第二話③ 巨乳好きの行き着く先は
あの後。絶句していたキョーコが最初にしたのは、質問だった。
「……まずは聞かせて? ユウちゃん。その隣にいるわたしの知らない女の人は、だぁれェ?」
「……なんかアンタの幼なじみ、雰囲気おかしくない?」
「怒るとマジこえーんだよ。変なこと言うなよ?」
ちょっと目が虚ろっぽい感じもするが、それ以外はキョーコは普段通りだった。エルザが何かおかしくないかと聞いてくるが、うん俺もそう思う。なんか怖い。
「こいつはエルザ……あー、なんだっけ?」
「エルゼローテ=ヴィンセントよ。エルザで良いわ。っていうか何アンタ、人の名前も覚えてなかった訳? 失礼じゃない?」
「横文字の名前覚えるの苦手なんだよ。もう覚えたから」
「あっそ。やっぱ忘れてたんじゃない、失礼ね」
「うっせぇ」
「こんにちはエルザさん。ユウちゃんの幼なじみのキョーコです」
そう言って、キョーコはぺこりと頭を下げた。なんだ、いつものキョーコじゃないか。どこもおかしいことなんて無いぞ。
「それで? なんでユウちゃんとこのエルザさんが一緒にいるの?」
「まー、色々あってだな、こいつと一緒にいなきゃいけないことになって……」
次の瞬間。キョーコの纏う雰囲気が変わった気がした。
いや顔を上げた時の表情とか、立ち振る舞いが何か特別変わった訳じゃない。
ただなんとなくだが、中学の時に空手の県大会決勝のあのゴリラ女を目の前にした時並みの威圧感を覚えただけで。
「……ふ~ん。どうしてェ?」
「え、えーっとだな……あー、その……エルザ?」
その圧に圧されて上手く言葉が紡げない。理由は解らんが、怒っているのは解った。
思わずエルザに振ってしまったが、彼女も何かそういう雰囲気を察しているのか、はたまた同じ圧を受けているのか。上手く口に出せない様子だった。
「いや、別に。あたしはこんな奴と一緒にいたくないんだけど…………その……あたしとコイツ、身体の相性が良くて……」
「ユウちゃァァァん?」
「なんで一番人聞きの悪いとこだけピックアップしたァ!?」
それを聞いたキョーコは、口元がにっこりと笑っている部分が変わらないだけで、纏う雰囲気は最早修羅であった。
目は完全に虚ろになり、どこから取り出したのか金属バットを地面に引きずりながら、ゆらり、とこちらへ歩み寄ってくるいや怖ェェェッ!!!
「ユウちゃんはァ……こんなことしないってェ……わたしを裏切ったりしないってェ……信じてたのにさァッ!!!」
キョーコはそのまま俺に襲いかかってきた。最初に狙ってきたのが股間だったことからも、彼女の本気度が伺える。
「その粗チン潰してクズの家系を絶ってやる……」
「お願いやめて痛くしないでおチンだけは勘弁をォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
その様子に呆気にとられていたエルザだったが、少しして正気に戻ったのか、キョーコに対して一通りの事情説明をしてくれたっぽい。
「ピョオゥッ!?」
ぽい、というのもその間、俺は結局金属バットが股間に直撃してその衝撃で意識を失っていたからだ。なのでその間のやり取りは全く解らん。
「……ってことなのよ。ホント、あたしとしてもいい迷惑だわ」
「ふ~ん……本当に、大丈夫なんだよねェ?」
「……えっ?」
「わたしのユウちゃんをそんな危険な目に遭わせてェ、それでもしユウちゃんが怪我でもしちゃったらってェ……わたしィ、心配なのォ……ねェ、解るでしょうォォォ……?」
「ひ、ひ……ッ!」
「ねえ、聞いてるんだよォ? わたしが聞いてるんだよォ? 大丈夫だよねってさァ? ねえ聞いてるのォ? なんですぐに答えてくれないのォ? ねえ? ねえェ?
ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえッ!!?」
「ぴぃぃぃッ!?!?!?」
ようやく意識が戻ってきた辺りで、何故かエルザが悲鳴を上げたのは聞こえた。少しして、「早くしなさいよッ!」と何故かせがまれたので、片手で股間を押さえつつもう片方の手を彼女と合わせる。
「「"
瞬間、エルザは光の粒子となってこちらの身体に入り込み、そして俺は女の子になる。
それを見たキョーコは、再び目を見開いていた。
「嘘……本当にユウちゃんが女の子になっちゃった……」
「わ、解ってくれたか……?」
痛むイチモツが無くなったお陰か、何とか周りの音も耳に入ってくるようになった俺。
エルザの奴、ちゃんと説明してくれたみたいだな。と言うより、なんか声が震えているこいつ。もしかして怯えてる? 俺が気絶してる間になんかあったのか?
『な、な、なんなのよこの子ッ? 大人しそうな普通の幼なじみって言ってたじゃないッ!? この嘘つきッ!!!』
「怒らすと怖ェっつっただろうがッ! オメー何言ったんだよッ!?」
『うっさいッ! あたしはただ説明しただけよッ! ただ、その、この子さっき……』
「……聞こえてる? エルザさん」
すると、キョーコが俺に、と言うか俺の中にいるエルザに向かって話しかけてきた。何かを言いかけたエルザの声は途切れる。
「ユウちゃんに対して余計な事言ったらどうなるか……解るよねェ? ねェェェッ!?」
『ぴぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいッ!』
「『"
『すみませんでしたァ!!!』
勝手に呪文を唱えたかと思うと、頭の中ではなく耳の方にエルザの声が聞こえてきた。どうやら、自分の声を外に出す魔法を使ったっぽいな。
しかし、ホントにどうしたんだコイツ? つーかキョーコの奴、本当に何を言ったんだ? あのエルザがここまでビビってるなんて。
「キョーコ、エルザに何言ったんだよ?」
「ううん、何にも。ねー、エルザさん?」
『はいッ! 何にもありませんでしたァ!!!』
何故か上下関係のようなものが成り立っているような気がするが、聞いても誰も教えてくれないので俺はもう諦めた。
湧き上がる疑問を横に置き、女の子となった俺はキョーコを連れて再度、先ほどのショッピングモールにある女性用下着の専門店にやってくる。
うん。さっきも思ったが、やっぱり居心地が悪い。
「うーんと、まずはサイズを測ってもらわないとね。トップとアンダーの差からカップ数が解るか、ら……」
そう言って俺の胸を見たキョーコが固まっている。Tシャツ越しに膨らんでいるそれを凝視しつつ、信じられないといった表情だ。
「……なに、これ……重……」
キョーコはそう口にしながら、両手で俺のおっぱいを下から持ち上げている。
言われてみれば、確かに少し重いかも。肩に今まで経験したことがない重みがかかっている気がする。
「…………」
それをゆっさゆっさと体感した後、自分の胸に手を当てたキョーコは、ガクッと膝から崩れ落ちた。膝をつき、両手を地面に当ててうなだれている。
「……巨乳好きのユウちゃんの為に毎日牛乳飲んだりしてるのに……なんでユウちゃんが巨乳になってるの……? 巨乳好きの行き着く先は、俺自身が巨乳になることだとでも言うの……?」
「おーい、キョーコ?」
何やら小声でブツブツ言っているキョーコだが、そんな小声だと聞こえない。一体何だと言うのか。
『……そうよ……あたしだって豊胸体操して頑張ってるのに、なんでこんな奴がここまで育ってんのよ……意味わかんない』
「お前まで何言ってんの?」
頭の中のエルザも何故か苦言を呈していて、「おーい」と声をかけたら、『何よッ! 勝ったなんて思わないでよねッ!』とよく解らない罵声をもらった。勝ったって何が? 俺は首を傾げざるを得なかった。
そうして測った結果、俺のバストサイズは100cmのHカップだった。おいおいマジかよ、俺がいつもお世話になっているAV女優さんと同じサイズだぞ。
それを聞いたキョーコと頭の中のエルザがまたうなだれている感じだったが、一体なんなんだろうか? 女心はよく解らん。
しかも、お店には俺のサイズのものは置いてないらしく、店員のお姉さんから巨乳用の専門店を紹介された。そんな専門店もあるのかとびっくりだ。
キョーコと二人で移動し、その専門店とやらに向かう。そこでも店員さんに聞きながら買うことになったのだが、動き回る時は、よく見る普通のやつではなく、胸を支えることに特化したスポーツタイプのブラジャーがあるとのことだった。
実際につけてみたら胸が全然動かなかったので、全く痛くなかった。科学の力ってすげー、と月並みな感想を抱きつつ、普通のよりも値の張るブラジャーを複数枚購入。巨乳用ということで、前のお店で見ていたよりも割高だった。
「戦いに必要な物を買ったらレシートを渡して欲しい。お金はこちらで負担するから」
と、さっき警察署でジュンジさんに言われたのでレシートは一応捨てていないのだが、このブラジャーって経費で落ちるんだろうか。
しかも落ちた場合、支払われるのは国の税金の筈だ。ブラジャー買うから国民の血税を出せという予算要求をしなければならない、ジュンジさん達の苦労が忍ばれる。
そんなことを考えていたら、スマホが振るえた。画面を見てみると、登録したばかりのジュンジの文字が。噂をすれば何とやら、だ。
『昨日の今日ですまないが、また異形が出現した。申し訳ないが、今から送る場所に来てもらえないだろうか?』
「……解った。んじゃ後で……おい、聞いてたか?」
『聞いてるわよ。杖を送るから操作をあたしに変わって。"
「はいはい……そういう訳で、すまんキョーコ。ちょっと呼び出されたから、行ってくるわ」
すると目の前の空間に、突然昨日振るっていた杖が現れた。
いきなりでビックリしたが、そう言えば昨日もいつの間にか杖持っていたしな。魔法がありなら何でもありだなと、俺はその杖を握りつつ開き直った。
「……気をつけてね、ユウちゃん」
さて行くか、と思っていたら、キョーコからそんな声が響いた。見ると、顔にも心配の二文字が見えそうなくらい、不安げな表情をしている。
俺はそんなキョーコの頭をポンポンと叩くと、短く返事をした。
「おう」
それだけ言って、俺は先ほど聞いた呪文とやらを唱えてみた。
「"
すると身体の感覚がなくなっていくのを感じた。ふと気がつくと、指の一本も動かせなくなっている。
代わりに勝手に動き出した俺の身体を見て、自分の身体の操作がエルザに受け渡ったことを確信した。
『じゃ、行くわよ』
「はいよ。人の身体傷つけんなよ」
『うっさい。そんなこと解ってるわよ』
そして、俺達は飛び上がった。
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