第二話⑩ やっぱりこの女は大嫌いだ


「やあ、よく来てくれたねユウ君。待ってたよ」


「……どうも」


 あれから少し経ち、俺はジュンジさんに呼び出された。奴の情報でもまとまったのかと思いきや、呼び出されたのは居酒屋。


 なんだなんだと思っていたら、どうも俺とエルザが回復した快気祝いとのことだった。


「ユウ君も成人してるなら、お酒くらい行けるだろう? まずはビールで良かったかな?」


「えーっと、まあ……」


「じゃ、ユウ君はビールね。エルザちゃんもビールで良いかな?」


「……ビール?」


「あ、そうか知らないのねエルザちゃんは。これは楽しみ楽しみ。ヨイチ、エルザちゃんもビールでお願い」


「了解です、先輩」


 リンさんの一言で、全員最初の一杯はビールとなった。ヨイチさんが店員を呼び、全員分のビールに加えて、いくつかおつまみを頼んでいる。


 今この場にいるのは、俺、エルザ、ジュンジさん、リンさん、そしてヨイチさんの五人だ。ウラニアさんはどうしたのかと思って聞いてみたら、ルッチの関係で一度異世界に戻っているらしい。


 座敷の個室に案内されたため、他のお客さん達の声も聞こえないことはないが、そこまでうるさいものでもなかった。


「……良いのかよ? 飲み会なんかしてて……?」


 不安に思った俺は、思わず口に出した。あのルッチという奴が、近々大きな実験をすると言っていた。何かをやらかそうとしているのは明らかだ。


 それに恩師を殺したアイツに一発入れてやらなきゃ、俺の気が済まない。こんなのんびりしていて良いんだろうかと、俺には焦りの感情があった。


 そんな俺の内心を見抜いたのか、ジュンジさんが優しげに話しかけてくる。


「……気持ちは私も解っているつもりだ。君のお陰で身元が判明し、住んでいたと思われる家にも向かったが、既にもぬけの殻だった。何かをしようとしている奴がいるのに、行方が掴めない。焦る気持ちもあるだろう。

 ……でも、だからこそ、一息入れようじゃないか。上手く行かない時に無理やり何かをしても、そういう時に進展なんかほとんど望めない。それに、君もエルザさんも病み上がりだ。こんな状態で探したところで、不安があるだろう?」


「まあ、そう、だけど……」


 ジュンジさんの話は、まあ、わからなくもない。焦っている時に何かしたところで、上手くいくことなんてほとんどない。一度気分を入れ替えるのも、一つのやり方なんだろう。


 それは解る。解らない訳ではないんだが……そんな俺の目の前に、ドン、っと中ジョッキが置かれた。


「まずは飲もう! 話はそれからよ」


「もー、先輩ったら自分が飲みたいだけじゃないですかー」


「それもあるわね!」


 ジョッキを置いたリンさんとヨイチさんが、そんなやり取りをしている。


 いつの間にか注文が届いており、人数分のビールの他にもサラダやだし巻き卵、枝豆や串物といった料理が机の上に並べられていた。


 何となくだが、気を遣ってくれているようにも思えた。


「……そう、だな。今日はまあ、飲もうか」


「そうそう。たまにはガスを抜いて、一息つくのも大事だよ」


 俺の言葉に、ジュンジさんは笑顔になった。


 ふと見てみると、エルザもブーたれているのが見える。コイツはコイツでルッチとやらに因縁があるみたいだし、じっとしていられないという様子だ。


「エルザちゃんも、今日くらい良いじゃない。せっかく他の世界のお酒なんて、珍しいものが飲めるんだから」


「……わかったわよ」


 しかし、リンさんに諭されたっぽいエルザは、顔をしかめたままグラスを持つ。勧められたから仕方ない、という様子がアリアリと解った。


「……って言うか、こんなシュワシュワしてて金色で、しかもクリームみたいな泡が乗ってるモンなんて……美味しいの?」


「美味しいわよぉ!」


 訝しげにビールを見つめているエルザに対して、ニッコリと笑っているリンさん。


 この人、多分相当お酒が好きなんだろう。すぐにでも飲みたくてウズウズしているのが、俺にまで伝わってくる。


「……では、僭越ながら私から乾杯の挨拶を。回復したユウ君とエルザさん、そして日頃のみんなの頑張りを祝して。乾杯!」


「「「乾杯ッ!」」」


「か、乾杯」


 ジュンジさんの音頭で、俺達はグラスをチンっと合わせた。エルザはちょっと慣れていないのか、控えめだった。


 そんな事は気にせず、俺は中ジョッキに注がれたビールをクイっとあおる。


「……っぷハァ」


「おお。ユウ君、飲めるね」


 流石に一気には飲み切れず、ゴクゴクと二飲みくらいしたところで俺は一度息をついた。


 そんな俺の飲みっぷりを見て、ジュンジさんが嬉しそうに声を上げている。


「……まあ、別に酒は嫌いじゃないんで。まだビールの美味さは、あんましわかってねーんだけど」


「ビールは味わうのではなく、ゴクッと飲んじゃうものさ。ほら、リン君みたいに」


 そう言われてリンさんの方を見てみると、そこには中ジョッキを半分くらいまで一気に飲み干した彼女の姿があった。


「……っぷハァァァ! あー! 生き返るわぁ……」


 な、なんちゅう飲みっぷりだよおい。中ジョッキって結構入ってる筈なんだけど、もう残り半分じゃねーか。


「ヨイチ~。なくなる前にお代わりよろしく~」


「はいはい了解です」


 そしてヨイチさんはと言うと、一口ずつゆっくり飲みながら、枝豆や串物のおつまみを楽しんでいるみたいだった。注文もこなしつつなので少し忙しそうだったが、それはそれで楽しんでいるように見える。


 と言うか申し訳ないが、見た目が子どもにしか見えないヨイチさんの目の前に中ジョッキがあることに違和感しかない。これって絵面的に大丈夫なんだろうか?


 そーいやビール初めてのエルザは、どうしたんだ? 異世界人の彼女は、今日が初ビールだ。一体どんな感想を持つのか、気になるところ、だ、が……。


「ング、ング、ング、ング……っぷハァァァァァァアアアアアアッ!」


 そこには一人で中ジョッキを一気飲みし、おっさんのように盛大な息をついているエルザの姿があった。


 いやウッソだろお前。お酒好きっぽいリンさんですら半分しか飲んでなかったんだぞ? つーか今日がビール初めてなんだよな、マジで。


 あと良い子のみんなはお酒のイッキ飲み、ダメ、絶対。危ないから。エルザはこういう事をしても大丈夫な特殊な訓練を受けています。多分。真似しないように。


「何これ美味……あたしの分のお代わり、もらえる?」


「う、うん……今頼むね……」


 あまりの勢いの良さに、ヨイチさんが若干引き気味だ。いや、俺も引き気味だから気持ちはよく解る。


 やがて届いた二杯目を、エルザは引っ掴むように奪い取ると、勢いよくそれを飲み出した。そして飲みきった。


「……っぷハァァァァァァアアアアアアッ! 最っ高ッ! 美味い! 美味すぎる!」


「あら! エルザちゃんったらイケる口じゃない! 私も負けていられないわね!」


 それに触発されたのか、リンさんもゴクゴク飲み始めた。


「っぷハァァァ! やっぱりビールは命の水ね! これだからやめられないのよッ!」


「リンさん! これ凄い、凄いです! あたし、この世界に来て良かったッ!」


「あったりまえよ! これがあるから、仕事も頑張れるってもんじゃない!」


「解る! 解るわその気持ち! こんな美味しいものがあるなんて……いくらでも頑張れそうッ!」


「合間におつまみを挟むと美味しさ倍増よ! さあエルザちゃん! ジャンジャン飲むわよッ!」


「もっちろんッ!」


 俺とヨイチさんの腰が引けている中、女性陣が何やら盛り上がっている。勝手にドンドン頼まれていき、いつの間にか空のジョッキグラスが乱立してる。


「はっはっはっはっ! 良いねぇ、飲み会らしくなってきたよぉ」


 ジュンジさんはそんな光景を見て笑っていた。赤い顔しながら、少し焦点の合ってなさそうな目でこちらを眺めている。


 調子こそあんまし変わってないが、この人も酔ってんじゃないか?


「ちょっとヨイチ~、聞いてよ~、私もうすぐ良い歳なのに、彼氏できないの~、知ってんでしょ~……?」


「い、いや先輩。先輩なら良い人なんてすぐに見つかりますから……」


「そう言って何年経ってると思ってんのよ~……私の、何が、駄目だって言うのよ……う……ううう……うわ~ん!」


「せ、先輩! 泣かないでくださいって!」


 いつの間にかリンさんに絡まれているヨイチさん。先ほどまでの威勢が良さは何処へやら。途端にしおらしくなった彼女は、ネガティブな発言を繰り返している。


 お酒は人を変えるのか、それとも人の本性をお酒が暴くのか。どっかで聞いたことあるフレーズが頭に思い浮かんだ。


 わからん、とそう思っていたら、不意に肩に手を回される。


「ちょっとユウ! あたしの話聞いてんのッ!?」


 顔を真っ赤にしたエルザだった。側にはいつの間に頼んでいつの間に空けたのか、恐ろしい数の空いたジョッキが並んでいる。


 つーかクサッ! 息が酒臭いッ! どんだけ飲んだんだよお前ッ!?


「いや、聞くも何も話なんてしてなかっただろ、お前……」


「ハァァァ!? アンタの分際であたしに逆らう訳ッ!?」


「逆らうも何も話なんかしてなかったっつってんだろーがッ!」


「良いから飲みなさいよッ! それとも何ッ!? あたしの酒が飲めないって言うのッ!? 信じらんないッ!」


「オメーに注がれた覚えもねーんだよこの酔っ払いがァッ!」


「うっさいッ! 良いからあたしの話を聞けっつってんのよバカッ!」


「だから話って何だって聞いてんだろうがゴラァァァ!!!」


「どうせ私はいき遅れなのよ……みんなが結婚だの出産だの子育てだのしてる内に、一人寂しく昇進したりしてるんだわ……うう、ううう……ッ!」


「そ、そんなことないですからッ! 先輩は魅力的ですからッ! って言うか昇進は確定なんですか!? 何でッ!?」


「じゃあヨイチが私を貰ってくれる訳ッ!?」


「い、いえ、それはちょっと……」


「うわ~ん! やっぱり私なんて~!」


「あーもう! 泣かないでください先輩ーッ!」


「大体なんでアンタみたいなのとあたしが共鳴率マックスなのよッ! 何、アンタあたしの身体目当てでデータ改竄したりしてるんじゃないッ!? 最低ッ! 変態ッ!」


「身に覚えのない罪着せてんじゃねーぞこのペチャパイがァッ!」


「ハァァァァァァッ!? アンタ今何つったァッ! それを言ったら戦争よ戦争ッ! 自分が巨乳だからって調子こいてんじゃないわよッ!!!」


「誰の所為で巨乳になったと思ってんだよッ! お前の所為で友人がハァハァしながら俺の画像集めるようになっちまったんだぞッ!?」


「ほら! 画像なんか集めて、やっぱりあたしの身体目当てなんじゃないッ! 痴漢ッ! ケダモノッ! この貧乳信者ッ!」


「テメーのじゃねーよッ! どこに耳ついてんだっつーか俺は巨乳マイスターだァァァアアアアアアッ!!!」


「はっはっはっはっ!」


 出されるお酒とおつまみをしっちゃかめっちゃかにしながら、俺たちの飲み会はお店の閉店の案内が来るまで続けられた。


 リンさんはひたすらにネガティブな発言をし続け、ヨイチさんがそれを必死にフォローしている。ジュンジさんは俺達の様子を楽しそうに見つつ、自分の分をキッチリ確保してお酒と食べ物を楽しんでいた。


 そしてエルザだ。一体どれだけ飲んだかわからないくらい飲み散らかし、散々俺に難癖をつけた挙げ句、終いには暑いとか言い出して脱ぎ始めやがった。


 俺が必死に止めようとすると、「いやァァァ! 犯されるゥゥゥッ!」とか叫びやがった所為で、店員が泡吹いて飛んでくる始末だ。


 店員に必死になって弁解していたら、その途中でエルザが俺の頭に自分の頭を置いてもたれかかって来たかと思うと、


「……オロロロロロロロロロロロロロロ……」


「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああッ!!!」


 そのまま俺に向かって吐きやがった。ヌメヌメした液体が頭から身体に向かって流れてくる。


 酸っぱい臭いが漂ってきて耐えきれず、俺は思わずもらいゲロをしてしまった。


「……オロロロロロロロロロロロロロロ……」


「……オロロロロロロロロロロロロロロ……」


「うわぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 俺のゲロに反応して、エルザも再度リバース。絶叫したのは店員だった。俺達は揃ってゲロを吐き散らかし、エルザと自分のとで身体中ギトギトになってしまった。


 なお、当の本人はと言うと、


「……くー……スピー……」


 そのまま俺の頭の上で寝やがる。衣服は脱ぎかけの乱れたまま、吐いてスッキリしたという顔で、ご丁寧に鼻ぢょうちんまで出して。


「……て、テメーふざけんなゴルァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 吐き終えて肩で息をしていた俺の叫びが居酒屋に響き渡る。やっぱ俺、この女のこと大嫌いだ。

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