第二話② あたしの知ってるのと違う
こうして俺は期間限定だが、この街を守る魔法少女をやることになった。
しかし昨日の事を思い出して一つ、買わなければならない物があることに気がつく。
それはブラジャーだ。
あれがないと胸が痛い。動き回るだけで、とにかく付け根が痛くて堪らない。
その嫌な記憶を思い出した、警察署からの帰り道の途中。俺は気が乗らなかったが、エルザに連絡することにした。
『……ハア? そんなもんさっさと買ってきなさいよ』
こちらの世界での連絡用として、彼女もスマホを渡されている。電話した際にやけに出るのが遅かったから、おそらくまだ使い慣れていないのだろう。
「いやなんで俺が一人で女性用下着売り場に行かなきゃならねーんだよ?」
『アンタのでしょ? あたしが行ってどうすんのよ?』
「お前が入ってないとサイズも何もわかんねーんだよ。俺単体とか論外だから」
『なんでそんな面倒なこと……わ、解った! 解りましたよウラニアさん! 行きますって、解ってますってば!』
電話の向こうで、何やらウラニアさんの柔らかい説教が聞こえる。なるほど、怒っても調子が変わらない人なんだな、あの人。逆に怖そう。
『……少ししたら行くから。アンタ今どこにいんの?』
そうして俺が現在地を伝えて少しすると、不機嫌そうなエルザがやってきた。
こっちだってお前と会わなきゃいけないのが苦痛だっつーの。そして人目のつかない所に行き、例のあれをやることに。
「「"
二人で手を取って言葉を唱えるとエルザは光となり、その光がこちらの身体に吸収されると、俺は女の子になった。
この姿でいる時は自分の意志では身体を動かせないので、ちょっとした不安がまだある。
あと、一応帽子やサングラス等で簡単な変装はした。テレビに出ちゃったこともあるし、人にバレるのはなるべく避けたかったからだ。
そしてブラジャーを買っていない今はノーブラだからというのもある。加えて揺れるとパンパンに張っているTシャツに乳首が擦れるから、あまり激しく動きたくはない。
『"
「は? お前が身体動かすんじゃねーのかよ」
『共鳴率が一定以上あると身体の操作も交代できるのよ。今アンタに変わったから』
本当かと思っていると、身体に感覚が戻ってきているように感じて、俺は自分の手のひらを見てみた。
握って、開いてを繰り返し、ああ自分で動かせるようになったことを理解する。良かった。女の子の間はこいつに操られてるだけじゃないのか。少し安心した。
こうして安堵した俺は自分の身体を動かし、大手ショッピングモールの女性用下着の専門店にやってきた。
『……何これ?』
「何って、ブラジャーだろ。ここまで来て何言ってんだよ?」
『……あたしの知ってるのと違う』
しかし、お店にやってきてエルザに見てもらったら、こんなことを言い出したのである。
曰く、エルザの世界でのブラジャーとは、本当におっぱいを抑えるためだけの巻き布みたいな物であるらしく、こういった形、装飾、ましてや寄せて上げる天使のような機能があるもの等ないと言うのだ。
「でもブラジャーはブラジャーだろ? どれでもいいんじゃねーの?」
『バカねアンタは。女子の下着選びの重要性を解ってないわ。ちゃんと話を聞いてみないと……』
なんかエルザが面倒なことを言い出した。俺としては店員に話かけるのは、正直ためらわれる。
何故なら、ニュースやネットで俺のことを知っている可能性があるからだ。身バレするのが怖い。
後は単純に女性用下着売り場という空間にいるのが辛い。いくら俺の見た目が女の子だからって、中身は真っ当な男子大学生だ。
ブラジャーやパンティーが置いてある空間というだけで、居心地が悪すぎる。ぶっちゃけ、買うもん買って早く帰りたかった。
「なんだそれ? 下着なんて柄以外どれも変わらねーだろ? さっさと適当なの選べよ」
『ホンットにバカね。女の子のことを考えもしてない……アンタもしかして童貞? キモ……』
「いつ俺が童貞だっつったァァァ!?」
そうしてエルザのあまりの言葉に、俺は声を上げてしまった。口だけは操作も何も関係なしに俺でも動かせるということを、すっかり忘れて。
「「「…………」」」
お店にいたお客、そして店員までもが、突然童貞とか叫びだした俺に向かって奇異な目を向けている。
その視線を俺も、もちろんエルザも受けており、いたたまれなくなった俺達はそそくさとその場を後にすることになった。
「どうしてくれんのよッ! 聞くに聞けない感じになっちゃったじゃないッ!」
「オメーが変なこと言うからワリーんだろうがッ!!!」
場所を変えて、人気のない所で"
確かに叫んでしまったのは俺も悪いかもしれないが、叫ばせるようなことを言ったこいつのも一定の罪はあると思う。絶対に。
「うっさいッ! 女の子の事情も知らない童貞の癖に人の所為にする訳? 信じらんないッ!」
「人の所為っつったら、テメーもこんなことに俺を巻き込んだ癖に人の所為にしてんだろーがッ! 棚上げしてんじゃねーぞあああッ!?」
「なによッ!」
「んだとォ!?」
しかし、互いに一歩も譲らないのが俺達。少しの間あーだこーだと言い合った結果。
「「ゼェ、ゼェ……」」
互いに肩で息をするところまで来てしまった。
このままじゃいけないとどちらからともなく悟った俺達は、渋々互いに向けていた言葉の刃をしまう。ちなみに納得などは断じてしていない。
「……なんか、こういうこと聞けそうな女の知り合いの一人もいない訳? あたしの事知っても黙っててくれそうな」
「つっても俺、母さんも婆ちゃんも亡くしてっからなー。そうなると……一応一人、いるっちゃいるんだけどなぁ」
そうしてどうするかを話し合い、誰か信頼のおけそうな知り合いに聞いてみることになった。
知り合い言われても、俺の中で信頼がおける異性の友人と言えば一人しかいない。スマホを取り出した俺は、該当の人物の名前を電話帳から探し出した。
「何? 彼女か何か?」
「ちげーよ、ただの幼なじみだ。大人しめの性格だし、話せば解ってくれんだろ」
俺は電話をかけて、彼女を呼び出すことにした。誰かって言ったら、もちろんキョーコだ。
あいつ以外にこんなこと言える程の仲の奴はいない。気になってる女の先輩もいるが彼女を巻き込む訳にはいかないし、カズヤに至ってはあらゆる意味で論外だ。
そうなると、最早頼みの綱はキョーコしかいない。そんな俺の思いが届いたのか、お願い事があるから来てくれないかと話したら、キョーコはすぐに来てくれた。
わざわざ来てくれたキョーコは、俺と一緒にいたエルザの存在にびっくりしていた。そしてやり取りは、最初の俺のお願いした場面まで戻ることになる。
「……どうか俺にブラジャーの選び方を教えてください」
「 」
後で聞いたら、キョーコはあらゆる意味で絶句したと言っていた。
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