ俺にバラしてくる意味が解らない。


『……アンタにこれ以上、借りなんか作りたくなかったのよ……』


「……なんだそれ? 嫌がらせか?」


『ち、違うわよッ!』


 借りを作りたくないとか、エルザはよく解らないことを言いやがる。俺からしたらこっちの気分が悪くなっただけで、誠意を見せられたようには感じられん。


 そりゃ騙されてたと後から聞かされるよりは良いのかもしれないが、いっそ最後まで何も知らないままでいた方が、俺がこんな気持ちにならなくても良かったんじゃねーのか?


 中途半端にしてきたこれは、俺としてはエルザからの嫌がらせにしか思えないのだが、彼女は即座に違うと返してきた。


『その、あの……あ、あたし、ちゃんと……』


「…………」


『…………アンタに……えっ、と……』


「……もういいわ」


 モゴモゴと煮え切らない言葉を続けるだけのエルザに嫌気が差してきた俺は、口を開きかけたらしい彼女に対してそう言い切った。ただでさえ気分が悪いのに、待ってやる余裕なんかない。


 言いたいことがあるならさっさと言えば良いのに、いつまでもまごまごしやがって。


「言いたいことがあんなら、後で聞くわ。今はそれよりもルッチの奴の企みを阻止すんのが先だろ?」


『……解った、わよ……』


 俺のその言葉を聞いたエルザは、何故か少し不機嫌になりながらも、そう言った。なんだコイツ、勝手に不機嫌になりやがって。気分ワリーのはこっちだっつーの。


 面倒くさいと思いながらも、俺は思考を切り替える。今は騙されていたということやコイツに対する感情よりも、ルッチの奴の実験を止めるのが先だ。


 これ以上、南斎先生以外の犠牲なんざ、出させて堪るかってんだよッ!

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