第二話⑥ 身体の操作を俺に寄越せ


「『……暴威豪風アクセルテンペストッ!!!』」


 エルザが自身の持つ強大な魔法を放ち、のしかかってきていた異形を切り裂いた。


 この隙に逃げ出した俺たちだったが、切り裂かれた異形は再び人の形を作り、こちらへと襲い掛かろうとしている。


 このままだと、先ほどの二の舞になるのは目に見えていた。


『ゼェ、ゼェ、ゼェ……』


 加えて、頭の中のエルザも、辛そうな息遣いをしている。強い魔法を何度も使った反動だろうか、疲れているように見えた。


 それを感じた俺はここで、ある決断をしようとしていた。


「……おいエルザ。身体の操作を俺に寄越せ」


『ゼェ、ゼェ……は、ハア? あ、アンタ何言ってんのよ!?』


 案の定、俺の提案を聞いたエルザは、口調を強めた。


『遊びじゃないのよッ!? この危ない状況であんたに操作権を渡す訳には……』


「俺はこう見えて、空手の有段者……お前流に言えば、近接戦の訓練をしてたことがある」


 途中まで喋って、異世界人のエルザに伝わらないだろうと思った俺は、なるべく分かり易いように言葉を探す。


「さっきだって、俺は異形の攻撃に反応できた。異形も人間みたいな形で襲ってきてんだろ? 人間の形してるんなら、少しは場慣れしてる」


『で、でもあんたは、こんなの嫌だって……』


「当たり前だろ? 痛いのは嫌だよ。でも、相手がお前の手に負えなくて痛い目に遭うくらいなら、俺にもやらせろ。何もしねーままボコられんのは、もっと嫌なんだよ」


 何もしないままやられるくらいなら、出来るだけ足掻いてやる。黙ってやられるなんざ、性に合わねぇ。


 俺はそう言うと、もう一度言葉を強く出した。


「良いから代われ。これで怪我したって文句は言わねーし、ジュンジさんらに言いつけたりもしねーよ」


 すると、周りにいる人型の異形らが、一斉に襲いかかってきた。


「早くしろっ!!!」


『~~~ッ!!! あたしは知らないからねッ!!! "自己変遷チェンジ"ッ!!!』


 ヤケクソのようなエルザの声が聞こえた後、俺に自分の身体を動かせる感覚が戻ってきた。


 その瞬間に、異形が右ストレートを放ってきたが、


「ハァァァッ!!!」


 俺はそれを左腕で弾き、ガラ空きになった異形の動体にお返しの右正拳突きを見舞った。


「ガァァァッ!?」


 すると、殴られた異形がよろけ、同時に細かい破片のような何かが飛び出してきて、そして砕けた。


 その後、異形の身体は崩れ、泥のような液体となって床に広がっていく。


「たお、せた……?」


『な……ッ!?」


 俺とエルザは揃って驚きを隠せずにいた。まさか、俺の正拳突き一発で倒せてしまうとは。


『さっきの破片……それにこの様子……まさかッ!!!』


 何かに気づいたのか、エルザの声が反響する。


『この異形の核、細かく分解されてバラバラになったこいつら一人一人に入ってるんだわッ!』


 そんな声がこだまする中、新たな異形が向かってきている。


 右、左と今度は隙なく殴りかかってきており、どうもこの異形の核となった人物も武道の経験がありそうであった。


「……つまり、どうしろってぇ!?」


 それを後ろに下がりながらかわしつつ、俺はエルザに問いかけた。


『異形一体一体に核の破片が入ってる! それを壊せば倒せるわ! あたしの風魔法だと細かいとこ狙いにくいから……』


「つまり、全員殴り倒しゃいいんだなぁッ!?」


 それを聞いた俺は、両腕で頭を守るようしつつ下がっていた足を前に出し、殴りかかってきていた異形に自ら突っ込んでいった。


 急なタックルを食らった異形が吹き飛び、床に転がる。


「オラァ!」


 もちろん、その隙を逃す筈はなく、倒れこんだ異形の顔面に膝を叩き込んでやった。


 異形の顔がめり込み、その反動で浮き上がった足元から破片が飛び出す。


「これで二体目ェ!」


 その破片を拳で叩き落として割り、膝を叩き込んだ奴が動かなくなったのを見てから、再度立ち上がった。


 周囲にいた人形の異形達は、次々と襲いかかってくる。俺はそれを見て、ニヤリ、と笑った。


「……ひっさびさの喧嘩だが……俺は絶好調だぜ!」


 俺はそう叫ぶと、異形らの中に突っ込んでいった。一体を殴り倒し、もう一体からの攻撃を腕で防ぐと足を払い、態勢を崩したそいつの頭を踏みつける。


 殴りかかってくる異形の攻撃を身をかがめてかわし、無防備な腹に正拳突きを叩き込む。


 その後、ハイキックを見舞ってきた奴に蹴りで応戦し、逆にそいつの足の部分を蹴り飛ばしてやった。


『な、なによアンタ……その、実力は……?』


「こー見えて、中学の時は空手の県大会で優勝したこともあるんだぜ?」


『か、カラテ? ケンタイカイ?』


 異世界人のコイツにはイマイチ凄さが伝わなかったみたいだが、まあ良いだろう。


 すると、一体の異形が人型から形を饅頭形に変えた。もしかして……。


『ッ! 変わりなさいッ!』


「わ、解ったッ! "自己変遷チェンジ"ッ!」


 何かを察したのは俺だけじゃなかったらしく、エルザの声が頭で木霊した。俺はすぐに呪文を唱えると、身体の制御が効かなくなった。


 次の瞬間。その異形からあの針攻撃が乱射された。


「『"突風障壁エアリアルバリア"ッ!』」


 しかし、俺とコントロールをスイッチしたエルザが即座に防御魔法を唱え、それを防いだ。あっぶな。


『……どうやらあの形にならないと、針の攻撃はしてこないみたいね』


「……だな。っておい、来てるぞ! 変われッ!」


 すると今度は人型の奴が殴りかかってきた。"自己変遷(チェンジ)"で即座に主導権を得た俺は、その拳を弾き、お返しの一撃をたたき込む。


『……いけ、る……』


 近接戦を俺が担当し、遠距離になればエルザに交代。得手不得手がはっきりしているからこそ、俺達はためらいなく身体の操作を明け渡し、次々と異形を始末していった。


「……ああ……やれるな」


 頭の中でそう呟くエルザの声を聞き、俺はそれに応えた。手応えを感じているのは、俺も同じだった。


 このままならこいつらを倒せる。順調に数も減らせてるし、もう少しだけ頑張れば……。


「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああッ!!!」


 とそこで、一つの悲鳴が聞こえてきた。不味い、まだ誰かいたのか! 声色からして男だな。


 俺は声のした方を振り返ると、


「ひぃぃぃッ! た、助けてくれ~ッ!!!」


「なんでテメーがそこにいるんだァァァッ!!?」


 人形の異形に捕まり、怯えた表情で情けない声を上げているカズヤがそこにいた。俺は思わず声を荒げてしまう。


「お、俺はただ異形騒ぎがあったから、ひょっとして君に会えるんじゃないかってこっそり忍び込んだだけで……」


 恋するバカの行動力を舐めてた。異形がいるっつーのに、わざわざ忍び込んでくるバカがいるのか?


 居るんだよ、目の前になぁ! しかも、めっちゃ知り合いの特大のバカがよォォォッ!


「クソ……ッ!」


 俺は舌打ちをしながら、構えを解いた。異形の一体がカズヤを指差し、そしてその指をこちらに向けてきたからだ。


 こいつが無事かはお前次第だ、とでも言いたいかのように。


『ど、どーすんのよッ!?』


「……仕方ねぇだろ。ここは大人しくしてるしか……」


 両手を上に上げた俺は、憎々しげに異形らを見た。


 奴らは俺が抵抗しなくなったと解ったからか、互いにうなづき合った後にこちらへとやってくる。


 そのまま俺の両腕を真横に伸ばして、一体ずつで拘束してきた。


 少し身じろぎしてみたが、簡単には振り解けなさそうだ。


 そして異形の一体が、俺の正面に立つと、


「『ガハ……ッ!?』」


 腹に容赦のない正拳突きをかましてきやがった。


 一瞬、息ができないかのような錯覚に陥った後に、遅れて息が吐き出される。


「『ぶはッ! あっ……ゲボォッ!?』」


 顔面を殴られた。ローキックで足を痛めつけられた。かと思えば二人がかりで再度鳩尾を殴られて、胃液が逆流しそうになった。


 クソッ! コイツら、調子に乗りやがって……ッ!


 そんな俺の敵意をむき出しにした視線に気づいたのか、異形の一体が親指でカズヤの方を指差してくる。


「あ、あああ、お、俺のせい、で……」


「…………っせーな。男の癖に、ピーピー言ってんじゃねーよ」


 こちらを申し訳なさそうに見ているカズヤに、俺は笑いかける。


「心配すんな。こんなの屁でもねーよ……なあ、エルザ?」


『……と、当然じゃない』


 頭の中のエルザの声も、まだ意気込みはありそうだった。


『あたしはこれでも魔法取締局の一員よ? この、くらいで……ヘバってたまるもんですかッ!』


「……上等ォ」


 それを聞いた俺はニヤリと笑い、息を吸い込み直し、大声で異形らに向かって怒鳴った。


「オラァ! 来いよテメーらァッ! まだまだ元気いっぱいだぞコラァッ!!!」


「「「ァァァアアアアアアアアアアアアッ!!!」」」


 そして、異形達が一斉に、身動きの取れない俺に向かって襲いかかってきた。

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