第二話④ あたしの力を見せてあげるわッ!


 ジュンジさんから送られてきた場所は、なんと先ほどまでいたあのショッピングモールだった。


 中から驚いて逃げてくる人が大勢いる中、エルザがその人混みを飛び越えて中へと入っていく。


 異形の姿はすぐに見えた。一階にある三階まで吹き抜けになっているイベント会場にあるステージの上に、異形はいた。


 色は黒で同じなのだが昨日のやつとは違い、大きなお饅頭のような形で蠢いている。


『いたわね』


「そーだな……っとぉ!?」


 何もしていないのかと思われたが、その異形は不意に身体から細長い針のような物を打ち出してきた。


 エルザが咄嗟に避けてくれたので直撃を避けられたが、よく見てみると周りはその針攻撃を執拗に受けたためか、壁も床も装飾等もボロボロになっている。


『ふんっ。あたしに遠距離戦を挑もうなんていい度胸じゃない。魔法学校を主席で卒業したあたしの力、見せてあげるわッ!』


 そう頭の中で意気込んだ瞬間。目の前に異形の針が飛んでくる。


 このタイミングは避けられない。そう思って目を閉じようとしたが、今はエルザが俺の身体の主導権を握っているので目を閉じることすらできなかった。


「おいッ!」


『焦らないの、この素人』


 杖を前に向けたエルザは、余裕のある声色でこの状況を打破する魔法を唱えた。


「『"突風障壁エアリアルバリア"』」


 その瞬間、地面から風が吹き上げ、こちらに届こうとしていた針の全てがその風の壁に阻まれた。勢いを失った針が、パラパラと床に落ちていく。


『お次はこちらの番よ。あたしの風魔法の餌食になりなさいッ!』


 前に突きだした杖はそのままに、エルザが魔法を唱える。何か詠唱みたいなのを言ってなかったので、昨日見たあれだろうか。


 と俺が思っていたら、俺の口が一緒に動いた。


「『"風切エアリアルエッジ"』」


 それは俺の想定通りの魔法だった。昨日エルザが見せた、曲線状の風の衝撃波が放たれて敵を切り裂く魔法。


 昨日と同じように飛んでいったそれは、お饅頭状の異形の身体の一部を切り裂いた。


「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 身体を切り裂かれた異形が悲鳴のような咆吼を上げている。おお、効いているみたいだな。俺の感想をエルザも思っていたのか、得意げな声が響いていた。


『フフンッ。効果ありって感じね。おっと』


 すると、切り落とされた異形の一部からも、針攻撃が飛んできた。本体の方からも飛んできて二正面から撃ち込まれている形になったが、エルザは慌てていない。


『そんなの片方を避けて、もう片方は……』


「『"突風障壁エアリアルバリア"』」


『風で防いであげればほらこの通り。あたしにそんな攻撃は通用しないのよ』


 横合いから飛んでくる分裂した異形からの針を後ろに下がって避け、正面の本体から飛んでくる針については先ほどの風の障壁で防いだ。


 確かに、無駄のない見事な捌き方だ。こいつ、実は優秀なのでは?


『そしてあたしの風魔法、一体どれくらい耐えられるのかしらね? 魔力の貯蔵はまだまだ十分よ!』


「『"風切エアリアルエッジ"、"六連ヘキサ"ッ!』」


 いつもの呪文に加えて、もう一言付け足された。


 杖の先から放たれた曲線状の衝撃波は、六つ。乱れ撃ちのように不定期に異形へと飛んでいったそれは、異形の本体を七等分にした。


『どーよ? これで奥底に隠れてた核もすぐに見つけ……』


 そこまでエルザが言ったところで、彼女は声を止めた。それもそうだろう。バラバラにした筈の異形達から一斉に針が発射されたのだ。


 しかも乱射だ。まるでガトリングガンのように絶え間なく針が撃ち出されている。


「『"突風障壁エアリアルバリア"ッ!』」


『無駄無駄無駄無駄ァ! あたしにかかればその程度……』


 そして展開した風の障壁は、その全てを一つたりともこちらへ通さなかった。視界を埋め尽くさんと撃ち出されていた、針の全てを。


『朝飯前よッ!』


 凌ぎ切った所で、エルザは再度勝ち誇った声を上げた。


 確かに、凄かった。敵の攻撃の一切を防ぎ、自分の攻撃は有効打を与え、しかもエルザにはまだまだ余裕がありそうだ。


 この調子なら体力(魔力?)切れみたいなガス欠の心配も無いのだろう。俺はこの女の実力が、本物であることを認めざるを得なかった。


『一気に決めるわッ! アンタはあたしの活躍を泡吹いて見てなさいッ!』


 思い通りに事が進んで、エルザのテンションも上げ上げだな。まあ確かに。このままコイツの活躍を見てれば終わりそうだ。


 周りに人もいないため、昨日みたいに人質を取られたりという心配もないだろう。


 俺はそんな緩んだ気持ちのまま、コイツが唱える呪文を口にしていた。


「『彼方より吹きつけしその暴威は、通り過ぎゆく最中に万物を切り裂き、一片すらも後には何も残さん。一切を吹き抜ける慈悲なき風よ。今ここに吹き荒れんッ! "暴威豪風アクセルテンペスト"ォッ!』」


 昨日見せた、全てを薙ぎ払っていく豪風の魔法。杖の先から光が溢れたかと思うと、どこからともなく強烈な風が吹き抜け、八つに分裂していた異形の全てをバラバラに切り裂いた。


 吹き抜けになっていたフロアの至る所に異形の残骸が飛び散る。ここまでバラバラになってしまったのなら、流石に再起は不可能だろう。


『フフン! 勝ったわね』


「……ならさっさと帰ろうぜ?」


 落ちていく異形の残骸を見て勝ちを確信したエルザに向かって、俺は帰宅を提案する。終わったのなら、さっさと帰りたいのが本音だ。


『うっさい。まだよ。異形の核を完全に破壊してから……』


 そこまで言ったところで、エルザは言葉を止めた。何事かと思っていると、バラバラにした異形のそれぞれのパーツが独立して動き出し、その全てが人の形になったのだ。


 人の形になった黒い異形は、最早何体いるのかわからないくらいの数だった。


 一階から二階から三階から。飛び散った異形の破片の全てが人間を形作り、こちらに口以外のパーツがない顔を向けて自身の首を一回転させた後にニヤーっと笑うと、一斉にこちらへ襲いかかってきた。


「エルザッ!」


『くっ…….! この……ッ!」


 突如として遠距離戦だった戦いは、身体を使っての近距離戦になった。


 異形は針攻撃をせずに、殴る蹴る体当たりと肉弾戦を仕掛けてくる。エルザはそれに対して杖を振り回して寄せ付けないようにしているが、それだけでは多数の異形の攻撃は防げない。


「『ガッ……!?』」


 後頭部に衝撃が走った。振り返った時には、今度はさらにその後ろから。背中に蹴りを入れられる。


「『グハッ……!?』」


『こ、この……ッ!』


 お返しとばかりに杖を振るったが、そこには既に異形の姿はなく、後ろに下がっている。見事なヒットアンドアウェイだ。


『ッ!? こ、今度は正面から!?』


 かと思えば、今度は正面切って殴りかかってきた。


 しかし、それを見た俺は直感的に察する。正面のコイツからはこちらへ来ようとする気配が感じられない。


「ッ! ち、違う、コイツは囮だッ!」


 俺の言葉も遅かったのか、エルザはまんまとそれに引っかかり、正面からの攻撃を防ごうと杖を構えてしまった。


 次の瞬間、背中に鈍い痛みが響いてくる。


「『ぐぅぅぅ……』」


 見ると、真正面から来ていた異形はこちらの杖の射程外で止まっていた。フェイントだ。その代わりに横から強烈な回し蹴りが、俺達の背中を捉えている。


 正面に意識を割いてしまった為に、横合いが疎かになってしまったのだ。そのまま俺達は、そのまま先ほど踏みとどまった正面の異形の方へと吹き飛ばされ、


 ニタァ。


 っと口元を歪めた異形によって、両手を合わせたままの形で思いっきり上から下へと殴り下ろされた。


 正面の異形に向かっていた勢いをそのままに、俺達は後頭部を殴り下ろされて、床へと叩きつけられる。


「『ガハ……ッ!!!』」


 後頭部を殴られた衝撃と床に顔面から叩きつけられた衝撃が同事に来て、たまらずに声を漏らした。


 そのまま起き上がろうとしたが、それは叶わなかった。何故なら、異形達が次々にのしかかってきたのだ。


「ぐ、ぅぅぅううう……ッ! ど、どうすんだよッ!? こ、このままじゃ……」


 次々とのしかかってくる異形の重さに、俺達は立ち上がることができずにいた。このまま押し潰されてしまうのではないか、そんな不安さえ覚えてしまっている。


 それにしても、だ。


「つ、つーかお前ッ! 学校を首席で卒業したんじゃないのかよッ!? あんな見え見えのフェイントに引っかかってッ!」


 俺は重さに耐えつつ声を上げた。コイツはさっき、得意げに魔法学校とやらを主席で卒業したとか言っていた筈だ。


 なのにあの見え見えのフェイクに引っかかって、結果はこのザマである。一体どういうことなのか。


『うっさいッ! 近接戦とか杖術は苦手なのよッ! 文句あるッ!?』


「大アリだよッ! 開き直ってんじゃねぇッ!!!」


 この状況で聞きたくなかった情報である。しかも、だ。


「『"風切エアリアルエッジ"ッ!』」


 何とか杖を向けて魔法を放ち、人型になった異形を切り裂いても、真っ二つになった異形はそれぞれで独立して動き出して二体に増える。


 そしてそのままのしかかってくるのだ。倒すどころか全く効いていない気さえする。


「……人間は所詮、独りなんだよ」


 押し潰してくる異形の口から、そんな言葉が吐かれた。そうか、こいつも、元人間なのか。


「今まで独りで生きてきたんだ」


「死ぬ時まで独りなんてごめんだ」


「お前も一緒に死のうぜ?」


「一緒なら怖かねぇよ」


「なあ? そうは思わねえか?」


「どうせならみんなで死のうぜ?」


「みんなで死んだら怖くない」


「そうだろ?」


「「「一緒にあの世に行ってみようぜ?」」」

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