第二話① ブラジャーの選び方を教えてください


 おそらくこの世に存在する男性諸君で、女性に向かってこんなお願いをした奴は、そうは居ないだろう。少なくとも、俺は聞いたことがない。


 いやでも、世界広しと言うくらいだし、もしかしたらこんなお願いをする奴が、他にもいるかもしれない。


 もししたことある奴がいたら、こっそりでいい、俺のことを応援してくれ。口に出すのも結構勇気がいるから、これ。


 未だ見ぬ同志に勝手にファイトを求めつつ、目の前にいる幼なじみのキョーコに対して、俺は土下座した。


 そしてお願いする内容は、これだ。











「……どうか俺にブラジャーの選び方を教えてください」


「        」











 その時のキョーコの表情は、絶句、の一言で表現することができるものだった。


 俺がどうしてまた、異性の幼なじみにするものとしては最底な部類に入るこんなお願い事をしているのかと言うと、話は少し前に遡る。


 エルザと共に警察署に向かい、詳しい話を聞いたところからだ。



「……よく来てくれましたね。私は青山あおやまジュンジ。階級は警部です。どうぞよろしく」


「お、俺は高崎ユウ。よろしく……」


 俺はエルザに連れられて、街の警察署へと足を運んだ。高校の時にお世話になったこともあって、警察署に入ろうとする時はなんか緊張する。


 中で総合案内の所にいたお姉さんにエルザが話をすると、そのまま一般の人が行くようなカウンターではなく、エレベーターの方に案内された。


 言われるがままにエレベーターに乗り込んで、五階に到着。


 少し歩いた先にあった「ヒーロー・ヒロイン課」とプレートに書かれた部屋に通されたら、中にいたのは頭頂部から禿げが進行している人の良さそうな少し太ったおじさん、青山ジュンジ警部がいた。


「……昨日も見たけど、本当にエルゼローテさんが実体化できてるなんて……」


「……凄いですね、先輩。僕も見たことないですよ……」


 部屋には彼の他に、警察の制服に身を包んだ二人の警官がいた。男性一名、女性一名だ。


 その二人はというと、普通に部屋に入ってきたエルザを見てビックリしている様子だった。


「……っと、自己紹介がまだだったわね。初めまして。私は時東ときとうリン。階級は警部補よ」


「初めまして高崎君。僕は長居ながいヨイチ。よろしくね」


 女性の方が時東リンさん。身長は俺と同じくらいで、肩につかないくらいの黒の短髪。


 パッと見て引き締まった身体を持っているので、何かスポーツでもやっていたのかと思った。胸は普通くらいのサイズだ。


 そして男性の方が長居ヨイチさん。こちらはもう、本当に警察なのかと疑ってしまいたくなる程の童顔、そして低身長。


 年下と言われても頷いてしまうような見た目をしていた。七三分けの頭が、なお幼く見えているのは気のせいだろうか。


「……名前長いから、エルザって呼んでくれていいわ」


「そう。じゃあエルザちゃんって呼ばせてもらうわね」


 リンさんとエルザが話している中、俺はもう一人いる女性の方を見ていた。


 その女性は最初に見たエルザと同じで、向こう側が透けて見えそうなくらい姿が薄い。と言うことはつまりこの人も、エルザと同じ異世界人という事だ。


「初めまして、ユウさん。私、このエルザの上司でこの地域を担当します、ウラニア=アウスシェントと申します」


 エルザと同じような黒いローブを着たスタイルの良いこの女性――ウラニアさんは、ゆっくりとした調子で自己紹介をした。


 長いブロンドの髪の毛には透明感のある赤青緑の三色のハート型の髪留めがしてあり、目はタレ気味で碧眼。


 高い身長とゆったりしたローブからでも解るくらいの巨乳。あと、昨日エルザが被っていたような帽子はなかった。


「あらあら。本当に契約したエルザが実体化できているんですね。ユウさんとエルザは相性抜群なのでしょう。普通なら、私みたいに半透明の、このアストラル体と呼ばれる状態になってしまうと言うのに……」


 これが、こちらの世界に来ているエルザ達の世界の住人のスタンダートなんだそうだ。普通はこんな感じで薄くなってしまい、魔法が使えないどころか、こちらの世界の物に触ることもできないらしい。


 しかしエルザは、そんなことお構いなしに歩きまわり、ドアを開けたりしていた。これが彼女が最初に言っていた、俺とエルザの身体の相性が良い、ということらしい。


 聞くところを間違えるととんだ誤解を生みそうな言い様だが、これは本当のことだ。


 契約に際して、こちらの世界の住人と向こうの世界の住人とで合う合わないがあるらしい。


 合う合わないの度合いは共鳴率という言葉で表され、0~100%の間でその具合を見ることができる。0が一番ダメで、100が最高だ。


 共鳴率が低いと、"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"をしても動けなかったり、思っているのと違う動きになってしまうこともあるのだとか。


 そして俺とエルザの共鳴率は、マックスの100%。これは他と比較してもほとんど事例がない、驚異的な値であるそうだ。


 お陰でエルザは、"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"の際に自身の力を十全に発揮することができ、その副産物としてこちらの世界の物に普通に接触することができるらしい。


 ただし、実体化していても魔法は使えないため、戦う際には"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"をしなければならないみたいだ。


「よ、よろしく頼む……」


「……で。コイツになんの説明すんのよ。大体の事は、あたしが話したわよ?」


 一通り部屋の中の人物が知れたところで、エルザが口を開いた。確かに、昨日の時点で異形やエルザについては、一通り聞いたは聞いた。


「あらあら。そんな事、決まっているでしょう?」


 これ以外の話となるとなんだろうと首を傾げていたら、おもむろにウラニアさんとジュンジさんは頭を下げた。


 ビックリした俺が他の二人を見ると、リンさんもヨイチさんも頭を下げている。


「……まずは謝らせて欲しい。本来であれば私達のような者が身体を張るところを、手違いで君に任せる形になってしまった」


「……ごめんなさい、ユウさん。無関係な貴方を、危険な目に遭わせることになってしまって」


「え、えーっと……」


 ジュンジさんとウラニアさんからの言葉は、俺への謝罪だった。まさか開幕でいきなり謝られるとは思っていなかった為、思わず口ごもってしまう。


「……ごめんなさい。本当は私が契約する筈だったの」


「……昨日の一件だって、怖かっただろう? 僕だって、あんな化け物の相手をしろって言われたら、怖いからね」


 お二人に続いて、リンさんとヨイチさんも謝罪を口にする。


 謝られたら許してあげよう、とお婆ちゃんから言われていた俺としては、ここまで真摯に謝ってくれるのなら、それに応えないことはない。


 ただし。


「……フンッ」


 当の本人であるエルザが鼻を鳴らしながらそっぽを向いている時点で、俺の中で許すという選択肢が薄れていっている。


 お前が原因とちゃうんか。


「……そうだよ。昨日も死ぬかと思ったし……」


 だからこそ、俺は不満に思っていることを正直に言うことにした。別に俺が悪い訳じゃないよな? こんな態度をされたら、なおさらそう思うだろ。


 急に女の子になって、異形と戦わされて、テレビやネットで取り上げられて……俺はもう、普通の生活に戻れないんじゃないかという不安を、正直に彼らに話した。


 実際、契約破棄ができる期間までは百歩譲って解ったとしても、俺とエルザの共鳴率はほとんどあり得ないものとのこと。そのままズルズルと続けさせられるんじゃないか、という恐怖は確かにあった。


 俺はそんなのごめんだった。


 何が嬉しくて知らない誰かを命がけで助けてやらなければいかんのか。喧嘩してたあの頃だって、俺は自分のためにしか戦っていなかった。


 見知らぬ誰かの為に、街を守れる為に身体を張るようなそんな気概は俺にはない。そんなのはやりたい奴とか、こういう仕事の人がやってればいいだろうが。


 まあ、昨日助けた女の子に感謝されたのは、良かったけど……。


 あと正直、一向に謝ってこないエルザにも不満がある。そりゃもうある。こいつと一緒にやっていくなんで願い下げだ。


「……大丈夫だ」


 それを聞いたジュンジさんは、ゆっくりと口を開いた。


「確かに君とエルザ君との共鳴率は、脅威の100%だ。こんな数値、他でも聞いたことないくらいだ。でもだからと言って、君を引き留めたりはしないよ。先ほどの話にもあったが、君は本来なら守られるべき対象だ。見ず知らずの人々を守るなんていうのは、税金をもらって生きている我々のような者がすればいい」


「……期間がきたら、本来契約する筈だった私に交代するわ」


 ジュンジさんに続いて、リンさんもそう言ってくれた。


 相変わらず、頭は下げたままだったが、その言葉を聞いて俺は安心する。良かった、今後ずっと頼むとか言われなかった。


「だけどそれまでの期間だけは、どうか協力して欲しい。君も実感したと思うけど、異形の力は強大過ぎるんだ。僕達が持っている拳銃だけじゃ、とても対抗できやしない。エルザさんの協力が、必要不可欠なんだ」


「新しい人の派遣も検討したんですけど、何分人手が足りなくて……」


 しかし、ヨイチさんとウラニアさんはそう続けた。昨日エルザに言われたように、契約が破棄できるようになるまでの間だけは、何とかならないかと。


「…………」


 彼らがそうお願いしてくる横で、相変わらずエルザはそっぽを向いたままだった。そうしたまま、何も言ってこない。


「本当に申し訳ない限りなのですが、少しの間だけ、どうかお願いできませんか? ユウさんには極力危険がないようにさせていただきますから」


「もちろん支払うものは支払う。命の危険があることだからね。それ相応に用意させてもらうよ。君は大学生だったかな? 少しびっくりする金額かもしれないが、私達としてもこれくらいを……」


「…………」


 ウラニアさんが謝り、ジュンジさんからその場合の条件などの話をする中、俺はそれを聞きながら黙ってエルザの方を見ていた。


 条件とか、お願いとかよりも前に、何か言うことがあるんじゃないかと、そんな意味を込めて。


「…………」


 しかし結局エルザは、口を固く閉ざしたままそっぽを向いており、一回もこっちを見てくることはなかった。


「……解ったよ。やるよ」


 ある程度話が一段落したところで、俺はジュンジさんに了承の意を伝えた。


 一緒にやらなければならないこいつに不満がないと言えば嘘になるが、だからと言って自分しかできないことを投げ出す程、心が狭いつもりもない。


 どうせ少しの期間だ。その期間だけ我慢すれば、アルバイトするのがバカらしくなるくらいのお金ももらえるのだ。


 ちょっとの辛抱だ。昨日のダメージも、"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"をしたエルザが自然治癒力を高める魔法をかけて一晩寝たらすっかり良くなったし。


「俺にしかできねーってんなら、やるよ。やってやるよ。少しの間だけなんだろ?」


「……ありがとう。本当にありがとう」


 ジュンジさんは二回お礼を言って、俺に握手を求めてきた。俺はそれに応えて、しわが目立つゴツゴツした手と握手を交わした。


「本当に、ありがとうございます。私は握手ができませんが、心からのお礼は言わせてください。本当にありがとう……」


「い、いえ……」


「…………」


 そう頭を下げてくるウラニアさんをチラリと見ていたエルザは、最後まで何も言わなかった。


 俺はジュンジさん達と連絡先を交換し、何かあった際にはすぐに連絡すると約束し、警察署を後にする。


 ちなみにエルザともそこで別れた。何やらウラニアさんとお話があるらしいが、柔らかい表情のまま額に青筋が入っていたウラニアさんの顔からして、多分お説教とかなんじゃないかと思っている。


 ザマア見ろだ。

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