第二話⑦ こんな所で負けてられないのッ!


「「「ァァァアアアアアアアアアアアアッ!!!」」」


 異形達が再び、全員で大声を上げている。それは勝利の雄叫びなんだろうか。


 薄っすらと残った意識で、俺はそんなことを考えていた。


「ひ、ヒロインさんッ!」


 カズヤの悲痛な叫びが辛うじて耳に届いているが、もう俺はそれに応えるだけの力が残っていなかった。


 あの後、多数の異形らに寄ってたかって攻撃を受けた結果、無様に地面に横たわっている。


 動けなくなって倒れ伏した俺を拘束する異形はいなかった。


 身体中から痛いという信号が脳に飛んできており、意識が飛んでないのが不思議なくらいだ。


『アッ……くっ……』


 フィードバックを受けているエルザも、苦悶の声を上げていた。


「い、生きてっか……エル、ザ……?」


『あ、アンタこそ……』


 口を動かすだけでも辛いこの状況。身体はボロボロ。立ち上がる力すら、残ってはいない。


 互いに戦意は衰えていないとはいえ、これは最早詰みという状況なんじゃ。


『まだ、よ……あたしは、こんな所で……負けて、られないのッ! 代わりなさい、ッ!!!』


 しかしまだ戦意の衰えていないエルザから、強烈な意志が込められた言葉が発せられた。その勢いに圧された俺は、即座に交代の呪文を唱える。


「"自己変遷チェンジ"ッ!」


 そうして、俺は身体の制御をエルザに明け渡した。


 操縦を交代したからと言ってダメージが無くなる訳もなく、相変わらず倒れ伏してはいるのだが、


「『それは母なる星をも飲み込む、大いなる風の……』」


 かと言って魔法が唱えられない訳ではない。口を動かして詠唱を唱えることくらいなら大丈夫そうだ。


 あとこれ、今まで聞いたことのない詠唱だな。なんか風も周囲でうねり出してるし、これがエルザの奥の手なんだろうか。


 しかし、


「『ったァァァッ!?!?!?』」


 言葉の途中で恐ろしいまでの頭痛が走り、詠唱が中断されるっつーか痛ってェェェッ!?


 ただでさえ身体もボロボロなのに、なんつー追い打ちだよッ!


「ッてぇなァッ!? んだよ今のはッ!?」


『う、うっさいッ! じ、上級魔法も、この共鳴率なら上手くいくと思ったのに……』


 何やらボヤいているエルザだが、こんな状況でミスとか、マジで勘弁してくれ。ただでさえ、余裕のねー勢いだっつーのに……。


『……ああもうッ! 解ったわよッ! なら、こうしてやるわッ!』


「『彼方より吹きつけしその暴威は、通り過ぎゆく最中に万物を切り裂き、一片すらも後には何も残さん。一切を吹き抜ける慈悲なき風よ。今ここに吹き荒れんッ!』」


「「「ッ!?」」」


 俺らの異変に気づいたのか、勝ち鬨を上げていた異形達がこちらを振り向き、トドメを刺しに来ようとしている。


 だが、遅い。エルザの方が早い。


「『"暴威豪風アクセルテンペスト"、"六連ヘキサ"ァァァアアアアアアアアッ!!!』」


 三度目となるエルザの持つ強力な風魔法が異形らを襲った。しかも今度のは、今までのとは訳が違う。


 室内なのにそれこそ建物ごと全てを吹き飛ばさんとする強風が巻き起こり、ショッピングモールの備品や壁の一部、そして異形らを風の刃がまとめて切り裂いた。


 いや、切り裂いたなんて言う表現じゃ足りない。異常なまでに渦巻いた風は、無数の異形達をまるでミキサーにでもかけたかのように、粉微塵にした。


 そのドサクサに紛れて、カズヤを抑えていた異形も切り裂くことができた。


「今のうちに逃げろッ!」


「ッ! は、はいッ!」


 必死に絞り出した俺の叫びが届き、カズヤは一目散に逃げ出した。


 異形達が俺らをボコったことで気を抜いたのか、カズヤを抑えが緩くなっていたのも幸いした。


 これで、人質はいなくなった。


『ど、どんなもん、よ……ち、中級魔法の、連続行使……やって、やった……わ……よ……』


「お、おいッ! エルザッ!?」


 声がどんどん小さくなっていくエルザに、俺は不安を覚えて声をかける。声色だけでも、明らかに状態が悪いのが解った。


『う、うっさい。"自己変遷チェンジ"』


 そして、身体のコントロールを俺に渡してきた。声はほとんど聞き取れないくらいになりそうだったが、まだ辛うじて意識はあるみたいだった。


『ま、魔力が、ヤバくて……少し、休む、わ……あと、よろしく……』


 やがて先ほどエルザの魔法で切り裂かれた異形達も、一部は核ごと粉微塵になって死んだが、核が無事な奴らは、また人型に再構成されている。


 だいぶ数は減ったとは言え、まだ奴らは残っている。


 ……エルザがあそこまで意地を見せたんだ……俺、だって……ッ!


 身体中の痛みを全て無視して、俺は無理矢理起き上がった。各階から俺を見てくる異形達に向かって、俺は吠える。


「……ああ、クソッ! やってやんよオラァ! どいつもこいつもかかってこいやァッ!!!」


 そして三度襲いかかってきた異形達の群れに、俺は正面から飛び込んで行った。



「状況はどうなっている!?」


 ジュンジ警部が声を荒げた。通報を受け、ユウとエルザを先行させたは良いものの、未だに彼らが出てくる様子はない。


 万が一、ショッピングモールから異形が出てきた時に少しでも時間を稼げるようにと、周りは警官隊で包囲しているのだが、これでも大した効果はないのだろう。


 それこそミサイルのような兵器を用いればまだ違うのかもしれないが、異形という異世界の化け物相手に、現代の一般警察では限界があった。


「……エルザからも応答がありません」


 ジュンジの側のパトカーの中で、ウラニアが口を開く。半透明の彼女は目立たないようにと車内にいるのだが、エルザから来ていた報告が途絶えたそうなのだ。


「……不味い状況かもしれません。ユウさんは一般人ですし、万が一、エルザがやられてしまえば……」


「……クソッ! 直ちに救出部隊を編成する!」


「私も同行しますッ!」


 頭に浮かんだ最悪の想定に、ジュンジは悪態をついた。ウラニアも声を上げている。いくら共鳴率が高かろうが、ユウは一般人だ。


 エルザのフォローがあれど、そのエルザがやられてしまうような相手なら、最早無事は望めない。


 リンやヨイチを入れ、姿を消したウラニアを同行させ、自身が指揮を取ってジュンジ達はショッピングモール内へ強行突入をかけた。


 中は悲惨な状態であった。様々なテナントのレイアウトはぐちゃぐちゃになり、品物が辺りに散乱している。


 壁は崩れ、窓ガラスは割れ、まるで大地震にでも遭ったかのような凄惨さだ。


(無事でいてくれよ……ッ!)


 そんな光景を尻目に、ジュンジ達は彼の無事を祈りながら、通報内容から異形がいると思われる一階のイベントホールを目指す。


 やがて曲がり角を曲がって、この先の正面が吹き抜けのあるイベントホールが見えるところまで来た時。


「な……ッ!?」


 走っていたジュンジ達は、一斉に足を止めた。全員が全員、目の前の光景を見て、驚きの声を上げている。


「ウソ……」


「な、なんですかアレッ!?」


 リンもヨイチも、開いた口が塞がらないといった様子だ。


 何故ならそこには。


「……あっ、ジュンジさん」


 大量の人型の異形と思われる屍がそこかしこに散らばっている中、その前に立っているエルザと合体したユウと思わしき少女が、こちらに背を向けて立っていたからだ。


 ジュンジ達に気づいたのか、彼女は首だけを彼らへと振り向いてみせる。


「ついさっき、終わったんです。これで、全部ですから……」


 その少女はそう言うとら手に持っている細かい何かを床にパラパラと落として、それを力任せに踏みつけた。


 すると、そこらじゅうに散乱していた異形らの屍の山が、みるみる内に蒸発していく。その後には、一人の男性が横たわっていた。


「ゆ、ユウ君……これ、は……?」


「……ハハハ。久々に、頑張っちゃいまして……」


 言葉を発したユウは、まるで電池が切れたかのようにその場に座り込んだ。やがて光が発せられ、一人になっていた彼らは元の二人に戻る。


「ッ! エルザッ!」


 そうして現れたエルザを見て、ウラニアは叫んだ。エルザは魔力の枯渇からか、まるで糸の切れた人形のようにその場に倒れたからだ。


「……あ……ウラニア、さん……ち、ちょっと魔力……使い、過ぎちゃって……」


「そんなになって! どんな無茶をしたんですか、貴女はッ!?」


 薄らと意識が戻ってきたエルザのその声に、ウラニアは心配そうに声を上げていた。この世界では触れることができない為、側で見守るだけであったが、もし触れられていたのなら抱きしめていたであろう勢いだった。


「コイツも、頑張って、くれたんですよ……だから、何とかしてやってください……」


「君は、大丈夫なのか?」


 リン達部下に異形になってしまった人間を回収に向かわせた後、ジュンジがユウに向かって話しかけてくる。ユウはユウで、身体中の傷の痛みと多大な疲労感から、その場に座り込んでいた。


「大丈夫、ですよ……あちこち痛みます、けど……ちょっとはしゃぎすぎただけですから……」


「……君は、一体……?」


 ジュンジは心に湧いた疑問を、素直にぶつけた。共鳴率が高ければ身体操作の交代ができると、彼も知っている。


 気を失っていたと思われるエルザがあの様子であるならば、先ほどの異形達の群れを倒したのは、このユウということになる。


 数多の異形をなぎ倒していた先ほどの光景は、とても巻き込まれのただの大学生とは思えない。


「俺……昔、ちょっと……頭を金髪にしてやんちゃしてた時がありまして…………猛虎って、知ってます……?」


「ッ! あ、あれは君だったのかッ!?」


 その通り名を聞いたジュンジはびっくりした。"猛虎"と言えば、警察内でも有名であった不良だ。


 素人スジ者関係なしに喧嘩を売り、一人で一つの暴走族を潰したとまで噂されている、常勝不敗の伝説を持つ不良だ。


 その蛮行が目に余るという事で、警察の方もいよいよ動きだそうとしたその時、突如として猛虎は姿を消したのだ。


 当時別の課にいたジュンジにもその噂が聞こえる程であり、一説ではヤクザか何かに囚われて死んだのではないか、という話まであったくらいだ。


「ハハハ……まあ、そんな訳で、ちぃとばかし頑張っただけですよ……特に怪我とかはしてませんので……」


「そ、そうだったのか……でも一応、病院には行こう。何かあったら大変だからね」


「わかり、ました……エルザ、は?」


「……うっさい」


 ユウの声に、エルザは反応した。まだ立ち上がれてはいないみたいであったが。


「アンタなんかに心配される程、ヤワじゃないわよ……」


「……そうかよ。心配して損したぜ」


 ユウがそう言ってそっぽを向いた、まさにその瞬間。


「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」


 突如として、その場に笑い声が響き渡った。

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