第二話⑧ 所詮は他人事なんですよォッ!
突然の笑い声に、その場にいた俺たちはビックリしていた。
声色からして男性のようだったが、その場にいるほとんどの人はそれが誰か分からなさそうであった。無論、俺も解らん。
しかしエルザとウラニアさんは、その声を聞いて厳しい表情を浮かべていた。
首を傾げる者がほとんどの中、やがてイベントホールの吹き抜けの三階の部分に、一人の男が現れた。
「凄い! 凄いよ君ィ! まさか改良型の私の作品を、こうまでしてしまうなんてねェ! やっぱりあのタイミングかなぁ!? ボコられて立ち上がった時に君、凄く強い感情を持ってたよねェ!?」
「だ、誰だ、お前……?」
現れたのは中年と思われるその男。黒いアフロのようなチリチリの頭をしており、グルグルメガネをかけている。紫色のシャツに赤いネクタイ、青いジーンズを履き、それらの上から汚れた白衣を着ていた。
いきなり現れた男に俺は面を喰らっていたが、エルザとウラニアさんは違った。彼を見た瞬間、彼女らは一斉に口を開く。
「貴方は、ルッチ……」
「……ルッチ=ベルアゴンッ!!!」
ウラニアさんに続き、エルザが声を上げた。その声には、強い怒気が込められている。耳を震わせたルッチとやらは、唇を尖らせていた。
「ん~~~? ……ああ、なんだい。聞いたことある声がすると思えば、取締局のおばさんじゃないかぁ。隣のお嬢さんはその部下かな……って、もしかしてワタシを追って異世界まで? ご苦労様だねェ」
「やっぱりアンタだったのねッ!」
とぼけた様子のルッチに対して、エルザが突っかかっている。
「あの異形の核を見た時にピーンと来たわッ! アンタには聞きたいことが山ほどあるッ! 大人しく捕まりなさいッ!」
「……誰だい、君ィ?」
怒りに身を任せているエルザに対して、ルッチは首を傾げている。
「なんだってワタシに向かって、そんなに怒ってるんだいィ? そんな強い感情でさァ。気になるなァ。ワタシ、君に何かしたっけェ? 親の仇って訳でもないんだしさァ」
「ふ、ふざけんなッ!!!」
本当に何も解っていない様子のルッチを見て、エルザが激昂した。
「アンタが、アンタ達の組織が、あたしの孤児院を皆殺しにしたんじゃないッ! 親どころか家族の仇よッ! 忘れたとは言わせないわッ!!!」
「…………。……ああ! ああ! あの実験した孤児院かァ!」
それを聞いて少し止まっていたルッチだったが、やがて声を上げる。
「思い出したよォ! そーかあの実験の時かァ! ……ってあれ? あの時の実験は失敗で建物にいた人間は全員死んだと思ってたんだけどォ……君、なんで生きてんのォ?」
「あたしだけ買い物で外に出てたのよッ! 戻ってきたらみんなが……みんなが……ッ!」
「……そう言うことかァ!」
やがて合点がいったように、ルッチは手を叩いた。その顔は、スッキリした、というのがぴったりな表情だ。
「良かったァ! 他にも失敗してたとかじゃなかったんだァ! うんうん、良かった良かったァ。まだ失敗があったのかと思って焦っちゃったよォ、このこのォ」
「黙りなさいッ!!!」
やがて、怒りに震えて声が出なくなったエルザの代わりに、ウラニアさんが叫んだ。
普段の温和な彼女から上げられたとは到底思えないその剣幕に、俺は身体を強張らせる。この人が、ここまで怒るなんて……。
「危険薬物の無断使用、異世界への無断干渉、エルザ達の孤児院でのテロ行為ッ! その挙げ句、反省した様子もないその振る舞いッ! 貴方を許すことはできませんッ!」
「……そ~言ってワタシの事、全然捕まえられない癖にィ。口だけはいっちょ前だねェ」
そう言ってウラニアさんの声を聞き流したルッチは、崩れた瓦礫に足を乗せて挑発的な態度を取っていた。
「……嘘……足を乗せている……?」
ウラニアさんが声を震わせる。一瞬、何のことか解らなかったが、ふと、以前の聞いたことを思い出した。
彼ら異世界の人は基本的にアストラル体と呼ばれる半透明の状態であり、普通であればこの世界の物に触れることはできない。それこそ俺とエルザのように、共鳴率100%でもない限りは、無理な話の筈だ。
にも関わらず、ルッチと呼ばれたこの男は、俺たちの世界にある建物に触れることができている。一体どういう事なんだろうか。
「……その身体……まさかッ!?」
「ん~~~? この身体がどうかしたのかい?」
首を捻る俺を他所に、何かを察したウラニアさんが再び声を上げた。対して、飄々と返事してみせるルッチ。
「"
「そ~だけど、何か問題あった? こ~しなきゃ、こっちの物に触れられないじゃないかァ」
「馬鹿をおっしゃいッ!」
聞いたことのない単語が出てきて、俺は首を傾げた。いつもエルザと行っている"
「"
ウラニアさんの言葉に、俺は背筋が凍る思いだった。
話題に上がっている"
つまり、対象となってしまった人間は記憶も性格も何もかもが上書きされ、身体以外の全てが消えてしまうという事だからだ。
「だからそれの何が問題なんだいィ?」
俺達の世界の人間からしたら、死とほぼ同義であるその行為について、ルッチは本気で首を傾げていた。
「消えるのはこの世界の人間でしょうゥ? ワタシにとって、縁もゆかりのない人間ですゥ。だったら別に……どうでも良いじゃないですかァ。
あなた達だってそうでしょう? 見ず知らずの他人が死んだところで、何の感慨も湧きやしない。可哀想なんて口にしていても、結局何にもやりはしないッ! 所詮は他人事なんですよォッ!
だから、赤の他人の生死なんて……ワタシの心はこれっぽっちも痛まないッ! 大事なのはワタシの実験の役に立つか否かッ! それだけなんですよォッ!」
「あ、貴方という人はッ!!!」
高らかに語り上げるルッチに対して、ウラニアさんは怒りに震える声でそう口にした。
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