第三話① じゅ~んび~は~だ~いじ~ィ


「じゅ~んび~は~、だ~いじ~ィ。お~きな、じ~っけ~ん」


 とある場所で、ルッチ=ベルアゴンは鼻歌を歌いながらせっせと動いていた。


 機材を並べ、魔法陣を敷き、一つ一つ丁寧に点検していく。自分が想定する動きをしてくれるのか、それを確かめる為に。


「ん~、い~い感じだねェ。街の各所に仕掛けたやつも……」


 指差し点検をしていた彼は、やがて視線を手元のタブレット端末の画面に移し、表示されている内容を確認する。


 そこに表示されていたのは、ユウ達が住んでいるこの街の地図であった。地図の各所に光の点が表示されており、それが点滅していることでしっかりと作動していることを表している。


 全ての光の点滅を確認した後、ルッチは満足そうに笑った。


「……問題なし、っとォ。さっすがワタシィ! 抜かりなしィ! 後はァ、非常用のアレがァ……」


 白衣のポケットをゴソゴソと漁る彼だったが、お目当ての物が見つからなかった。


 あれあれェ、っと周囲を見渡しつつ、他のポケットもひっくり返して探すが、彼の手に目的の物がヒットしない。タブレット端末をその辺に置くと、彼はあっちこっちを探し始めた。


「……あ、思い出したァ。ノリであの子にあげちゃったんだっけェ」


 床に膝をついてここにもないとそこにもないと探していた時、不意に彼の頭に目的のものの所在が思い浮かんだ。


 少し前に実験した子が、あの魔法取締局のヒロインにやられた癖に妙に感情を燻ぶらせていたから、これはよい研究材料になると思わず渡してしまったのだ。


 あれ以来まだ回復していないのか、渡したアレをその子が使ったという形跡はない。


「……ま、いっかァ。今回の実験が成功すれば、アレなんていらなくなるしねェ」


 そう言って、ルッチは早々とその事を頭から忘れた。それよりも大切なのは、自分の実験についてだ。


 今回の実験は、異世界のこの街を丸ごと使う大掛かりなものだ。理論自体はできていたのだが、ここまで大規模な実験をしようと思うと、彼らの世界ではやりにくい。


 だからこそ、ルッチはわざわざ異世界まで来たのだ。自分の提唱した理論が本当に正しいのかを、知るために。ただそれだけの為に。


「今回の実験が成功したらァ、結社でも高ァ~く評価されるだろうねェ……それ以上にィ」


 そこで、彼は一度言葉を切った。


「それ以上にィ! ワタシは知りたいッ! ワタシの提唱した理論が果たして正しいのか、それとも間違っているのかァッ! 一度は失敗しましたが、今度は改良もバッチリィッ! 知りたくて知りたくて知りたくて知りたくて……疼きが止まらないんですよォォォッ!!!」


 一人ぼっちで、彼はそう叫んだ。知りたい欲求が留まることを知らない。自分で思いついたこの方法が上手くいくのか、試してみたくて堪らない。


 彼の行動原理は、これだけであった。


「……さぁてェそれでは、始めましょうかァ……」


 ルッチはそう口を開くと、おもむろにタブレット端末を拾い上げて、ニヤ~っと笑った。


 画面をフリックしながら操作していき、やがて「始めますか?」というポップアップ画面が表示される。


「もちろんさァッ!!!」


 ルッチは何のためらいもなく、それをタッチした。するとその瞬間。部屋の中の一部の機材が動き出し、それに合わせて敷かれた魔法陣の一部が光り始め、回転する。


 その光の中で、彼は高らかに宣言した。


「さぁぁぁてェ! 実験開始ィィィッ!!! ヒャーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」


 彼は笑った。面白くて、楽しみで、どうなるのかワクワクして、彼は笑った。


 胸の高鳴りが止まらない。知りたかった事をようやく知れそうという期待感に、彼は溺れている。いよいよ知ることができるとなれば、もう我慢なんかできなかった。


「ヒャーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!! ヒャーハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」


 狂ったように、彼は笑った。今この時では、誰も彼を止めることなんてできなかった。


 用意された機材と魔法陣が、与えられた役割をただただこなしていく。それがどんな結果を産むことになるのか。


 この時はまだ、誰も知らない。

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