第二話⑨ アイツだけは許さねぇ
「何を怒ってるんだいィ? あんたにも関係のない人間だろう? ほら、この人間の顔なんか見たこともない筈だよォ?」
ルッチがそう言うと、彼の顔が変化する。それを見た俺は、目を見開いた。
何故なら、あまりにも知っている顔が、そこにあったから。
「確かなん、なん……なんばん? なんざん? ……なんだっけェ?」
「……おいお前」
また首をかしげているルッチだったが、俺は一つの嫌な予感が走っていた。間違いであって欲しい。そんな偶然がある訳がない。
とめどない思いは頭の中でグルグル回っていたが、それでも目の前に現れたその顔をみて、俺は聞かずにはいられなかった。
「お前が乗っ取ったとかいう人間……まさか、南斎ゼンジロウとか言う名前じゃないだろうな……?」
「……あーッ! そうそうそんな名前だった気がするゥ! スッキリしたよ、ありがとうッ!」
そして俺の最悪の予想は、このルッチという男に軽々と肯定された。その顔は俺の恩師である南斎先生のものだったのだ。
「……お前。南斎先生を、どうしたんだよ……?」
「どうしたってェ? "
南斎先生……最近変わってしまったと言われていた先生だったが、ようやく合点がいった。
そりゃあ、変わったなんて言われる筈だよな。
だって俺の知っている先生はいなくなり、代わりにルッチとか言う別人が入っていたんだから。
「……返せ。南斎先生を返せ」
「んんん? 君ィ、人の話聞いてたのかいィ? "
「…………そーかよ……よーく、よーく解ったッ!!!」
ルッチの返事を聞いた俺は、もう我慢できなかった。疲れた身体を無理やり起こし、踵を返してエルザの元へ向かうと、彼女の手を取る。
見ると、エルザの目もやる気に満ちていた。俺達はためらわず、呪文を口にする。
「「"
直後、エルザは光となって俺の中に入り、自分の身体が女の子のそれへと変身した。
そして、俺たちは声を合わせる。
「『お前(アンタ)だけは許さねぇ(ない)ッ!!!』」
現れた杖を握ったエルザがルッチへとそれを向け、魔法を放とうとしたが、
『カハ……ッ!?』
「エルザッ!」
身体は彼女の思い通りには動かず、それは叶わなかった。苦しそうに声を上げた彼女はそのまま、ガクッと膝をつく。
「駄目ですエルザッ! 貴女の魔力は今……それに身体の方も……ッ!」
『クソ……ッ! これ、しき……ッ!』
ウラニアさんの声があり、エルザが憎々しげに声を上げている。
エルザは魔力が切れかかっており、俺の身体も無理に無茶を重ねた為にボロボロだ。目の前に怨敵がいるのに、動くことができない。
なら、もう一回俺が無理やり……ッ!
「俺に変われエルザッ! あんな野郎……ぶっ飛ばさなきゃ気が済まねぇッ!」
『……ッ! む、無茶よ……アイツは、ただの異形なんかとは、格が違うんだから……ッ!』
「だからって野放しになんざしておけるかッ! コイツは、南斎先生を……ッ!」
「……んんん?」
モタモタしていたら、ルッチの奴がこちらを興味深そうに見ているのに気づいた。
「なんだァ、君たち? やけに違和感のない"
「うっせぇんだよ、このクズ野郎ッ!!!」
こちらの話なんか意にも介さず、自分の聞きたいこと、話したいことだけを押し付けてくるこのルッチ。そんな奴に律儀に答えてやる必要もないと、俺は吠えた。
俺の内には、もうコイツに対する怒りしか残っていない。
「早く変われよエルザッ! コイツは、コイツだけは……ッ!」
「落ち着けユウ君ッ! 相手の事もわからないままに突っ込むのは危険だッ!」
怒りに任せて突撃しようする俺を、ジュンジさんが抑えに回る。
「そうですユウさん、落ち着いてください! エルザ! 貴女ももう無理しないの! "
『で、でもウラニアさん、あたしは……ッ!』
「気になるなァ……なんなんだろうなァ、それ……ま、後でいっかァッ!」
こちらがてんでバラバラなやり取りをしていた時、ルッチは手をポンっと叩いていた。
「どうせこの後大きい実験をするんだァ! 君たちの事はその後にでも調べてあげるよォ! どーも寄り道しちゃうのはワタシの悪い癖なんだよねェ、反省反省……じゃ、また今度ォ!」
『逃さないわッ!』
「『"
無理矢理身体を動かし、エルザが魔法を放った。曲線状の風の刃が憎たらしい奴に向かって飛んでいったが、しかしそれは、あっさりとかわされてしまう。
エルザは悔しげに舌を打ったが、もうこれ以上立っていることも出来なくなったのか、俺達はそのまま座り込んでしまった。
「せっかちだなァ……ま、別にいいよォ。君たちをじっくりネットリ調べる日、楽しみにしてるからねェ! さーてさてさて、準備準備~っとォ……」
「ま、待ちやがれこの野郎ッ!」
俺の言葉も虚しく、ルッチは何処かへ行ってしまった。
「……とにかく、今日は一度お開きにしよう。彼については、ユウ君とエルザさんの回復。それに色々と状況を整理してから、だ」
「……そう、ですね。それが良いでしょう」
やがてそう口を開いたジュンジさんに、ウラニアさんも同意した。
今の俺達では何もできない。そんなことは頭では嫌と言う程解っている。それでも、恩師を好き放題された相手に対して何も出来なかったことは、俺の心に悔しさを残した。
「……クソッ!」
『……ああもうッ!』
エルザも同じだったのだろうか。俺達はほぼ同時に、言葉を吐き捨てていた。同時に、彼女が俺の身体を使って床を殴りつける。
「…………」
『…………』
そして、お互いに何か気まずくなる。そんなに仲良くもない相手と言葉が被ってしまって、何処となく居心地が悪い感じがした。
しかし、今日は一つだけはっきりした事がある。俺の敵が、ルッチという男だと言うことだ。恩師を殺したアイツを、俺は許さない。絶対にだ。
エルザもエルザでアイツには因縁がありそうだし。気に食わない奴だが、この部分では協力しても良いかもしれない。
「……お疲れ」
『……そうね』
短くそれだけやり取りをした俺達は、やがて"魔女ノ来訪(ウィッチドライブ)"を解いた。
期間はまだ残っている。俺はあのルッチとか言う奴をぶちのめすまではエルザに力を貸してやろうと、そう心で決めた。
アイツだけは、許さねぇ。
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